第7話 スカウト

 連日、続いた襲撃が次第に減って来た。

 単純に時間の経過で興味を失ったのも有るだろうが、これだけ日が経っても俺が無事であると言う事実が尻込みさせているらしい。


 そしてそのほとんどの冒険者の視線の先にはフィーネの姿があった。


 つまり冒険者から見れば、腕の足りない俺がアーティファクトを持っているのにも関わらず奪われる事なく済んでいるのはフィーネの実力がとんでもないからだ、と思われているらしかった。

 俺がそう誘導したせいだが、それによって襲撃以外の目的で俺に近づく者が出てくるとは思わなかった。



「…と言うわけなんだ、俺たちは迷宮の最奥を目指してるんだ。彼女のような強力な前衛が居ればより、安全に潜ることが出来る。

 どうかな?彼女とのパーティを解消してくれないか?勿論必要ならば金貨も惜しまないつもりだ」



 酒場で俺に熱心に言葉を尽くしているのは、成人したばかりと言った年頃の少年。

 鎧に身を包みながらもその装備が殆ど汚れてない。細かい傷は所々に見える所から未使用という訳では無さそうだ。

 その装いと彼、レインの表情から滲み出る自信が彼の実力を証明している。


 冒険者におけるパーティとはチームだ。

 必要であれば依頼のためにパーティを組み替えることや臨時で加入するのは珍しく無い。

 勿論抜けるのに他者の許可などあるはずもない。


 それにもかかわらず俺に金貨まで払うと言うのは律儀を通り越して、もはや怪しいまである。


(それに…)


 本人がいない所でそんな話をしても意味が無いだろう。


「わざわざ俺の所まで来てもらって済まないが、そう言う話はフィーネ本人にしてくれ。金も要らない。受け取る理由も無いからな」


 そう告げるとレインは形の良い眉尻を下げると、苦笑いをする。


「俺もそう思って彼女に直接頼んだんだが、『そういう話は相方にしてくれ』って言われてしまってね。君がここに泊まっていると聞いて、ここに来たんだ」


 フィーネの面倒臭そうな表情が脳裏に浮かぶ。その場でさっさと断れば良かったものを。

 お陰でもっと面倒臭い事になりそうだ。


 俺は眉間を摘み、苛立ちを吐き出す様に大きく息を吐いた。

 フィーネが俺に判断を委ねたのなら俺がどう決めても反論はしないだろう。


「そうか、なら俺としては許可しないしフィーネを誘うのはやめておいた方がいい」

「……それは彼女が団体行動に向いていない、から?」

「…そんな感じだ」

「……分かった、フィーネさんの勧誘は今は止めておこう」



 、か。

 どうやらフィーネの勧誘をすっぱり諦める訳ではなさそうだ。随分と気に入られたものだ。

 今後も顔を合わす毎に勧誘を受ける事になるのかもと、少し憂鬱になった。


 その後は、迷宮の第何階層で主が出現した事や迷宮攻略の最前線にいる冒険者の話など同業者としての情報交換を兼ねた雑談を交わしていた。


 どうやら彼は自身の言う通り迷宮攻略に力を入れている冒険者らしく、迷宮内の情報には俺が酒場やギルドで聞き齧るものよりも遥かに精度の高い物を知っていた。

 流石に俺も聞くだけでは不自然なので、レトナークで俺が実際に体験した地龍の話をしたところ、地龍よりもむしろそれを討伐した人間の方に興味を示した。


「龍を一刀両断なんて、まるで物語のようだ」


 そう言って目をキラキラとさせていた。


 そろそろ酒場を出ようとしたところで、俺たちのテーブルに来客者がやって来た。


「ふーん、その子が例のボンボンね」

「スノウ、それは言うなって言っただろ」


 少女の言葉にレインが注意を入れる。


 どうやら俺はフィーネの仲間ではなく、護衛として雇っている雇用主と思われているようだ。レインがパーティ解消のために金を出すとったのもそのせいだろうか。


 赤い髪に碧眼の少女はレインの隣にどかりと腰を下ろした。


「それで、交渉は上手くいったの?」

「いや、一旦保留になったよ」

「はぁ、なんで?」

「どうやら、フィーネさんの性格がパーティでの活動に向かないかもしれないらしい、もう少し様子を見たい」


 そこで初めてスノウと呼ばれた少女は俺を視界に入れる。

 視線が俺の指輪と手首に嵌るアーティファクトの腕輪をなぞり、俺の装備を一通り巡り途中で俺の右腕がある筈の位置で止まると、その視線が侮りの色を帯びた。


「そう、私は彼に少し用事があるからレインは帰っていいわよ」

「え、いやそれなら俺もここに…」

「レインは帰っていいわよ」

「…わかった。俺は先に帰るよ」


 なぜか俺がここに留まることが前提で話が進んでいるが、二人がそれを気にする様子は無いし、今更帰るとも言い出しづらい。


 レインは俺に申し訳なさそうな表情を向けるとスノウとは対照的に青みがかったその髪を揺らして酒場を出て行く。


 彼が出て行ったのを確認したスノウは急激に態度が変わる。


 懐から袋を取り出すと、テーブルの上にそれを放る。見た目の割に重い音が鳴る。

 随分と金を持っているらしい。


「様子見なんて面倒なことしてる時間が勿体無いわ。お前はあの女を連れてくればいいのよ。早くそれを受け取りなさい」


 有無を言わせぬ態度に少し苛立ちを覚える。明らかに先ほどよりも声が低くなっていて、猫を被っていたんだなと納得する。


「レインは保留すると言っていたが?」

「レインとお前が対等だと思っているの?金も無さそうなお前があの女をどうやって従えているかは知らないけれど、右腕もない子供一人、どうとでもできるわ」


 そう言うと、いつの間にか俺たちの間にか配膳されていた果実水を手に取る。

 その時見せびらかすように晒した、左手の全ての指には、明らかに力を感じる指輪が嵌っている。


 全てアーティファクト。彼らは相当高位の冒険者らしい。


 ローブを纏っていることから、おそらく魔術師。

 俺はいつでも攻撃に移れるように、少し腰を浮かした。

 手を伸ばせば届きそうなこの距離ならば、もし彼女のレベルが高くとも俺の拳の方が先に触れる。


「ならもう一度言う。断る」

「…そう、わかった」



「じゃあ死ね」


 言うが早いか、彼女の眼前に魔術式が現れた。

 俺が今まで見たどれよりも静かに、そして高速に描かれたそれは後は魔力を注ぐだけで発動する状態となっていた。地球で言えば眼前に銃口を向けられているのと同義だ。……いや、威力を考えれば大砲を向けられている感じだろうか。


 一応臨戦態勢を取ってはいたがまさか人の多い酒場で堂々と攻撃を仕掛けて来るとまでは思っていなかった俺は先手を取られてしまった。




 俺は二人の間にあったテーブルを蹴り上げると、その天板で俺の姿を隠し彼女を中心に素早く回り込む。


「!…ちっ」


 正面から消えた俺の姿を視界の端で捉えたスノウはバックステップで距離を取りながら術式の照準を俺に合わせようとする。


 既に争いの気配を察した周りの人々は我先にと出口へ殺到している。


 僅かな時間を稼いだ俺は、体内で魔力を急速に動かした。


 俺が初めて食らって以来、対人間を想定して習得した呪術だ。


「『忘却オブリビオン』っ」


 相手の思考に空白を挟み込む呪術。

 使い熟していない上に性質が俺に合わないのか発動には少し時間が掛かってしまうのだ。


 スノウは一瞬瞳の光が消えるが、すぐに意識を取り戻した彼女が腕で周囲を薙ぐとその衝撃だけで店の中に台風でも発生したかのようにテーブルや食器が吹き飛ぶ。

 直接的な力に劣る筈の魔術師であるにも関わらずここまでの腕力を持っていると言うことは相当レベルが高いようだ。

 そして、思った通り魔術師は呪術への耐性が高いようだ。

 とはいえ、彼女の眼前に維持されていた魔術式は空気に溶けるように消えていた。


「疾ッ」


 彼女が俺を近づけさせまいと吹き飛ばした家具の下と地面の僅かな隙間を縫うように踏み込みスノウの眼前へと現れた。

 戦いの中で引き延ばされた時間の中で彼女の瞳が大きく見開かれるのがわかった。


 頭一つ分俺より高い彼女との身長差を埋めるために地面から飛び上がり、貫手を形作ると、その喉元へと繰り出す。


「…お前ぇ!」


 先程と同じく瞬時に魔術式が現れた。

 もしかするとこれは彼女の術式の投写の速度が速いのではなく彼女の持つアーティファクトの力なのかも知れない。


 そんな思考を浮かべながら魔術式を左手で貫くと、意味を為さなくなった式が先程と同じように空気に溶ける。



 彼女との距離を食い破り、遂に喉元に食らいつくその瞬間…。


「…そこまでだ」


 青い影が視界を横切った。

 そして、それしか俺には分からなかった。


 視界一杯に天井が映し出されていた。僅かに残っている足首の痛みと、レインが鞘を抜かぬまま握る剣から足を振り払われたのだと気付いた。


 彼女を助けにレインが現れたのだ。



 俺は彼に殺される可能性を思い浮かべたが、不思議な事にスノウも地面に崩れ落ちていた。


「!」


 同時に彼女の背後に広がる大きな魔術式が消えるのを見た俺は、助けられたのは俺であることを察した。


 おそらく彼女が眼前に魔術を展開すると同時に背後にもう一つの魔術を展開することで、俺の視界から片方を隠していたのだ。


 それが俺への攻撃のためか、回避のためか、はたまた道連れにするための物かはわからないが、おそらく無事では済まなかった。



「すまない、スノウの性格ならこうなるだろう事は分かっていたのに」

「……」


 レインに殺意が無いのが分かった俺は、早く何処か行ってくれと言わんばかりに地面に転がったまま沈黙で返す。俺が全力イラを出したとしても勝ち目の無い相手に戦う勇気は無い。


 出来れば手札を晒した以上、無事で返すわけには行かなかったが、言葉の上では丁寧に聞こえるのに油断無く俺を射抜くレインの視線がそれを許さない。


「ここの修理代については仕掛けた以上こちらで支払っておくから安心してくれ」


 そう言うと彼は俺の隣に金貨を一枚落とし、スノウを肩に担ぐと店を出て行く。

 これは治療費のつもりみたいだ。


「…はぁ」


 戦闘の緊張から解き放たれ、思わず息を吐く。



 まだ足りない。


 経験も…力も。



「……痛っ」


 レインに鞘で叩かれた足首がズキリと痛みを訴えた。

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