第9話 鬱憤

 翌日、俺たちの姿はギルドの奥、会議室のような部屋の中にあった。


 これまでギルドでは依頼を受ける以外のことをしていなかったので、このような部屋があるとは知らなかったが、こんなものがあるのならばアーティファクトの鑑定の時にも使って欲しかった。


 そして、俺の前には青髪の冒険者、レインの姿があった。

 テーブルを挟んで相対する俺たちの中間に座るのは、ギルドの職員の一人と思われる中年の男の姿。これまで見た事が無いので受付よりも上の立場なのだろうと思われる。ギルド職員の対角にはこの街でちらほらと見かけたことのある鎧を装備した男がどかりと椅子に体を預けていた。おそらく衛兵だろう。


 どうやらあの時の女、スノウは流石に連れてこなかったらしい。


 ギルドで暴れることはしないだろうが、あの女の気質だと一々俺に突っかかってきて話が進まなそうだし、俺も何が引き金になって逆上させるか読めないので助かる。



 今朝、ギルドの職員を名乗る別の男が宿に迎えに来て、言われるままについて来て、気づけばこの場に居た。

 前に彼の言った通り、酒場での私闘に関することなのだろうが、ギルドがそこに介入するとは思わなかったので少し驚いてしまった。


 全員が揃ったところで職員が口を開く。


「昨日の、宿屋『——』併設の酒場における乱闘騒ぎについて、被害額の算出が済みましたのでその責任の所在と補償割合の確定のためにこの場を設けました。そして——」


 テーブルの中央に差し出された書類には、『改築費用』『家具等欠損の補填』『内装工事費用』などの文字列と、最後に記された金貨10枚分の値があった。

 あのサイズの宿の価格としては少し高いのかもしれないが、暴れて壊されたにしては安いと思った。もしかすると一部はギルドが負っているのかもしれない。


 そう感じたのは、先ほどからギルドの職員の視線が向かう回数が俺よりもレインに対しての方が多かったからだ。俺はスノウが指に嵌めていたアーティファクトの数を思い浮かべる。ギルドとしては高位の冒険者は余程大事なのだろう。


「今回の件はこちらから仕掛けたものだ。補填も全てこちらでするよ」

「ゴトー様はそれでよろしいですか?」

「…ん、あぁ、はい」

「それではこちらに記載の額をギルドの預金から引き出します」

「あぁ」


 レインが頷いた。


 レインは以前の言葉通り全てを支払うらしい。

 なんとも羨ましいことだ。俺たちであればその一割を支払うのにも一年がかかると言うのに。

 あれ程暴れたにも関わらず金だけで事が済むと言うのは酷く不思議だ。

 前世であればどうなっただろう。間違いなく塀の中になると思うが、その場合俺も何かしら責任を負ったかも知れない。

 俺はこの世界で飲食店を開かない事を誓うと、ギルドを出た。


「ゴトー、昨日は本当に済まなかった」


 後ろから付いてきたレインに再度の謝罪をされる。

 俺としては、店が破壊された店主の方が気の毒だと思ったし、以降関わることがなくなればまあいいか程度の物だった。


「はぁ、もういい。…レインに対して特に含むことは無いからな」

「……スノウが君と会うことは無いようにする」


「そうか」


 俺はレインにも会いたくは無かったが、敵意を向けることそのものが彼の興味を引きそうで中途半端な対応を取ることにした。


 その後、レインは『これでフィーネさんとご飯でも食べてくれ』と金貨を一枚投げ渡してきた。五百円玉みたいに扱いやがって…。




 ◆




 宿の部屋に戻るとフィーネがいた、どうやら朝食を取った後はここに居たらしい。

 剣の手入れをしていたが、酷く気が立っている様に見えた。


「金貨拾ったぞ、フィーネ」

「んー、そ」


 いつもより反応の遅く素っ気ない返事に、フィーネに見せびらかすために掲げた金貨をそっと懐に戻す。


「まあ、レインとか言う冒険者がお詫びに渡して来ただけなんだけどな」

「レイン…そう」


 ああ、これは覚えてなさそうだな。


「かなり強そうな剣士だった」

「あぁ、あの剣士・・ね。覚えてる」

「本当か?」

「ん、青かった」


 ざっくり過ぎる表現だが間違っては無い、か。フィーネの言い方が引っ掛かったがとりあえず流すことにする。


「今日は迷宮に行かないの?」

「最近深めに潜ったばかりだからな。どうするか…」

「行かないなら私だけで行く」

「じゃあ行く」

「分かった」


 何となく今のフィーネを一人にしてはいけない気がして迷宮に行く事にした。




 ◆




 潜ったのは第三層、洞窟エリアだ。

 この層はこれまでと比べて前世で迷宮やダンジョンと言われて想像する物に近かった。

 階層全体が岩に覆われており、網の目の様に分岐する通路を探索していく事で次の階層へのモノリスが見つかる。


 入り口のモノリスの周辺はギルドが設置した明かりを灯す魔術具によって照らされているが、そこから伸びる数本の通路に入ると真っ暗だ。

 その為携帯できる明かりが必要となる。


 ギルドで松明かランタンの魔術具が購入出来るのだが俺たちは魔術具の方を買う事にした。後者の方が高かったが、松明は使い捨てだし、酸素不足になら不安も有ったからだ。


 さらに面倒な事に、この階層は全体が膝丈ほどの沼地に沈んでいる。

 その為速度を封じられ、近接系のクラスにとっては非常に厄介な階層となっている。



 筈なのだが、


「ふっ」「はっ」「んっ」


 魔物が現れた瞬間から壁面を足場にする事で一度も足をつける事なく2匹のリザードマンの首を刎ね、マッドスライムの核を両断したフィーネは鞘にサーベルを戻して、元の位置に飛び退く。

 水が足に絡みつく感触に不快げに眉を顰めると、また歩き出す。


「フィーネ、少し飛ばしすぎだ」

「…大丈夫だから」


 この階層の性質はフィーネと相性が良く、そして

 フィーネは壁面を利用した空中機動が出来るのに対して、出現するモンスターの殆どは沼に足を付けている。

 その為本来足を取られて乱戦となる筈のこの階層はフィーネにとって独壇場となっている。


 しかし、フィーネも常に壁面を走る訳には行かず敵の居ない状態での移動は沼に足を取られる事になる。


 従って着実に体力を削り、それがフィーネの大きな弱点である体力の不足を突いていた。

 さらに彼女は俺が居るにも関わらず、迷宮に入ってから全ての魔物を相手していた。そのせいで既に息が荒くなっている。


「前のスタンピードの時もヘトヘトになって危なかっただろ。ここに出る魔物はD級だから死にはしないだろうけど、体力の温存をだな…」

「煩い」

「あ?」


「煩い。分かってる事で一々口出さないで」

「は?」


 この言葉で糸が切れた。

 昨日のスノウの戦いが中途半端になって俺も気が立って居たのだろうと思う。

 ただそれを除いても今日のフィーネの態度は攻撃的だった気がする。


 だが、そんな事はこの時の俺にとってはどうでも良かった。


「そんなに暴れたいなら俺が相手になってやる、よ!!」


 言葉尻と同時にすぐ側に居たフィーネに蹴りを放つがフィーネは屈んで避けると、代わりに一太刀を返す。俺は水飛沫を上げてその場から後退する。


「ゴトーじゃ弱いから相手にならない。掛かってくれば?」


 一つ言えるのは、多分この日はどちらも虫の居所が悪かったのだ。

 俺達は初めての喧嘩をした。

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