第17話 エンカウントカウント


 二日目。俺は若干の寝不足を抱えていた。


 もちろん、昨日の夜についての記憶はクリストとブライブの二人には残っていない。


 流石に寝てる人間を起こすだけの効果はないらしく、テントから出てフィーネの元へ向かう人間はいなかった。やはり今のところ俺に影響は無さそうだ。

 だが油断は出来ない。昨日の二人の様子を思い返せばとても意思の強さで抗えるようなものでは無さそうだからだ。



 剣士達が茂った蔓や低木を切り払いながら森の奥へと進む。

 今日は昨日よりも入り口から遠い所で魔物を狩る事にした。


 入り口に近いと他の冒険者によって魔物が減らされたり、トラブルが起こることも考えられる。今日はそれが目的では無いので大人しく距離の離れた位置で狩りを行う。

 若干魔物とのエンカウントが多くなるが、一気に十匹とか来ない限りは問題なさそうだ。


 三メートルの体躯を生かし、上から打ち下ろされたウォーコングの拳を掌底により逸らした後、脇腹を貫手で穿つ。肺を傷つけたのか叫び声を上げることも出来ずによろめくウォーコングを傍目に、死角から迫る投石をしゃがんで避ける。


 漁夫の利を逃したフォレストエイプは次の瞬間、自身の居座る樹木が揺らいだのを感じる。見下ろすと、足場としている樹木の幹を斧で切断する大男の姿があった。


「キキィ!!」


 このままでは地上に落ちた自分はこの人間達に殺されるだろうと察した猿は、隣の樹へと移ろうと枝を辿り外側に向かう。


 ただ、その逃亡を許さない存在がいた。


 少女は傾く幹のほぼ垂直の勾配の僅かな窪みを足場にしてフォレストエイプへと迫ると、反撃する隙すら与えず銀光を煌めかせると、フォレストエイプの首を刎ねる。


 フィーネは崩れ落ちる樹から飛び降りると、膝で衝撃を殺しながら納刀する。



 その間俺は怒り狂ったウォーコングが倒された木の幹を振り回すのを躱しながら、懐へ潜り込む隙を探していた。


 迷宮も第四層まで来ると、この程度の怪力を持つ魔物は珍しく無いのだろう。力量的には第二層で戦ったリザードマンを優に上回っていると感じる。

 なんというか、ゲームで初期のボスが終盤だと雑魚としてエンカウントするのと似たような寂しさを覚える。


 先程俺の攻撃を受けたことで、警戒しているのか特に俺が近付いてくるのを嫌がっている。


「俺だけ見ていて良いのか?」


 ウォーコングの振り払いを、二人の騎士が抑え込む。

 武技を使用しているのか盾は銀光を纏い、見た目以上に衝撃を吸収している。


「『風塊エアブラスト』」


 トリーのパーティの黒魔術師であるチャコの眼前の魔術式から、第三圏の風魔術が放たれる。人間大のサイズまで押し込められた暴風がウォーコングに直撃した瞬間、夥しい数の風の刃が周囲へと飛び出す。


 鳩尾を中心に解放された鎌鼬は数の暴力によってウォーコングの体の内外を隈なくズタズタに切り刻んだ。後には、肉を削ぎ落とされみすぼらしいまでに痩せ細った姿が残った。


「ゔぉ…ぉ」


 そんな状態で生命を維持できるはずもなく、自身の臓物が撒き散らされた地面へとその身を投げ出すように倒れた。


 俺は周囲を確認して魔物の気配が無いのを確認するとやっと構えを解いた。



 ハイドウルフの群れの奇襲から始まった戦闘に、フォレストエイプが茶々を入れてくることまでは予想していたが、ウォーコングが乱入してきた時は少し焦った。


 トリーがハイドウルフに矢を刺すことで位置を明かし、フォレストエイプの足場を崩し、ウォーコングを俺が足止めすることで退けることが出来た。


 森という環境には慣れていたつもりだったが、俺が育った森とは植生も生態系も全く異なっていることを実感した。余りにも魔物が多すぎる。ここに現れる魔物達は何処かから補給されていると考える方が自然だろう。



 日が落ちることが無いので、前回と同じように自身の腹と疲労具合から探索の終了を提案した。

 昨日と同じ肉を貪りながら、男達の様子を眺める。

 フィーネの催淫による影響も、それを発散させず抑え込むように命令した副作用も感じとれなかった。もしかすると必死に抑え込んでいる可能性もあるが、些細な物と考えて良いだろう。




 ◆




 三日目。

 昨日は穏やかに眠ることができた。


 起床した俺たちは、そのまま第四層の入り口へと向かう。


 数時間で辿り着けるだろうと思っていたが、二日目に歩いた距離がそこそこあったらしく、入り口に着く頃には小腹が空いていた。


 この調子だと、外はもう昼を過ぎているだろうと思ったが、モノリスの側面の白いゲートを潜ると、まだ昼前だった。

 迷宮内の環境により時間感覚が僅かに狂わされたらしい。


 さらに深く潜る冒険者だと一回の遠征で一ヶ月は潜る事になるそうなので、下手すると丸一日ズレることもありそうだ。


 空にのぼる本物の太陽を掌をかざして見上げると、迷宮内部の偽物の太陽とは異なり、その光には確かな熱を感じた。丸二日程度見なかった程度なのに、この光を恋しく思っている自分に苦笑してしまった。




 ◆




「我らの冒険の成功に、かんぱぁい!!」

「「「「乾杯!」」」」


 マッキの音頭に合わせて俺も酒の代わりに果実水を注いだ杯を掲げる。


 どうやら、冒険者というのは迷宮に潜った後はこうやって馬鹿騒ぎするのが習慣であるらしかった。

 俺が参加する必要性は無かったが、どうやら残りの二パーティが俺たちが拠点としている宿屋の下の食堂に集まっているのに参加しないのは不自然と思い、フィーネを連れて降りて来た。


 フィーネは少し離れた席で不機嫌そうに野菜を貪っていた。迷宮では、肉とパンだけだったからな、肉はフィーネも美味しいとは言っていたが、それでも野菜が恋しくなったらしい。



 今日は他の冒険者も多いようで、見覚えの無い従業員も両手で足りずに脇や肩も総動員して杯や皿を運んでいる。


 遠征が無事に終わり、その上予想以上の収益を上げただけあって、マッキ達もトリー達も財布の紐が緩かった。

 次々と酒が運ばれ、彼らはそれを水のように飲み干していく。


 そして、昼から始まった宴が夕方に近づく頃には彼らは出来上がってしまっていた。



「あの時、ウォーコングが現れた時はぁ、死んだかと思ったぜぇ、ゴトー。なぁ?」


 マッキはトリーの仲間である騎士のガストピの方を叩きながら語りかけている。

 俺からは彼の背中しか見えないため誰に向かっているかは分からなかった。


 向こうでは飲み比べをしていたマッキのパーティの剣士二人と、トリーのパーティの白魔術師が骸となっているし、あちらではトリーが四つん這いにしたクリストを馬にして高笑いして喜んでいるし、クリストは悦んでいる。俺はカウンターに避難してその様子を見守っていた。



「随分と賑やかな事だな、少年」


 いつの間にか俺の隣に座っていた男が話しかけて来る。

 室内であるのにコートを羽織る姿を不審に感じながらも、謝罪を返す。


「あぁ、煩くして申し訳無い」

「気にする事はない。冒険者はこうでなくては。ハハハ」


 その老人のような口調と、二十歳程の見た目が酷くアンバランスだった。

 グラスを傾け、琥珀色の酒を喉に流し込んだ男は、億劫そうにグラスを置いた。


「冒険者は迷宮に潜り、戦い、酒を飲み、眠る。そういう日々を生きるべきだ。そう、思わないか、少年?」

「…生憎、俺はまだ酒は飲めないんだ」


「…はは、これは一本取られたな」


 困ったような口調と仕草をしながらも、男の目はその赤黒い瞳でジッと俺を見つめ続けていた。

 男は手袋をした左手でグラスの淵をなぞる。


「私の仕事は、そうだな絡繰カラクリの歯車が上手く回るよう監視するような仕事だ…」


「だがね、最近歯車が言うんだ」


「『歯車をやめたいです』だと。ハハハ、おかしな事だろう。そして、そいつは勝手に迷宮に潜り出した。それも一つじゃないぞ。不具合を起こした歯車すべてだ。まったくおかしな事だろう、私が手ずから歯車を調整したはずなのに……だから私は思ったんだ」



「誰かが、歯車を盗んでいる。そして私は辿り着いた…」




「小僧、お前だな」

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