第6話 首飾り

首飾りの効果は装備者に自身の発言内容を実行させる事だ。


つまり、俺の言うことを聞けと言われてそれを肯定したら、俺の命令通りに動く人形となるしかなくなるのだ。


装備者はその場凌ぎの嘘を吐く事ができなくなる。


もし目の前の男に「死ね」といばナイフか何かを手に持って自刃するだろう。


「ふむ」


空を見つめる男を眺めながら俺はこいつをどう利用するか考える。

態々殺さないで捕縛したのだ。出来るだけ活用したい。


とりあえずコイツは返り討ちにあった事にするか。


ある意味洗脳よりも強力な首輪の力で認識を歪めれば、記憶も改竄できるはずだ。


「お前は、俺たちを襲って返り討ちになった」

「…」


「子供の方は弱いが女が強くに返り討ちにあった」

「…」


「お前は、もう一人お前と同じ位の強さの仲間を連れて子供が一人になった瞬間に襲ってしまおうと思っている」

「…」


こうすり込めば、ちょうど良いくらいの冒険者を連れて俺を襲撃に来るはずだ。

そいつを同じように洗脳すれば良い。

あとは、鼠算式とまでは行かないが人形は増えていくだろう。

そして、適当に育ったものから殺していけば良い。


ああ、ついでにこれも追加しておくか。


「お前は、レベルを上げたいと思うようになる」

「…」


よし、これで勝手に強くなってくれるだろう。


「これから呼吸を100回繰り返したら、お前は意識を取り戻す。そして、その時には意識が無い間の記憶は全て思い出せなくなっている」

「…」




 ◆




ゴトーを襲った男、ヴィクトは酒場で、エールを片手に口を漏らす。


「あーあ、あんな護衛が付いてたとは…ツいてねーな」


「ガキだけならまだしも、あの女は俺一人じゃキツイな」


ヴィクトには二人と戦った記憶が曖昧だが、不思議とそう思った・・・

そうやってブツブツと呟く彼に一つの影が近づく。


彼の肩を叩いたのは、ヴィクトと同年代の優男。

軽さを重視した革鎧に、厚めの手甲と脚甲を装備した姿から優男が武闘家であることが分かる。


「やあ、ヴィクト。どうしたんだい?」

「…ティムか。実は、最近迷宮都市にきた奴がアーティファクト拾ったらしくてな。そいつ襲ったんだけど失敗してよぉ」

「アーティファクト持ってるってことは主倒したってことじゃないか。そりゃあ、失敗するよ」

「…いや、持ってるのは大した事ないガキだ」

「…じゃあ、何で失敗したんだい?」

「護衛が居んだよ」

「なるほど」


ヴィクトの杯が空になったのが目に入ったティムは酒場のマスターにエールを一杯ずつ頼んだ。


「もう一人いれば、多分行けそうなんだけどな」

「じゃあ、僕が行こうか?最近金欠気味でさ」


その瞬間、ヴィクトの思考に靄が掛かる。


「うーん、お前だと強すぎないか」

「何を言ってるんだい。強いに越したことはないだろう?」


彼は自分でも分からないが、ティムを連れて行ってはダメだと思った・・・

何の脈絡も論理も無く、頭の奥底にある何かからそれだけを突きつけられる。


『連れていく人間は一人、そして同じくらいの力量でないとだめだ』と。


彼は自分の思考を不思議に思いながらも、その命令にしたがって建前を作る。


「いや、B級のお前が来ると、俺がやること無くて分け前とか貰い辛いだろ」

「良いって良いって。そんな君だから手伝ってあげようと思うんじゃないか」


『拒否しろ』と頭の中で命令が響く。


「とにかくお前はだめだ。他の奴を誘う」

「えー、わかったよ。でも、後からでも手伝って上げるからね」


その後は普通の雑談を続けていたがティムは仲間に呼ばれて帰っていった。


ヴィクトは、据わった目で酒場を物色すると、丁度良さそうな冒険者が一人でちびちびと酒を飲んでいるのを見つける。ヴィクトの記憶ではもうすぐC級といった強さだったのを思い出す。


『これなら問題ない』


命令からのゴーサインに従ってふらりと立ち上がると、その冒険者に近づいていった。




 ◆




この迷宮都市において、迷宮とは最も大きな鉱山であり、名所である。

迷宮からしか得られない資源・素材が存在し、迷宮という存在に惹かれ何もしなくても冒険者や商人など人が勝手に集まる。


だからこそ、迷宮産業を独占するギルドは大きな力を持っている。


もちろん、迷宮都市も都市であるからには領主と呼ばれる存在がいて、都市の運営をしているが、この都市の武と財を独占するギルドに対して強気に出ることは出来ない。


そして、ギルドにとって掃いて捨てる程いる冒険者の一人など大した価値を持たない。

例えばこの都市のD級冒険者は約8000人いる。

迷宮で命を落とす人間も多い中でこの数を保っていると言う事実が、冒険者達にとって迷宮がどれほど魅力的かを示している。



そして、力を持った人間が集まればその力を悪用する人間も出てくる。


「なあ、ボクちゃんの持ってる腕輪、ちょいと俺に恵んでくんねぇかな?」


フィーネのいない間に、3人の男が俺を強引に路地裏へ連れてくるとそう言い放った。壁面に押し付けられた俺は、背中をさすりながら立ち上がる。


正面で俺に脅しをかけるモヒカン男は俺が実力でアーティファクトを手に入れたとは思わないのか、視線が腕輪に引き寄せられ、完全に油断している。

俺の退路を塞ぐように両側に立つ男に見覚えのあった俺は、直近の記憶を遡る。


最近、あまりにもアーティファクトやフィーネ目当ての勧誘や襲撃が多かったので顔から名前を思い出すのに時間がかかってしまった。


毎回洗脳の際にフィーネや通りすがりの冒険者にやられたことにしているので、俺一人になるとこうして路地裏に引き摺り込まれるのだ。


確か、こっちは三日前でこっちの男は昨日襲ってきたばかりだったはずだ。


名前は、


「フレディー、ゴードリック、コイツを捕まえろ」

「「…」」


モヒカン男が二人に両脇を掴まれる。


「え、は名前…てかお前ら何してっ」


混乱した男は、慌てたように言葉を漏らす。

仲間だと思っていた二人が突然正気を失ってしまったことで、彼も反応が遅れてしまう。


「よし、それじゃあそいつを連れてもう少し奥まで来い。『憤怒ラース』」


ダメ押しに二人に呪術を唱えると、モヒカン男が暴れてもびくともしなくなる。

呪術師ストロケンの真似だが確かにこれは結構便利だ。

赫怒イラ』を使いたいところだが、あれは残念ながら自身にしか使うことができない。


俺が呪術を使ったのを見た男はその効果を察したらしく、腕力による反抗を諦める。


「くそっ、変な術使いやがって!おい!何黙ってんだ、つか放せよ!今からクソガキ殴って戻してやっから!そいつのスキルなんだろ」


俺のせいというのは間違っては居ないが俺を殺したところで効果が消える訳では無いだろう。首飾りはあくまで洗脳を施す道具であり、変化するのは使用者の精神なのだから。


男の猛りようを見る限りそのには骨が折れそうだ。



俺は懐から黒塗りのチェーンの首飾りを引っ張り出し、男の首に掛ける。

首飾りが放つ気配に気づいた彼は目を見開く。


「おいおい…お前が持ってるアーティファクトは腕輪だけじゃ無かったのかよ」


同時に現在の仲間の状態がこの首飾りによる物だと察したようだ。瞳の奥に恐怖の色が映った。


「俺の言う事を聞けば解放してやる。わかったな?」


「…クソ」


男が諦めて頷くまで拷問は続くだろう。

男は吐き捨てる様に呟いた。




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