第16話 第四層
1D100 → 99(ファンブル)
———————————————
「気をつけて!ハイドウルフだッ」
第四層は森林エリア。鬱蒼と茂る樹木が偽物の太陽の光を覆い隠し、薄暗い空間となっている。クラスの恩恵により索敵に優れたトリーが一早くその存在に気づいた。
ハイドウルフはその名前通り不完全な透明化を自身の体に施すことが出来る。
不完全とは言っても、視界が暗く視線も通りづらいこの環境では十二分にその威力を発揮しハイドウルフはこの森の狩人として君臨する。
自身の強みを潰さない為か、通常の狼であれば唸り声が聞こえる距離にあっても枝を踏む音すら聞こえない。
全体を俯瞰するように前方を睨むと、視界の端が不自然に歪んでいる。
よく見ると狼の形に見えない事も無かった。
これが不完全な不透明化か。これは事前に気づかないと攻撃を喰らうことになるな。
「前衛クラスは前に出ろ」
俺の指示によって、トリーのパーティの騎士二人とマッキのパーティの盾持ちが前に出て3人がかりでハイドウルフを抑え込む。
自身が完全に捕捉されていると気づいたハイドウルフが遅れて逃れようとするが、左右両方から押し込まれて足が浮いてしまい、地面に踏ん張ることもできない。
そのままマッキの武技によって首が落ちるまでハイドウルフは暴れるのをやめなかった。
「逸れた個体なら一パーティでもなんとかなるようだな」
「俺なら一人でもやれるぜ?」
「無傷でか?」
「うぐっ」
「ボクはそれよりも猿の方が不安だよ」
猿とはフォレストエイプの事だ。その身長は人間と変わらない程度だが、投擲による攻撃を多用し、その上基本的に樹上にいるせいで手が出しづらい。そしてハイドウルフ以上に群れる。
遠距離での攻撃手段の出来る者が一パーティ分しか居ない俺たちは一方的に攻撃されることになりそうだ。
◆
その後も戦闘は続いた。恵まれた体格による物理攻撃を得意とするウォーコングに対しては、近接クラスのみで構成されるマッキのパーティが活躍した。
そして不安要素となっていたフォレストエイプに対しては、上からの攻撃を撃ち落としながら、フィーネを含む剣士や斧士たちがフォレストエイプが逃げる先の木を片っ端から切り倒すことによって追い詰めた。
群れとなったハイドウルフも一度捕捉できれば対応は可能だった。
俺とフィーネがそれぞれ一体を受け持ち他のパーティも一体ずつ相対することで、ハイドウルフたちの猛攻を退けることができた。
進めば数分毎に繰り返される戦闘でレベルアップによって強化された冒険者たちの身体能力を持ってしても疲労が蓄積されつつあった。
これ以上の探索は命取りになると判断した俺はフォレストエイプと戦った後の開けた森の一角で野営をする事にした。
俺たちは『
今日の夕食はパンと大きめのオークの肉、そしてスープ。
肉は既に加熱と調理がされていて、未だにその時の温度が残っていた。
聞いていた通り『
使い方によっては攻撃手段にもなりそうだ。
例えば熱した鉄を直接相手にぶちまけるとか…。
だが収納の際には手で触れる必要がある上に、取り出す時も自身の手に現れるらしいので、その運用は現実的では無いな。
オークのしっかりした歯応えと溢れる肉汁が喉を通り、久方ぶりの栄養に体が喜びの声を上げる。オーク自体は猪とか豚っぽいが、魔物であるせいか、その肉質は引き締まっていた。
人によっては柔らかい方が良いかもしれないが俺としてはこの位の硬さが丁度良いと感じる。
「ゴトー、これ、すごい美味しい」
「オーク肉を食べた事はあるが確かに美味しいな」
フィーネが珍しく食事に感想を漏らす。確かに下処理が良くされてるのか中まで味が染みている。
「あぁ、それ。僕が馴染みの飯屋から買って来たのさ。美味いだろ?」
話に入って来たのはトリーのパーティの騎士クラスの一人、クリストだった。
確かこいつは『
「そうだな、これからも食糧はトリーのところに任せる事になりそうだ」
「あははは、次も僕の素晴らしいチョイスに期待してくれたまえ」
そのままくるくると回りながら、次はマッキのパーティへと近寄って行った。
「すまないなぁ、クリストは押しと自己愛が強いところがあるんだ。だけど、戦いの時は前に出てみんなを守ってくれるんだ。だから嫌わないでやってくれると嬉しいな」
「…それは、今日の戦闘で何度も実感してる。ただ、武器を構えている時と態度が違い過ぎて戸惑っただけだ」
トリーのパーティの二人の騎士は、戦闘中はリーダーの指示に寡黙に従う真面目な人間という印象だった。だから、兜を脱いだ彼があれ程フレンドリーに接してくるのに面食らってしまった。
「ガストピの方は逆にシャイなんだけどね。二人の性格を足して割ったら丁度いいくらいなんだけど…」
トリーが目を向けた先には、黒魔術師と白魔術師の女性二人に挟まれて、大きな体を縮こませながらスープをちびちびと啜るもう一人の騎士の姿があった。
二人は揶揄うようにわざとガストピに体を寄せている。
二人の話は聞こえないが、間に挟まれた騎士の表情とは対照的にとても楽しそうである。
「それじゃあガストピがかわいそうだからそろそろ戻るね」
「ああ、明日もよろしく頼む」
「うん、よろしくね」
マッキ達の方を見ると、まだクリストに絡まれていたがマッキ達も濃いメンツが集まっているらしく、そのむさ苦しさによってクリストに対抗していた。
スープにパンを付けて食べる。単体だと硬めのパンがスープを吸って柔らかくなる。
「美味いな」
「ん〜、これはまあまあ」
好き嫌いの多い奴だ。
食事を終えて休憩へと就く。一つ残念な事といえば迷宮内の環境が変化しない事、つまり常に昼という事だ。つまり俺たちは、この明るい中で眠りに休憩しなければならなかった。
テントがあるため眠れないことは無いのだが、どうしても完全な暗闇とは行かなかった。
「……はぁ」
「……す…ぅ…す…ぅ…」
横を見ると剣を抱きしめて吐息を漏らして眠る少女の姿があった。
「……」
俺は寝返りを打って瞼を閉じた。
◆
「……っち」
口の中だけで舌打ちをした俺は、起き上がってテントを出る。
すると、直ぐ前に二人の男の姿があった、一人はクリストでもう一人はマッキのパーティの盗賊…ブライブだったか。
二人の目は先程とは打って変わって血走り、そして酷く息が粗かった。盛りのついた犬のようだ。
「ハァ、ハァ。ちょっと退いてくれるかな?すぐ済む、からさ」
「俺もだ…ハア、ちょっと中に入れてくれるだけで良いんだ…ハア」
後ろ手にテントの入り口を閉める。
視線を下に下ろすまでもなく、二人の自己主張を視界に捉える。
まあ、間違いなくフィーネの影響だろう。
会話が出来ていることから、理性が失われる訳では無さそうだが、ロクに働いてはいない。何というか、以前にゴブリンの村で広めた依代の香を吸った時と似たような状態だ。あれと同じなら抗うのは難しい。
「はぁ、『黙れ』『動くな』」
二人が口を閉じて静かになる。荒い鼻息だけが響く。
これは効果があるのか。
「『発情するな』」
二人の様子に変化は無い、ダメなのか。
おそらく催淫効果は思考ではなく体に対して直接影響を与えているのだろう。ただ催淫の効果は完全に脳を支配下に置くわけでは無いので、体を動かすアーティファクトの命令自体は通る、と。
考察を終え用済みとなった二人に命令を下す。
「『テントに戻って、眠れ。そして五時間後に起きろ』」
二人は自己主張させたままテントへと戻って行く。流石に次に起きるときには治っていると良いのだが。
テントを開けて入り口から中を覗くと出る時と変わらない姿勢でフィーネが眠っていた。
「……すぅ…すぅ…すぅ…」
再度テントを閉じると、俺は先程の二人の代わりに見張りに着いた。
———————————————
パーティ編成
マッキ…リーダー。斧使い
ウライト…剣士
サレフト…剣士
ルドヴィン…盾士
ブライブ…盗賊。空間収納持ち
トリー…リーダー。弓使い
ガストピ…騎士
クリスト…騎士。空間収納持ち
チャコ…黒魔術師。
アナ…白魔術師。空間収納持ち。黒魔術もちょっとだけ使える
ゴトー…リーダー。武闘家
フィーネ…剣士
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます