第2話 金貨百枚は大体一億の価値

闇ギルドの討伐から三ヶ月が経った。


闇ギルドの倉庫から手に入れたお金は組織の管理する金だけあって、生半可では無い金額だった。


具体的に言うと、宿屋を十近く建てれるくらい。金貨で言うと100枚近くある。


そう、あれが買える。


「フィーネ、剣を買うぞ」

「ほんと!?」

「ああ、前回の遠征で稼げる事は十分確信したからな」


取り敢えず、金貨100枚は使っても問題無い程度には貯めてある。使うなら今しかないだろう。







「親方、お金を持って来ました。彼女の剣を作ってください」


金貨の重量で体積の割にずっしりと重たい皮袋を工房のテーブルの上に置く。


俺たちの正面には腕を組んで瞑想するように瞳を閉じた壮年の男、親方の姿があった。


「金貨50枚どころか、その倍持って来るとはなぁ、やるじゃねえか、坊主」


親方は素直に称賛すると、前屈みになる。


「ちょうど良く、大仕事が終わったところだ。俺が嬢ちゃんの剣を、最高の剣を打ってやる」


親方は喜色を浮かべる俺たちを諌めるように言った。


「ただし」


「「?」」


「嬢ちゃんの剣を打つのに、幾つか条件を付けさせてもらう」


「それは、どんなものでしょう?」


「まず材料調達の為に、費用の半分を前払いしてもらう」

「その程度であればもちろん」


そう言いながら小袋から取り出した金貨を机の上に並べる。親方の背後に立つ見習いらしき青年の目が見開かれる。その驚きは生で金貨を見たことに対するものか、それを俺が扱っていることに対するものだろうか。



「そして……嬢ちゃん。君が普段どんな風に剣を振るっているか、俺に教えてくれ」

「構わないわ」


「最後に……剣を作るにあたって俺に口出しをするな」

「全てあなたの腕に委ねるわ」


親方はその言葉を聞いて俯くが、少し嬉しげに膝を叩いて早速制作についての話題に話が移る。


「っよし。じゃあまずは素材の相談だ。嬢ちゃんの普段使ってる武器はそのサーベルだよな?」

「ん、そうよ」


「少し見せてもらっても良いか」

「ええ、はい」


そう言って剣を渡すフィーネ。

親方はそれを恭しく受け取ると、眼光が一気に強くなる。これが俺にとっての戦場だと言うようにその体から受ける圧力が増したように錯覚した。

対するフィーネは剣が手元に無いのが落ち着かないのか髪に刺した簪の表面をを右手で撫でている。


「重心は…少し遠めか。素材はミスリル…にしては重めだな、混ぜ物が入ってるな…鉄……それと……銀?か。お嬢ちゃん表面を少し叩くが良いか」

「ん」


親方がペンのように細い木の棒でサーベルの側面を叩く。リィンと鈴の音のような音が響くが俺には金属の音であると言うこと以外は分からない。


「銀、だな。先の方に行く程銀が多くなってる、重心がずれてるのはこれのせいか。ふむふむ……なるほどなぁ」


その後も親方はサーベルを調べていたが、何らかの結論が出たのかフィーネに返却する。集中していたためか喉が渇いた親方は後ろに控えていた見習いの青年に水を要求すると、青年は部屋を出ていく。


「大体分かった。まず、そのサーベルは聖国製だな。作りも向こうの癖が出てるし、飾りも聖国製でよく見るものだ。そして、嬢ちゃん。これ、買ったものじゃ無いだろ?」


「!?」


一瞬ビクッとなったフィーネだが、鞘に戻したばかりのサーベルの柄に手をかける

。親方は緊張感のない様子で両手を上げる。俺も体内の魔力を制御下に置いていた。


「まあ待て待て。盗んだ物だろうが殺して手に入れた物だろうが、んな小さな事はどうでも良い」


「…」「…」


「なぁ、おい。俺の仕事は武器を作る事だ。お前らを裁く事でも、お前らと戦う事でも無い。武器だ、武器を打たせろ、俺に」


再び鋭くなった瞳が俺たちを貫く。仕事人として真摯だとか、こだわりが強いとかそういう格好の良い物ではない。彼は自身の欲求を満たすために社会通念を捨てるのだと言っている。


だが、それが俺たちにとっては都合が良かった。フィーネは親方の首の横にあったサーベルを鞘に戻すと、椅子に座って先を促す。


「じゃあ続けるぜ。何故俺がそう思ったかというと、そのサーベルは鉄、銀、ミスリルの順に多く使われている」


それの何が問題なのだろう。


「何が問題なんだと言いたげだな、坊主」

「ゴトーと呼んで下さい」


「分かったぜ、ゴトー。で、まあ問題になるのが銀だな。これは武器に使われる事は殆どない。何故なら単純に強度が無いからだ。それの場合はミスリルが有るから強度に問題は無いどころか鉄製の奴よりかは遥かに良いが、わざわざ銀を入れる意味は無ぇ」


「つまり?」


「その剣は武器として作ってない装飾用の物だな。武器屋では売らないだろ、そんなもん」


なるほどな。確かに装飾用だと分かってて武器として使う事は無いからな。


「まぁお陰で嬢ちゃんの癖も掴む事ができた。それで本題に戻るが、最近帝国の刀って言う剣から盗んだ技法なんだが」


刀、刀ってあの刀か!?


「刀身を2種類の金属で作る。外側は硬い物で内側は柔らかい物。そうすると切断力は維持したまま格段に折れづらくなる。これを元々丈夫な素材で作れば、剣自体を薄く、軽くする事ができる」


親方は途中から戻って来ていた見習いから水を受け取ると一気に飲む。


「…ん……はぁ。それでだ、俺としては外側を剛性の高いアダマンタイト。内側を靱性の高いミスリルで作りたいと思ってる。アダマンタイトは比重は鉄より重いが、元々の強度を考えれば薄くしても倍以上は丈夫に出来る」


「加えて、これだ」


親方はそう言って鉄製のケースに入った土色の粉末を俺に見せてくる。


「親方、それは流石に採算取れないんじゃ……」

「うるせぇ、黙ってろ!」


青年の言葉に親方は一瞥する事もなく怒鳴りつける。


「採算は炉の貸し出しで充分に取れてる、問題ねぇ。それよりも龍塵鉄だ、早く試したくて俺はウズウズしてんだ。お前もそうだろ?」

「そうっスけどぉ」

「俺は偶々早くこれを手に入れる事ができた。それなら早く使って、他よりも上手く作れる事を見せなきゃならなねぇだろ?」

「…っス」


青年が黙り込む。どうやら龍塵鉄と言われるその素材は流通が少ない物のようらしい。名前からして何故なのかは分かる。


「あぁ、スマン。それで話の続きだが、この龍塵鉄ってのは龍から取れる素材だ。しかも発見されたのはつい最近だからな。公に分かっている事と言えば、取れる量が少ない、加工ができない事だ。だが、俺はそれに加えて金属に上手く混ぜると強度が増す事を発見した。そこで外側のアダマンタイトにこれを混ぜるつもりだ。どうだ?ワクワクして来ただろ?俺もだ?」



こいつ……もしかして依頼にかこつけてただ龍塵鉄を使って武器を作りたかっただけか。

そんな事を思ったがフィーネの顔は少し赤みを帯びて興奮していた。どうやら彼女は歓迎らしい。見習いの男の反応からして、得する話のようなので依頼を取り下げはしないが、少し不安にはなった。



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ちなみにフィーネが親方に剣を渡した時に簪を触っていたのは、親方が何かした時に武器にするためです。




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