第18話 分断

「小僧、お前だな」


 ——!?


 同時に店内のほぼ全ての人間の視線が俺を射抜く。

 こいつ、既に周囲を固めてたのか。


 そうでないのは酔い潰れているマッキやトリー達、そしてフィーネくらいだった。


 男がコートの中から手を伸ばして来る。


 だが男が座っていたのは俺の右側、咄嗟に左手を回すがそれよりも早く俺の首を掴み地面に叩きつける。


「がハッ」


 後頭部が強く打ち付けられて、視界がクラクラと明滅する。

 男が握力を込める。

 俺は手首を強く握り抵抗するが、微動だにしない。


「活きが良いいなあ、少年。それでこそしつけ甲斐があるというものだ!ははは!!」


「…ハ…ァ…」


 ギリギリと締め付けられる喉に脳へと回る血液が堰き止められ、視界が暗くなる。


 意識が落ちれば死ぬッ!


 強く歯を食いしばり、体内で魔力を回す。

 出し惜しみしている時では無い!


「…ぃ…『……』」

「!?むうッ」


 先ほどまではビクともしなかった俺の喉を捕らえる男の右腕、それに指を食い込ませる。赤魔力が男を侵食し、強固な皮膚の組成を解いていく。


 これ以上触れているのは不味いと思ったのか腕を引こうとするが、今度は俺が男の腕を掴んで離さない。


「ちぃ、見誤ったか」

「……いまさら、遅いっ!」


 男の手首を握り潰す。

 大きな骨が折れるポキリという音と共に手首からは血が吹き出す。


 これでしばらくは動けまい……!?



 脳裏で男が痛みに喘ぐ姿を思い浮かべ油断した俺を、男が残った腕で引き倒し、床にうつ伏せに押し付ける。


「油断したなぁ、少年」


 警察がやるように、俺の腕を捻り上げながら男が告げる。


「このまま遊んでやりたい所だが、ここは場所が悪いな」


 男が目を向けた先には、既に剣を抜いて迫るフィーネの姿があった。


「ゴトォ!!!」


 周囲の客に扮していた手下達が、剣を手に彼女を囲むが、フィーネが手を閃かせる度に人間の首が一つ、時には同時に二つ以上宙を飛ぶ。

 切り掛かった人間の首を刎ね、剣を盾に身を守る人間の首を刎ねる。

 激昂するその表情とは反対に彼女の体は最適解を選び取っていく。


 彼女の周りには、踏み込んだ人間の生を無感情に摘み取る領域が出来上がっていた。



 その様子を男は対岸の火事のように眺めがら呟いた。


「剣士はブラフかと思っていたが、これ程とはな。まあいい、用があるのは少年だけだ」


 密着しているためか、男の体の中で粘着質な魔力が蠢くのを感じる。


 同時に、俺たちを中心とした半径三メートル程の地面が闇色に覆われる。木材であったはずの床の感触が失われ、触れている筈なのに空気を掴むような感覚しか返ってこない。


 なんだ、これは…黒魔術でも、呪術でも無い。



「まさかっ…ユニークス…」

「外れだ少年……」


 そして、広がった闇の領域に吸い込まれるように、周りの家具と共に俺の体が沈み込んで行く。


「ゴト——」

「生き残れっ、フィーネッ」


 数歩先まで迫っていたフィーネだがその手は闇の領域に届く事は無く、最後には俺の頭先まで闇に飲み込まれれ、とぷんと湿った音だけが店内に残された。

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