第13話 デート


「ここ」


 外縁部から少し内側に入った位置にある鍛冶工房の前に辿り着いた。


 迷宮に挑むほとんどの冒険者は、迷宮都市の内側を東西南北に分けた内の南側、居住区に住んでいることが多い。俺たちもそうだ。

 大抵の武器は商業区で売られているが、ここは工業区。ここら一帯が熱気に包まれていてとても買い物に訪れるのには向かない。


 態々ここを訪れるとしたら職人にオーダーメイドで注文する場合だろう。


 フィーネが何を買いたいのか、なんとなく予測は出来るが…。


 工房の前でキョロキョロする俺たちの様子に、工房へと何かの入った箱を運んできた青年がこちらに気づく。


「注文っすか?」

「そう、いつも一番奥で作業してる人に」

「?、あー、親方っすね、呼んでくるっす……親方ぁ!お客さんです!」


 男が足でドアを開けて背中から工房の中に入る。

 閉じたドアの向こうから親方を呼ぶ声が聞こえて来る。


「うるせぇぞ!デカい声で騒ぐなよ」

「親方にお客さんっすよ。今、外でまってます」


「女か?」

「そっすね、二人の姉弟でした」


「はぁ〜、付き添いかよ。帰ってもらえ」

「うす。あー、でも姉の方はめちゃくちゃ美人でし…」


「しゃあねぇな、丁度今暇になったとこだから行って来るわ」

「いや親方、一月は働かねぇって行ってませんでした?」


「うっせぇ、お前ここ出禁にすっぞ」

「えー、タダで炉が使えるとこなんてここぐらいしか無いんで困るっすよぉ」



 全部聞こえてる。


 開いたドアからは、引き締まった体付きの壮年の男が現れる。

 親方はドア枠に肩を預けた姿勢で、白髪混じりの短髪を掻き上げると、先ほどの怒声は何なのかと思うほどの渋い声で挨拶して来た。


「俺に用か。お嬢さん」


「剣を買いに来た」


 親方の渾身の台詞をスルーし、フィーネは端的に用件を告げる。


「…俺に何か、用、か。お嬢さん」


「剣を買いに来た」


 今度はタメを作ったがフィーネはその行動の意味を察することはしなかったようだ。

 彼女の反応から、脈が無いことを悟った親方は、苦笑して溜め息を吐く。


 同時に、その視線が俺たちの体を油断なく巡る。

 ただ、それは下卑た欲求を感じさせる物では無く、無機質で、無駄が無い。

 まるで機械の駆動を確かめるように作業的だった。


「坊主は剣は使わないみてぇだな…なら嬢ちゃんの方か」

「そう」


「予算は」

「銀貨50枚」


 それを聞いて、親方の眉が少し悩ましげに下がる。


「…すまねぇが嬢ちゃん、良い物が買いたいなら、最低でも金貨は必要だな。そんで、既に一本持ってるなら、態々銀貨で買える半端な剣は買わねぇ方が良い」


「そう」


 フィーネの声が先ほどよりも小さくなり、気持ちが盛り下がっているのが分かった。

 確かに鍛造であれば一本一本付っきりで鍛える必要があるし、鋳造であっても作成には燃料が必要な事を考えれば、命を預けるほどに信頼できる剣となればその位はかかるかもしれない。


 はあ、フィーネはどうやらこの親方とやらの剣が欲しいようだ。

 これまでアーティファクトのために節制を強いていた所はあるので、取り敢えず価格だけでも聞いておくか。


「あの、親方が打つならどれ位ですか?」


 親方は、顎の髭を親指でなぞりながら、考え込む。


「そうだなぁ、まず『炉』を動かすための燃料が金貨10枚分」

「十枚!」


 俺の頭の中で宿屋が一つ建つ。


「あぁ、俺の『炉』は特別製だからな。……素材にもよるが、材料を全て用意できるなら50枚には収まるだろうだな」


 頭の宿の隣に追加で四つの宿が建った。


「ごじゅう…」

「まあ、頑張りな」


 俺が呆然と呟くと、親方は気の毒そうに励ましたが、しばらくすると居心地が悪かったのか工房に戻っていた。

 なんというか、娘の誕生日におもちゃを買ってあげようと思っていたら、とんでもないプレミアが付いてたような気分だ。


「そっか、剣って高いのね……知らなかった」

「職人が作る物だからな、質を求めるとそれぐらい要るんだろうな」

「…そう」


「…まあ、金が欲しいならギルドのランクを上げれば良いだろ。ここは高位の冒険者も多いから目立ちはしないし、一つか二つ上げればすぐ稼げるようになる」

「そうね」


「とりあえず今日は」


 フィーネの持つ小袋に手を入れると銀貨を二枚取り出した。


「これ、使って遊ぶぞ」




 ◆




 最初は商業区の劇場に入った。

 タイトルは『冒険王と迷宮の秘宝』。

 内容は農民の息子が一念発起して、迷宮での一攫千金を目指す物語。

 どうやらモデルとなった人物が存在するらしいが、明らかに非現実的な場面もあるのである程度脚色はされているのだろう。


 主人公は見目の麗しい青年が演じていて、他の俳優が演じる魔物相手に接戦を繰り広げる姿に、女性達の黄色い歓声が時々上がる。


 フィーネは…なんだかイライラしていた。

 その苛立ちを示すように、自身の座る席に立てかけた剣の鞘を握りながら、人差し指の爪で鍔をトントンと叩いていた。


 初めは魔物を模した大道具には興味を持ったりもしていたが、どうやらアクションシーンが彼女のお気に召さなかったらしい。



 次だ。




 ◆




「はーい、どうぞ、お馬さんです。あなたは何を作って欲しいですか?」

「とり、ことりさん!」

「うん、それじゃあ次は鳥さんを作りまーす!」


 女性はそういうと、鍋から液状の飴を掬い取り、棒の上で形を整える。

 複数の色の飴を使う事で色鮮やかになったそれを、自身の指やハサミを使う事で細部を仕上げて行く。


 女性は周囲に群がる子供たちと会話を交わしながら片手間に作業を行なっているため簡単そうに見えるが、実際やってみると単純な形でも苦戦するだろう。


 あっという間に黄色の飴で出来たヒヨコが棒の先に完成する。


「はーい、鳥さんです、どうぞ!」

「うわぁ、すご〜い、ありがと」


 飴を受け取った女の子はパタパタと足音を立てながら他の子達の元へ走って行った。


 女性の視線が列の最前に並ぶ俺達へと向けられる。


「君は何が欲しいかな?」

「それじゃあ、ウサギで」

「はーい、ではウサギを作りますよぉ!」


 彼女が大きな声で注文を復唱するのは周りで見学している子供達へのパフォーマンスを含んでいるのだろう。


 先程と同じく棒に巻き付けた飴をテキパキと加工していく。


 横目でフィーネの方を見ると口角が若干上がっていて劇場よりは好印象だった。じっと女性の指先の動きを見つめている。

 数分のうちにウサギは完成した。


 感心したような表情で飴を受け取るフィーネに飴職人の女性は生暖かい視線を送っていた。


 店を離れながらフィーネが雪ウサギの尻を舌で舐める。


「結構甘いのね」

「すまない、苦手だったか」

「いや、…好き」


 これは好感触みたいだ。




 ◆




「これとかどうだ?」

「邪魔になりそう」


「髪とか纏めたほうが楽じゃ無いか?これとか」

「そう、かも」


 そんな風に言葉を交わしながら銀細工を物色する。

 店員に手伝って貰いながら髪型を弄っているのを側から見ているとふと既視感に襲われた。

 きっと前世の記憶に起因するものだろう。

 パッとは出てこないが近しい人の髪を結んでやった気がする。


 最終的に出来上がったフィーネは、背中まであった金髪が簪で纏められた事で、首筋が晒されて涼しげだ。


「どうだ」

「涼しいし、楽ね」


 淡白な反応。

 こういうのにはあまり興味が無いのか。

 少なくとも便利ではあるようなので、その場で支払いを行い簪を購入した。



 フィーネの反応を探りながら迷宮都市を回ってみたが、至る所で俺はフィーネの事を知らないのだと実感した。


 俺達はこれまで何度も共に戦って、争って来た。普通よりも密度の濃い時間を過ごした筈だがそれでも知らない事の方が多い。


 それはきっと、俺が彼女を戦いを通してしか見た事がなかったからだ。

 だがフィーネは戦うだけの存在では無い。

 殆ど知らないのは当たり前だ。


 だから、これからはもっと知っていなければならない。

 彼女の変化を見逃さない為にも。




 ———————————————




 ◆ Tips:武器の相場 ◆

 親方が言ってる『良い物』は自分が作るレベルから判断しているので、割と普通からは乖離しています。

 一応銀貨10枚程度でもそこそこの物は買うことが出来ます。

 そうでないと駆け出しは剣なんて持てそうにありませんから。

 しかしフィーネの持っていたサーベルが『そこそこ良い物』であることから、それ以下の剣は必要無いだろうと思い、あのような言い方になっています。

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