第24話 五章リザルト
破壊したゲートの枠の断面を覗くと、びっしりと魔術式を思わせる複雑な紋様が刻まれた薄い層が十重二十重と折り重なっていた。
電子機器の中身を思わせるそれらを更に小さく解体し、丈夫だったし素材として使えそうなのでその一部を懐に入れる。
「これで良いか」
「気は済んだ?」
「!?、フィーネか。いつの間に……というかどうやってここに来たんだ?」
「歩いてたら悲鳴が聞こえたから」
声を使った魔法を使用していたバンシーとしての性質なのか、フィーネは耳が良い。
建物内の声まで拾えるとは驚きだが、そこまで聴こえると苦労の方が多そうだ。
倉庫の入り口で壁に寄りかかっていたフィーネは俺の身体を上から下へと観察する。その視線が腹の腹部で一瞬止まる。
「
「あぁ、ここに来た時の戦闘で不意を打たれてな……。傷自体は治癒の腕輪のお陰で殆ど塞がってるから問題無い」
「ふぅん、そう?」
カツ、カツ、とフィーネが人差し指でサーベルの柄頭を叩く音が響く。
「フィーネは……特に傷は無さそうだな」
「少し手強いのが居たけど、傷は無いわ」
「手強いの?どんな奴だ」
詳しく話を聞くと、使用したスキルのほとんどが今まで聞いていた物と異なるなどの特徴から、どうやら帝国の人間である事が分かった。
「同じスキルを複数個使用している……違う、段階的に発動しているのか。それに基礎強化も内包していると…情報が足りないな。どうにかして帝国人を一人でも洗脳出来れば良いんだが」
帝国については他の二カ国よりも冒険者を含めて迷宮都市への人の移動が少ない。
その少ないはずの帝国人がよりにもよってこういった組織に所属していた、というのがなんとも作為を感じる。
加えてこの部屋にあったギルドの知らないであろうゲートの存在。
俺はこの組織の目的を察した。
アーティファクトの回収だ。
基本的に鑑定しなければ手に入れたアーティファクトに対して費用が掛かることはほぼ無い。しかしアーティファクトを持っているという情報は広まる。
下手すると幾つ持っているか、どんなアーティファクトを持っているのかも探られる事となる。
そう言った面倒を省いてアーティファクトを得られるのだ。加えてギルドに所属せずにレベル上げが出来る。
人員を送り込む理由にはなるのかも知れない。
帝国人を名乗る人間には今後気を付ける必要があるだろう。
その後は大した物は得られなかった。
◆
結局、俺を襲ったのは闇ギルドと呼ばれる非合法な組織の一つだった。
薬物、売春の斡旋、用心棒稼業、高利貸し等々、金を稼ぐために手段を選ばない団体であるとギルドの職員から説明を受けた。
そのお陰で俺がやった事は正当な反撃であるとお墨付きをもらう事が出来た。
代わりにギルドからの監視の目がキツくなった。
明らかに冒険者ギルドが把握している実力から、闇ギルドの一つを潰したという結果が乖離しているためギルドに対してやましい何かがあるのではと勘繰られている。
暫くは大々的に動く事が出来ないので、迷宮に潜る事が増えるだろう。
金策のためにギルドの階級も上げておきたいしな。
それに、明らかにアーティファクトな見た目をしている元赤銅剣、現赤銅腕甲の存在もある。
赤銅剣自体は結局は変形するだけの武器なのでその効果がバレてしまっても持っている分には問題無いだろうが、俺には他にも誓約の首飾りという危険物もある。
こんな物を個人で所有しているのが発覚すれば何を差し向けられるか分かった物では無い。
そのため適度に実力を出してギルドからの信用を得たいという訳だ。
「ふぅむ」
俺は円形の机の上に広げた迷宮の地図を前に唸る。まだマッキとトリー達のレベルが足りていないが、いずれは行く事になる第五層の地図だ。
第五層は砂漠エリアで、地図も何も無いと思うかもしれないが、完全な砂砂漠ではなく、ランドマークとなる物が存在している。
それらを辿りながら進む事になるが出来るだけ他の冒険者と被らない場所へと行きたいのだ。
しかし、ただ単に人気のないエリアを選ぶと危険な地形だったり野営が難しい場所だったりと明らかな欠点があるので、地図からそれらを吟味する必要が有るのだ。
昼食にスープでふやかした黒麦のパンを齧りながら地図を睨み付ける。
考える事はそれだけでは無い。
遠征の日程も立てる必要がある。
前回は迷宮を出た時には少し時間が早かったので日程は緩めでも問題無いだろう。
補給と『
一度の遠征で終わるつもりが無い以上、やるならば最大の利益を得たい。
もう少し適当でも良いのでは無いかと欲望が囁くが、前世の記憶がルーズな計画を許さない。
もうそろそろ休憩しようかというで、背後のドアが開く音がする。
「何見てるの?」
「第五層の地図だな……もうそろそろ遠征をしたいと思ってな。ただ仮の拠点にする場所の選定に迷ってる」
「見せて」
椅子を持って来たフィーネは円形の机に対して俺の右隣にそれを置き寄り添う様に座った。地図を見る時に邪魔なのか横髪を耳の上にかける。
「ここは?」
「そこだと砂中から現れる魔物に無防備になってしまう」
「ここならどう?広い岩場」
「そこだと起伏が激しすぎてテントを設置するのが難しい」
「んー、テントを設置できる岩場は?」
「二十二ヶ所だな、こことここと……」
俺は地図上に印を付ける。
フィーネは俺の昼食のパンを齧りながら頷いていた。それ俺のだろ。
「それなら——」
「ここは——」
「他の冒険者が——」
話している内容は遠征の計画という殺伐とした物だが、何故だか俺は放課後の教室で、修学旅行の計画を練る光景を思い浮かべていた。
——せめて、生きてもいいよって言って欲しかったんだ——
——ははっ、滑稽だな少年。生きる意味とは誰かに認めてもらう物では無く自らの力によって認めさせる物だ——
「——だから、ここなら一番理想的だと思う」
俺は上がった口角を抑える様に頬を抑えながら説明を終えた。
フィーネはしばらく熱弁していた俺の顔を見つめながらパチパチと瞬きをしていたが、納得した様に呟いた。
「ん、そう」
少しだけ口角を上げた不意の微笑みが、酷く優しげで、
あまりにも綺麗だったから、
俺は彼女の側に居ても良いのかも、なんて錯覚して、
そして、俺は俺が決して生きてはいけない存在であると確信したのだ。
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