第12話 リミット
「……んぁ」
「おはようゴトー」
「あぁ……おはよう、フィーネ」
フィーネの声に答えて、起き上がると少しずつ頭に血が回って意識が覚醒して来る。
太陽の傾きと気温からして朝食には良い時間だろう。
丁度彼女は着替えの途中だったようで、寝間着代わりのゆったりとしたズボンを脱ぐと、スラリとした脚部と引き締まった臀部が露になる。
最近良く着ている淡色のフレアスカートを腰の上の所で巻いて、紐を締める。
この状態だけ見れば村娘と変わりがないが、彼女はそうでは無い。
太めの皮製のベルトを腰に巻く。
ベルトには金具がついていて、それを左側に持って来ると、剣を丁度良い角度を保ったまま吊るすための別の皮の装具、ソードベルトを金具で固定する。
最後に鞘に入ったいつものサーベルを差せば、フィーネの準備は完了だ。
「何見てるの、ゴトー」
フィーネは瞳だけこちらに向けて咎める。
「いや……今日は、久しぶりに休みにしよう」
「そう」
だから、今日は剣は必要無いだろうと言いそうになったが、彼女が今まで剣を手放している場面など殆ど無いことを思い出し、苦笑して言葉を飲み込んだ。
ベッドから立ち上がった俺はそのまま彼女に背を向けて支度を始める。
フィーネは昨日泣いて楽になったのか、彼女の態度は少し柔らかくなった。
いつも通りだ。
彼女の能力が俺の知っている通りならば、その力は催淫。
ただ、昨日彼女が吐露した苦悩からしてきっとそれだけでは無い。
例えば、行為を望むように精神を変質させられている、とか
例えば、自身の意思に関わらず周囲を催淫させる、とか
例えば……行為をしないと生きていけない。とか
彼女が今は抑え込んでいる力が暴走してしまった時に、止めることの出来る者をフィーネは望んだ。
だからこそ俺はフィーネと喧嘩して、俺がそれを出来ると証明したのだ。
だから大丈夫だ。問題無い。
——少なくとも、俺がまだ
◆
片手で苦労しながら、服を着る。
服はそれほど多く持っていないので、鎧の下に着ている物をそのまま使っているが違和感は無いだろう。
片手になってから半年以上経っているが、慣れれば日常生活ではそこまで苦労しないな。違うな、苦労はしているが不可能な事は殆ど無いというのが正しいな。
「行くか」
「ん」
フィーネは頷くと、先に扉を開け放ち部屋を出て行った。
ここ、迷宮都市はほぼ毎日賑わっている。
それは迷宮があるからだが、今日重要なのはそういう事では無い。
外との交流が盛んな街の外縁を歩けば大抵どこかでは闘技大会や、魔術師達がその技術を競うものだったり、そういったイベントがあって、それを見るために人が集まっている。
そして人が集まるところにはそれを相手にした出店が現れる。
今日は近くで剣術の大会でも行われているのか、出店には『腕試し』を銘打つ物が多い。腕相撲で賞金をチラつかせ、参加料で小遣い稼ぎをしようとしている冒険者が目に入ったが腕自慢の多い迷宮都市だけあって大きな人だかりが出来ていた。
人だかりの中にはチラホラと只者では無い人間が紛れ込んでいて、冒険者が少し気の毒になった。
肉まんもどきを頬張りながら、出店を冷やかしていた俺たちだが、フィーネの目が一つの場所で止まる。
それはそこそこ賑わう据物切りの腕試しの隣にあった。
俺はパッと見で輪投げを思い浮かべたが、立ち位置を示すバツ印の横の箱に入った5本のナイフが目に入って、その想像が大体当たっていることを察した。
「お、坊主、やってみるか?内容は見ての通りだ」
椅子に座った小太りの中年の男がこちらを見つけて声を掛ける。
男が指差す先にはテーブルに吊り下げられた木製の看板。
『三つの的全てにナイフが刺されば銀貨50枚、参加料銅貨5枚』
テーブルの上には一つの小袋。
最近金貨をポイポイ投げる奴がいたので感覚が麻痺しているが、銀貨50枚といえば、結構な額だ。
1000人が参加しなければ取り返せない事になるが余程自信があるのか。
「…何て書いてあるの」
「そこにあるナイフを三つの的に当てれば銀貨50枚くれるらしい」
「それってどの位?」
「…俺たちが毎日迷宮に潜って二ヶ月で稼げる位だな」
「そう……銅貨5枚だけ出して」
フィーネはどうやらやる気になったようで俺から銅貨を受け取ると店主に差し出す。
「ね、姉ちゃんがやんのかい?…まあいいや、的はこの三つだ」
そう言って店主が取り出したのは木材の切れ端に色付けしたらしき四方十センチ程の立方体だった。
店はその後ろに広がる路地そのものを利用していて幅3メートル奥行き20メートルほどの空間を使用するらしい。
一つ目は通路の半ば、二つ目は通路の一番奥、そして三つ目は障害物となる木箱の後ろに置かれる。
なるほどなぁ、店主が自信満々だった訳だ。
ギリギリ位置は分かるとは言え、バツ印の上に立てば木箱で的が隠れる位置にあるため曲線の軌道で狙うしか無いのだ。
「投げる時はその赤色の印の上からな、ナイフ…ナイフはそこにある奴を使いな」
そう言って店主は椅子の下にある粗悪なナイフの入った籠を足で見えない位置まで押し込んで隠した。なるほどな、良い商売してる。
きっと良い商売しすぎて客が尻込みしてしまったのだろう。
彼女は的の位置を確認すると、5本のナイフのそれぞれを手に取って調子を確かめる。
こちらのナイフは流石に欠けなどは無いが、まあ普通の安物と言った感じの物だ。
サイズは小さめで、薄く、持ち手はグリップのために布が巻かれていた。
刃の方は片刃で反りがあり、投げナイフに適した形状ではあった。
ヒュッ、トス、カン
いきなり無造作に投げられたナイフは手前の的に突き刺さりそのままナイフの重さで傾いて持ち手の金属が地面とぶつかる音がした。
「すごいなぁ、姉ちゃん」
まだ店主は余裕そうだった。
ヒュッ、トス、カン
奥に置かれた的も先ほどの焼き増しのようにナイフに貫かれる。
「え?、いやぁ、やるな姉ちゃん、このままだと賞金持ってかれちまうかもなあ」
まあまあ驚いたようだが、それでもその余裕は崩れない。
俺はその態度を少し奇妙に感じたが、その答えはすぐに示された。
フィーネは今度は高さを利用するように山なりにナイフを投げる。吸い込まれるように木箱の影の的に当たる。
ヒュッ、ガン、カラン
明らかに硬質な音がしてナイフが地面にナイフが落ちる。
材質が違うのか。それも違いが分かり辛いように全て同じ色に塗っていた訳だ。
そして山なりの軌道では硬い木材に刺さるだけの速度を出せない。
店主の方が一枚上手だったらしい。
「ん〜惜しかったな、嬢ちゃん。もっと上手く当たれば刺さるかもなぁ」
まあ、祭りの出店と言えば大抵こんな物だろう。
だが、フィーネは店主の白々しい言葉を聞き流して残った二つのナイフを両手でクルクル弄ぶと、同時にその二つを投げた。
回転した片方に柄尻を叩かれたもう片方のナイフが、鋭く曲がり木箱の影に隠れた的へと速度を増して突き刺さった。
店主の男の目が飛び出そうなほど見開かれる。
「なっ、んな……」
◆
ごねる店主を黙らせ中々重みのある小袋を持ってフィーネが戻って来た。
「凄いな、流石だ」
「そ?」
俺が手放しで褒めると素っ気なく返すが口角が少し上がっていて、機嫌が良いのがすぐ分かった。
「それで……」
「?」
フィーネは逡巡するが、俺が先を促すと躊躇いがちに口を開く。
「これ、使っていい?買いたい物があるの」
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