第23話 拠点陥落


「おい!今いる奴らは地下に急げ!何かが暴れてやがる」

「地下にあるもんっつったら、ボスの私室か、仕置き部屋じゃねえか。何でそんな所に……」

「おそらくボスが死んだ」

「そんな!殺しても死なねぇボスだぞ」

「だが何かあったのは確実だ。そうでなければあの部屋から出られる人間なんて——」


 男が言葉を続けようとした瞬間、壁を破る音と共に粉々にされた壁の破片が飛んでくる。


「もうここまで登って来やがった。拠点の戦えるやつら全員連れてこい。俺はどうにかここで時間を稼ぐ」

「わ、わかった。死ぬなよ」

「馬鹿野郎。俺には結婚を約束した女と、その婚約者の男がいるんだ、死ぬ気は無い」

「お前他人じゃねぇか!もう良い、持ち堪えろよ」


「……あぁ、もちろんだ」


 仲間が去り、男は自身のモヒカンを撫で付けて整えると、両腰に佩びた剣を抜く。

 石壁の破片によって立った煙の奥から人影が立ち上がる。


 男はその陰に向けて剣を構える。


「ハハ、らしく無いことをした」


 男は苦笑混じりに呟いた。今まで男の人生では誰かのために戦うなんて事は殆ど無かった。

 少年時代は他の子供たちを子分にして悦に入るために喧嘩をした。

 その後は冒険者になって自身の食い扶持を稼ぐために迷宮に潜り魔物を狩った。

 そしてこの組織に拾われてからは、用心棒として弱者から金を巻き上げるための手伝いをしていた。


 先ほど逃した仲間もそれほど親しいという訳では無い。

 それでも、男が独りで食事をしている時に話し掛けてくれたのだ。


 たったそれだけ。



「こんなヤクザな人生で、まさか仲間のために戦う事になるとはな」


 弱者を蔑ろにしているような自分が、大して仲良くも無い仲間のために命を張ろうとしている。

 その事実が酷く滑稽だったが、それでも足は震えない。

 男は地面を確かめるように踏み締めると姿勢を下ろし、臨戦態勢に移る。


「何処のどいつかは知らないが、無傷でここを通れると思うなよ」


 ——せめて腕の一本でももぎ取ってやる。己の剣に懸けて。


 男は咆哮を上げて、影へと切り掛かった。




 ◆




「カフッ」


 双剣の男の喉を貫いた手刀を引き抜いた。

 切り掛かって来るときに無駄に大きい叫び声を上げていたので、すぐに人が集まるだろう。攻撃するために地面に落とした吸血鬼の男の首を拾い上げる。

 放っておくと復活するから迂闊に手放すことも出来ないな。


「今の内に吸収しておくか、『捧げよ、さすれば与えられん』」


 呪文を呟くと、目の前の男の死体……それと同時に左腕で抱えていた吸血鬼の首が黒い渦に飲み込まれて消える。後に残るのは赤みがかった肉塊。


「!?」


 これも死んでる判定なのか!?というよりも、そもそも依代は死体のみを求めているのかが分からない。

 おそらく鵺モドキが吸収するための条件を満たしたから今までは死体が吸収されているだけなのだろう。

 その条件が分かればもっと多くの力を得られるかもしれない。


「意識が無いこと……それだと流石に気付くか」


 じゃあ心臓が止まっている事?それだと複数個の心臓がある場合にはどうなる?

 そもそも心臓無しで血流を動かす魔物が居たらどうなる?不定形のスライムなどは吸収できたか?


 疑問が止めどなく溢れるが、人間の足音がして今は敵の拠点にいた事を思い出した。


 取り敢えず肉塊を口に入れる。


『うで』『うで』


 戦闘によって忘れていたが、端から見れば今の俺は非合法の組織によって誘拐されている状態なんだよな。

 それならここに居る人間が全員居なくなろうと俺が罪に問われる事は無いはずだ。


 なら、良いか。全員殺しても。



 腰に挿していた赤銅色の剣に手を添えると液体のように形が歪んで、腕に纏わり付きガントレットに変化する。更に、手の甲の部分から長い爪の様に刃が突き出て来る。


 これでリーチも稼げるだろう。ここに居る人間は実力もそれ程の様だし呪術無しでも行けるだろう。


「おい、アイツだ」


 長物を携えた男達が隊列を組んで近寄ってくる。どうやら通路の空間の狭さを活かして一方的に攻撃するつもりらしい。


「ふむ」


 俺はガントレットの爪を変形させて指先に鞭を作ると、突き出される槍の一つに巻き付けてこちらは引っ張る。


「ぐあっ」


 槍を手放す事を惜しんだ男が引き摺られて槍の壁のこちら側へと転がり込む。

 隙を与えずに頸を踏み折ると、ビクンと大きく痙攣して動かなくなる。


 その様子を見た人間達が思わず息を飲んだ。



 そこからは、俺の攻撃を牽制し続ける人間達と一人ずつ引き摺り込んで仕留める俺の一方的な戦いとなった。


「ヒッ、やめ…」

「アアアアアアア!」

「なんて力だ」

「槍が足りねえ」

「おい、どうするよ」


 特に逃げる人間、逃げそうな人間を標的にした。

 そういう人間は大抵背を向けているか意識がこちらに向いていない。

 それに逃げる人間を庇う様な奴は居ない。そして情報も漏れづらくなる。


 鞭にして縛り上げている赤銅剣を変形させて直接攻撃を与えたいのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。変形させている間は全体が液体としての性質を持っているらしく変形によって押し除けるぐらいは出来たとしてもダメージを与える事はできないみたいだ。


 初めは俺の姿を見て侮っていた人間も居たがそういった奴は隙だらけだったのではじめの方に仕留めて後に残ったのは立ち回りの上手い人間かここに居ない人間だけとなった。


 鞭による引き摺り込みは足を掴まれない様に槍を盾にして直ぐに手放し次の槍を手に取り対処する様になった。


 そこでこちらは奪い取ってたんまり溜め込んだ槍を有効活用する事にした。

 赤銅剣をガントレットに戻すと、槍の一つを手に取り速度という利子を付けて返却する。


「…っ」


 抵抗となる様な装飾が無かった為か、槍を持って前面に立っていた一人の肺に極太の穴を開けて貫通した槍は、通路の側面で弾かれて床に転がる。


「おい!奴に槍を持たせ……な!?くそぉ」


 指揮を取ろうとした人間の足に鞭に変えた赤銅剣を巻き付けるとこちらに引き摺り込んで仕留めた。



「ふぅ、はぁっ、はぁっ」


 次いでに疲れてるアピールを振り撒いておく。これで少しでも『後少し』と思わせればこちらの勝ちだ。


「よし、疲れてるぞ!回復する暇を与えるな!絶対にここで殺せ!」




 ◆




 ……ゴクッ。

『あし』『うで』『こころ』『うで』『うで』『あたま』『うで』『こころ』『うで』

 ………



 建物内の人間の殆どの始末を終え、中断された物色を再開する。

 流石にアーティファクトは無いが金貨は結構沢山あった。それでもこの規模の組織にしては少ないと思ったのだが恐らく分散して管理しているのだろう。


 そうやって倉庫らしき部屋を荒らしているとアーティファクトよりもすごい物を見つけてしまった。


「これは……ゲートだよな」


 ギルドに置かれているものと同じく黒色のゲートが設置されていた。

 という事はこの建物自体が迷宮に面しているのかもしれない。


 そして今はガントレットとなっている赤銅色のアーティファクトの出所はここだろう。


 このゲートの存在が酷く俺を悩ませた。


「大暴れした以上、このゲートの存在は必ずギルドに明らかになるはず。なんだが、そのままにするのはギルドが得をしそうだな」


 ゲートを横から押すが全く動かない。やはり固定されている様だ。


 仕方ない。壊すか。



 そう思って渾身の裏拳を繰り出したが、ゲートの謎素材の強度によって弾かれる。

 しばらく格闘して、結局『怒気アングリィアウラ』を発動して赤魔力の脆化マシマシの全力ストレートによって破壊する事ができた。

 ゲートが活動を停止すると、油膜の様な空間の歪みは消え去り、後にはまっさらな壁面だけが残った。




———————————————

 今回の成果

 人間の『うで』×14

 人間の『あし』×9

 人間の『きば』×1

 人間の『あたま』×1

 人間の『て』×5

 人間の『め』×7

 人間の『こころ』×13



 ◆◆ステータス情報◆◆

 レオパルド Lv30

 クラス

 吸血鬼

 保有スキル

 剣術Lv2

 強力Lv1

 吸血Lv7

 怪力Lv6

 再生Lv5

 変化Lv5

 血魔法Lv4

 影魔法Lv2


 ◆ Tips:ブラッドスライム ◆

 死んだ生物の体内に隠れ、その生物を捕食した動物の体内に侵入し血液を栄養として寄生する。通常は寄生主に与える利益は血液中の害を及ぼす細菌を殺す程度だが何らかの操作と魔術を使用する事で、寄生主の体の修復と蘇生が可能となる。

 液体状の体の形状を都合の良い形で凝固させる『血魔法』を使用する。

 日光や熱によって変性し流動性を失ってしまう。

 乾燥にも弱い為外に曝しておけば干からびて死ぬ。


 ◆ Tips:シャドウパラサイト ◆

 生物の影に擬態する魔物の一種。狙った生物が眠った瞬間に影に引き摺り込み、自身の巣へと生きたまま保存する。

 自身に触れている生物から魔力を少しずつ吸収し、それを栄養とする。

 銀に触れると触れた部分を中心に酸化させながら萎んで死ぬ。自身の体が魔力で構成されているせいか、魔力的な攻撃にも弱い。

 影の中を移動する『影魔法』を使用する。

 ちなみに繋がっている影しか移動はできない為、日光があると能力を制限されてしまう。

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