第20話 血戦

 フィーネはクルクルと駒のように回りながら周囲に群がる人間を切り刻んでいく。


 ゴトーから与えられた指示は生存優先。とりあえずここにいる人間は全て殺すことをフィーネは決める。



 前後から挟むようにして放たれた斬撃を、往なしてそれぞれ別の人間へと誘導する。


「があっ」

「痛っテェ!!」



 痛みで取り落とした剣を踵で蹴り上げる。


 振り向きざまに一人の胸板に切り傷を与え、左手で落ちてきた柄を握るとそのまま投げ放ち、カウンターを壁に弓を射る男の眼窩を貫く。


「ふぅ」


 フィーネは軽く息を吐きながらも、迫る人間の波を処理していく。

 スタミナ不足、その弱点はスタンピードによって把握していた。


 進化によって格段に能力の向上した今もその弱点は変わらない。


 店の外からもやってくる人間の波がどこまで続くか分からないが、もし、もし僅かでも足りなければフィーネは間違いなく死ぬだろう。


 その上に……面倒なのが一人。



 酒場の壁を背にしたフィーネだったが、背後に斬撃の気配を感じて屈むと彼女の後頭部スレスレを通って壁から生えた剣が袈裟懸けに振るわれる。武技の発動を示す銀色の魔力が空中に散る。


 奥にいた男が、切断した壁の断面を蹴り飛ばすが、フィーネは既にその先には居らず、さらに後ろの人間がそれに押しつぶされて息絶える。


「ふむ、外したか」


 ボサボサの黒髪、そして鋭い眼光を宿した黒い瞳がフィーネを射抜く。

 男が握るのはフィーネが持つそれよりもさらに細身の剣、刀と呼ばれる武器。


「主が、ふぃーねか?」

「……だったら?」


 男は鞘に納刀すると、居合いの構えを取る。

 フィーネもそれに合わせるように刀身を後ろに向け、重心を地面へと近づける。



「我が名はハチカネ。仕事ゆえ、心苦しいが、主の命を頂戴する」




 ———————————————




 コートの男……吸血鬼からの攻撃は壁の中に消える技により予測が困難になった。

 幸い背後からまともに食らった一撃は、重要な臓器を避けたようで戦闘には問題無い。


 右の壁から現れた男が片手で赤銅色の剣を振るって来たので、その側面を掬い上げるように裏拳で衝撃を与えて逸らす。

 弾いた瞬間に剣にヒビが入るが一瞬液体に戻る事でそれも修復する。



 とにかくこの性質がかなり厄介だった。

 壊したとしても、こうやって形を取り戻して何事もなかったかのように攻撃に移ってくるのだ。

 間違いなくアーティファクト、それもかなり上等な奴だろう。


 ただそれでもこの男自身の行動から読み取れる事はある。

 例えば攻撃の際の武器の選択。

 男が握る武器は赤銅のアーティファクトと血で作った『刀血』と呼ばれる刀。

 男は攻撃する際にはまずアーティファクトを使いがちだ。これはおそらくアーティファクトの方は低いコストで修復が出来るからだろう。『刀血』の方は血から作っているだけあって血液を消費するのだと思う。


 そして、俺が苦戦する最たる要因の『影渡』。これは字面からして、影に潜って移動する能力だ。

 そうだとすれば薄暗いこの空間だとほぼ全方位から斬り込める事になる。



 背後から、下から、時には上からと攻撃を捌く内に少しずつ体の傷が増えていく。


 男が楽しそうに問いかけてくる。


「どうしたぁ、少年。少し元気がないようだな!!」

「……っ、随分楽しそうだな」


 上半身だけを地面から覗かせた男が脹脛に斬撃を浴びせるとその傷から血が滲み出す。


 俺が反撃で放った蹴りは男が再び影に沈んだ事で空を斬り、少し離れたところで影からぬるりと体を持ち上げる。


「楽しい!楽しいに決まっている!自分の力によって他者を蹂躙し、支配し、搾取する。それこそが!!ヒトの生きる意味と言うものだろう?」

「虚しいな、それを認める人間なんて居ないだろ」


 俺は前世の記憶を思い浮かべた。

 母に無視され、虐めに遭ってもなお誰かに肯定されたいと願った愚かな少年の事を。


 だが男は俺の言葉を鼻で嗤った。


「ははっ、滑稽だな少年。生きる意味とは誰かに認めてもらう物では無く自らの力によって認め物だ」


 男は刀血を掲げて言葉を続ける。


「私の生きる意味は私が決める。私の生き方も私が決める。明日の朝食も、コーヒーを飲むかも、いつ起きて、いつ寝るかも、私の人生の一欠片とて!


 -……他人に委ねるつもりは、無い」


 男が掲げるのは絶対的自己主義エゴイズム。何があって、彼がそう言う思想を持つに至ったのか、はたまた生まれた時からそうであったのかは分からないが、彼の世界に他者の入り込む余地が無いことはわかった。


 束の間の対話が終わり、また男が影に沈んで防戦が再開される。



 男の言う通りに、自分のためだけに生きる事が出来たらどれだけ幸せだっただろう。

 冒険者の憧れる迷宮の地で、ゴブリンとしての出自を隠しながら、冒険を繰り返していただろうか。

 気の合う仲間を見つけて、絆を育んで笑い合う事が出来ただろうか。


 ——愚かな少年は母親への執着を捨てて自分の人生を歩んでいたんだろうか。


 ……多分そうはならない。




 これまでに何度も感じたうなじが痺れるような気配。


 俺は急いで魔力を操作する。


 これまで何度も練習していたがずっと成功した事が無かったそれを今この瞬間に成し遂げる。


 体外に溢れ出した魔力が拡散しようとするのを抑え込みながら図形を描いていく。

 抑え過ぎても形が歪んでしまうので、力加減が重要だ。


 そうやって宙に描いた図形、魔術式に俺は更に魔力を通すことで、世界に魔術が産み落とされる。


 初歩の初歩、クラスの補正が有れば1日目に成功させるだろう魔術。


「『光明ライト』」


 光球が宙に浮か、部屋の影を光が埋め尽くした。


『影渡』の名前からして、影を出入り口にして空間を移動する術だ。

 これと密室を合わせることでこちらからは捉えきれず、向こうからは一方的に攻撃されていた。

 ならば出入り口を制限してやればいい。


 部屋の中を沈黙が埋め尽くす。



「っちぃ、小癪な」


 たまらず部屋に唯一残った俺の影から男が這い出る。

 やはり影に潜ったままでいることはできないようだ。男は俺から距離を取ろうと、地面を蹴る。

 だが、逃すつもりなど毛頭無い。


「『忘却オブリビオン』」


 男の思考を強制的に空白で塗り潰す。

 その瞬間、制御が失われて刀血は一瞬形が歪む。


 赤魔力を拳に込める。

 それによって密度を増した赤魔力によって左手がヒリヒリとした痛みを訴える。

 痛みを意図的に無視して拳を引き絞る、張り詰めた弓の様に、力を限界まで蓄えて。


「俺の人生も、一片たりともお前に奪わせる気は、無いっ!!!」


 鬱憤を晴らす様に蓄えた力を解放する。


 真っ直ぐ顔面を狙った拳に対して、無意識なのか男は拳の先に右手を翳す。

 ただ、力の込められていない手では障害とはなり得ず、豆腐のように手の平を削り取る。



 最後に拳は男の頭に触れて、男の頭が弾けた。

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