第21話 日記


 男の背後の壁が血の色で染め上げられる。


 力を失った体は、膝を着いて前から倒れる。


 赤銅色の剣が石畳とぶつかって甲高い音が響いた。

 同時に男の握っていた刀血が元の形を思い出したように液体へと戻り、地面に広がっていく。


 拳にこびり付いた血液を軽く振り払う。


 男の骸へ近づくと、その傍らに置かれた赤銅色の剣を手に取る。


 ——やはり、間違いなくアーティファクト。



 ヒビが修復したり、形が変わったりなど、明らかに普通の道具では考えられない現象が起きていたからそうだろうとは思っていたが、少し得をした気分だ。


 剣の切先から柄までが一つの素材で出来ているようだ。


「ふむ」


 剣がモーニングスターに変化する様子を想像する。

 すると、その想像に寸分違わぬように剣が変形して、トゲの生えた棍棒へと見た目が変化する。


 これは…使える。


 変化したモーニングスターを宙に振るっていると視界内で変化が起きていることに気が付いた。



 ——先ほどよりも、散らばった血液が少ない。

 と言うよりも血液が男の体へと戻るように蠢いていた。


「嘘だろ。丈夫とかそんなレベルじゃ無いぞ」



 慌ててモーニングスターを男の体に叩き付ける。


 同じように血液が散らばるが、ゆっくりと引き寄せられるように男の体の方へと近づいて来る。


 ——なんて面倒な。


 仮に吸血鬼が俺の知る通りならば、その弱点は太陽と、銀……あとにんにくだろうか。

 何か他にもあった気がするがそれくらいしか思い出せないな。


 銀は持っていない。

 にんにくは弱点と言うよりも近寄ってこないとかそのぐらいだったはずだ。


 あとは…日光ぐらいか。

光明ライト』の光を浴びても問題はなかった事から人工の光ではダメなのだろう。しかし、男に地面に引きずり込まれたのは夕暮れ時であることを考えると、まだまだ時間は掛かりそうだ。

 それまで男から目を離すことは出来なそう………いや?待て。



 先ほどから男の様子を見ているが動き出す様子は無い。

 男が腕を修復した時と違って急激に再生する様子も無い。


 もしかすると、あれは自身の意思で発動するスキルだったのか。

 そして、現在発動しているであろう再生は自動で発動するが速度はそこまででは無い。


 …さらに、見たところ失った部位を取り戻すことも出来ない。



 つまり、こうすれば良い。



 俺は男の首を赤銅の剣で体から切り離す。

 血液が男の体と首のそれぞれに引き寄せされ、体の修復を開始する。

 潰れていた頭が修復し、同じように胴体も傷が消える。

 しかし、頭と胴体が一つになる事は無い。俺が首を握っているからだ。


 僅かに体の方へと手に持った首が引っ張られる力は感じるが、それだけだ。


 つまり、この男の胴と首が一つになる事は無い。

 したがって、この男が動き出す事は無い。


 なぜなら、この男は『吸血鬼』クラスを持った人間なのだから。


 人間ならばその生命維持は脳で行われるはず。

 今現在修復されている体を見ると自信を失うが、この世界における『吸血鬼』のが俺の思った通りであるならば、首が戻るまでは動かないと思う。




 男の無力化が完了したので、俺は探索に移ることにした。


 部屋の中には隠し扉などはなく、この部屋そのものが牢屋のように密室となっていた。この部屋は男が邪魔な人間を消すために用意した部屋だったのだろう。


 壁面にノックをしながら部屋の内部をゆっくり一周する。

 音の響きが違う箇所があればそこを壊して出るのだが、俺の聴力で聞き分けられる程の変化は感じ取れなかった。


 が、代わりに妙な空気の流れを感じ取った。


「通気口があったか」


 男が一応人間であることを考えれば密閉した部屋には必要なものだろう。


 壁に積まれた石壁の隙間から空気が流れている。



 俺は『怒気アングリィアウラ』を最低限の出力で発動すると、指先に赤魔力を集める。そして壁面を埋める三十センチ角の石の一つに指で穴を開けると、穴に指を入れて力で引っ張り出す。


 その奥には思った通り子供の俺であれば匍匐で抜けられそうな穴が奥に続いていた。


「よし」




 ◆




 通気口は俺でギリギリ通れる位だった。

 そして男が復活しないように、首は持っておく必要があった。

 つまりどう言うことかと言うと、


「もうこの服は使えないな」


 男の首をゴロゴロと押し、匍匐で進み、押し、匍匐で進む。

 言うまでもなく俺が進む部分は男の血で汚れており、そこを腹這いになって進む俺の服は真っ赤に染まっていた。


 憂鬱な気分になりながら進んでいると、通気口内部へと部屋の明かりが溢れている所があった。


 俺は部屋の内部に人の気配が無いのを確かめると、通気口から首を押し出し、その後俺自身も部屋へと侵入する。



 見つけたランタンに火を灯すと、内部は1人部屋だった。手記の置かれた机と、小さなベッド、そしてドア。これでここから出る事は出来そうだ。


 取り敢えず目の前の情報源である手記を捲ることにした。



『今日もダメだった。僕には才能が無いのかも知れない。ギルドで馬鹿にされ、少し悲しい』


 中身は日記だった。

 気弱で実力のない冒険者の愚痴と弱音が綴られていた。


『受付のカリーヌさん、今日も綺麗だったなぁ』


 時々登場する女性、どうやら彼は受付嬢に恋慕していたらしい。


『聖国の依頼で紛失した荷物を探す事になった』


 輸送の際に魔物に襲われた荷物を回収する依頼を彼は受けるう。


『間違って持って帰ってしまった、どうしよう』


 段々と雲行きが怪しくなって来た。

 回収した荷物は水筒の形をした容器であり、間違って自分の持つ空の水筒を提出した様だ。


 聖国の人間も中身を確認しなかったのか発覚はしていなかった。それとも、溢れ出したとでも思っていたのか。


 いずれにしろ、部下としては遠慮したいタイプだな……。


『容器を開けると、中から赤い液体が出て、身体の中に入ってしまった。毒だったらどうしよう』


『身体の調子が最近おかしい』


『喉が渇いた、ついでに寒気もする』


『水を飲んでも飲んでも足りない、どうしてしまったのだろう』


『最近、太陽に当たってると力が抜ける。いや、逆かな?太陽が無いと力が溢れる様になった、もしかするとあの赤い薬品のお陰かもしれない』


『ギルドのランクが上がった!!カリーヌさんにも褒めてもらえた』


 男の変化は止まらなかった。同時に男はギルドで実績を積んで行く。


『喉の渇きが酷くなってきた。明後日にでも病院に行こう。最近は稼いでいるし、少し休む事になっても大丈夫、だと思う。それに明日はカリーヌさんとの初デートだから休む訳には行かない。楽しみ』



 次のページは同様のためか酷く字が歪んでいた。そしてページの至る所に赤黒いシミが残っていた。


『どうしようどうしよう、つい、わざとじゃなくてのどがかわいて、どうしようなんとかしないと』



『気付いたらカリーヌさんが死んでしまっていた。間違い無く僕だ、どうしよう』



『以前誘われていた闇ギルドに身を隠す事にした。ここで有れば身元を隠せるはずだ』


 そこからは闇ギルドに加入してからの日々が綴られていた。どうやら闇ギルドは彼にとって天職だったらしい。

 少しずつ組織の上へと上り詰めていく。


『今日は部下を躾けた。声が大きくて今も耳が痛い』


『気付いたらクラスが吸血鬼になっていた。多分カリーヌの血を吸った後にはこうなっていたんだろう』



 何と無くこの日記が誰のものか想像付いた俺はパラパラと最新の記録を探す。


『明日はいよいよ組織に手を出している少年を躾ける。パトロンからせっつかれているとは言え、子供に本気になるのは少し気が引けるが、上手くやればアーティファクトと使える部下が手に入りそうだ』


 ひっくり返して裏表紙を見ると、そこには名前が記されていた。


『レオパルド』


「レオパルド、ねぇ」


 吸血鬼の男の名前はレオパルドと言うらしい。俺はチラリと足下に目を向ける。そうすると虚空を見つめる首と目が合った。

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