第11話 彼女は——


 今回は短めです

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 チャプ…チャプ…


 濁った水の張る洞窟の中、俺はフィーネを担いでゆっくりと来た道を遡って行く。

 そこまで時間は経って無いだろうから、魔物と遭遇する確率は低いと思う。


 あの後治癒の腕輪の効果もあってある程度回復した俺は取り敢えず安全な場所までフィーネを運ぶ事にしたのだ。


 首の後ろに体が乗る、ファイアーマンズキャリーと呼ばれる運び方だ。

 おんぶや横抱きの方が見栄えは良いかもしれないが、意識の無い人を運ぶには向いてない。


 それに、今はフィーネの方が身長が高いので、この運び方が一番楽だ。

 そして片手も空く。片手無いけど。


 俺の身長が140程度で、フィーネは160程度。

 どちらも目測な上に、もしかするとこの世界の物は前世と比べて全てが大きいとかあるかも知れないが、感覚の上では大体そのくらい差がある。


 以前は俺の方が若干高いくらいだったが今はもう彼女の方が頭ひとつ分高い。


 俺も進化できたらなあ。



 体を支えるために押さえている太腿の感触からさりげなく意識を逸らすと、警戒のレベルを引き上げて洞窟の分岐に入る。


 ……。


 呼吸を限界まで減らして周囲を探る。

 魔物の気配はしないがこの階層の魔物は、泥色のスライムなど隠密能力の高いものが多いから油断は出来ない。


 速度を下げる。



 ……。


 …居ない、な。



 分岐を抜け、一本道に入れば死角が減って警戒による消耗も無くなる。



 そろそろ他の冒険者に遭遇するだろうかと言ったところで、フィーネの呼吸が変化したのを背中から感じ取った。


「…」


「……」


 一瞬ピクリとしたが、動こうとはしない。

 まだ目が覚めきって無いのだろうか。


 しばらくすれば起きるだろう。

 そう思うことにして、そのまま歩みを進める。


「…」


「……」



「…」


「……………フィーネ。起きてるか?」


 立ち止まって軽く問いかけると、フィーネの身体が硬直した。

 少し待つと観念したように口を開いた。


「…早く下ろして」

「分かった」



 重くはなかったが、文字通り肩の荷が降りて解放された体を捻ったり伸ばしたりしてほぐす。


 フィーネの怪我でそれ程大きな物は無いので、ギルドに戻るまでは彼女に働いてもらおうか…。


 彼女の代わりに腰に差していたサーベルを手渡す。

 フィーネはそれを静かに受け取って、伏し目がちに小さく言った。


「ごめんなさい。私、勝手だった」


 別人かと思うほど殊勝な態度に思わず面食らってしまう。あの天に届くほどのさはどこに行ったのだろう。


「そうだな」


「それ、で…」


 そこから言葉が続かない。

 フィーネは何かを言いかけては口を閉じる。

 まるで陸に打ち上げられて空気を求める魚の様だ。


 きっとフィーネが俺に言わなかったこと、それに関わる事だろう。



 俺は今後の為にも踏み込んだ方が良いと思いつつ、少しの優しさと自分勝手な願望によってそう出来ずにいた。


「…ぁ」


 代わりにフィーネを追い越してモノリスへと続く道を進んでいく。


 後ろから控えめ水を掻き分ける音が俺を追う。



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 進化。

 魔物が行うそれは進化というよりも昆虫の行う変態の方が近いだろう。世代を隔てることなく、一つの個体が持つ機能によって急激に形を変える。

 それでも進化と言えるのは、曲がりなりにも環境に適応しているからだろう。



 一つ例を考える。


 剣を振り回すオークがいて、進化する時、オークウォリアーやオークソードマンになる事はあっても、オークシャーマンになる事はほぼ無い。


 そしてその進化は、起こり得るだろう。

 何故なら環境に適応する為に必要だから。


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 ギルドで白魔術による治療を受け、手続きを済ませると外はもう夜になっていた。

 ギルドから真っ直ぐ宿に戻り夕食を済ませる。


 その間フィーネと言葉を交わす事は無かった。




 ◆




「……」


 明かりの消えた部屋の中で俺はベッドに横になって、ぼーっと窓から空を眺めていた。

 月の光が時々雲の隙間から漏れて淡く部屋を照らす。

 並んだ二つのベッドのそれぞれで俺たちは眠りに就こうとしていた。


 ごそりとフィーネがこちらに向かって寝返りを打ったのが分かった。



「ゴトー」

「……どうした?」



「私、じぶんが何になったか、わかってた」

「……そうか」



「どうして、こんな物になったの?」

「……何でだろうな」




 フィーネは喉を潰され奴隷として生きていた。

 それは人間と違って過酷な扱いをしても問題が起こらないバンシーだったからだ。


 ならばきっと目にも遭ったのだろう。尊厳を散らされ、嬲られ、辱められたのだろう。


 だからこそ彼女は人間を嫌悪し、全てを断ち切きるために剣を手にした。


 だが他ならぬ彼女自身が過去を断ち切ることを許さなかった。



 進化のシステムは彼女の経験から、その過酷な環境に耐え得る種族へと彼女を変化させた。



「……、どうしてっ…こんなっ…こんな!」



 肩越しに彼女の方を振り返る。

 自分の体を抱きしめて、枕を涙で濡らすフィーネの姿があった。



 丁度同じタイミングで雲の隙間から月が顔を出す。


 フィーネの姿が淡く照らされる。


 月の光をそのまま糸にしたかの様に艶のある金の髪、潤んだ紅玉の瞳に心臓を鷲掴みにされる。




 そして、彼女の背後に出来た影には



 フィーネはサキュバスだった。


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