第5話 腕輪

「ゴトーって何でも食べるのね」

「……いきなりだな」


 宿の一階で朝食を摂っていた時、フィーネが突然そうやって話を振ってきた。


「確かに好き嫌いはしない方だが、別に珍しくも無いだろ」


 俺達の前にあるのは野菜のスープと蕎麦粉の生地で肉を包んだような料理だ。

 フィーネの前にある皿の物は俺よりも減りが遅く、どうやら遠回しに不味いと言いたいらしい。

 全く、我が儘な事だ。


「フィーネが食わないなら勿体無いから俺が食べるぞ」

「ん、ありがとう」


 食事に苦労した経験のためか折角出された料理を残す事に抵抗のあった俺はフィーネの分も胃に流し込んだ。

 そして、席を立とうとしたところで宿の従業員らしき男が机の傍に立つ。


 何だ、と思ったところで従業員が頭を下げた。


「申し訳ありません!先ほど配膳した料理が調味料を入れ間違っていたようで、お取り替えし、に……」


 彼は俺たちの目の前の皿の上を見ると固まる。


 俺が料理に特に問題は無かったと告げると、男は首を傾げながら厨房に戻って行った。



 男の背中を見送ったフィーネが机に肘を着いて言った。


「ほら」


 ぐうの音も出なかった。

 俺はバカ舌だ。




 ◆




 ギルドに到着した俺たちは早速腕輪のアーティファクトの鑑定結果を聞くことにした。

 アーティファクトの鑑定はスキルのみでは難しいらしく、これまた鑑定に使用できる別のアーティファクトを補助として使用しながら行うらしい。


 そのアーティファクトの数が少ないため待ち時間が発生し、結果が出るまでに2ヶ月ほどかかったらしい。


 結果を待つ間に俺たちは迷宮に潜って魔物を倒しながら金を集めていた。


「事前の予想どおり腕輪には二つの効果がありました。一つ目は力の強化、これは白魔術第一天の『筋力強化ストレングス』よりもかなり弱く、おまけの効果のようです」


 おまけって、そんな「余ったから追加で入れといた」みたいに効果を決められるものなのか。

 腕輪を作ったのが古代の人間か迷宮かは分からないが随分と茶目っ気のある奴のようだ。


「そして、二つ目の効果は持続回復効果ですね。これは凄く珍しい効果です。似た効果は白魔術第一天の『活力ヴィゴラス』がありますがそれよりも数段上ですね。効果の強さからして第三天レベルはあります!」


 途中から受付嬢の説明に熱が入り、最後にはギルド内の人間に聞こえるほど大声になっていた。

 思わず目の前の女のアホ毛を引っこ抜きたくなったが我慢する。


「声が大きいですよ」

「あ…すみません」


 大抵どの時間帯に来てもこの受付嬢の前だけ列が並んで無いのでいつも彼女に手続きを頼んだりしているのだが、こういうことが結構多いので彼女の前に列が無い理由は何となく察した。彼女はなぜ解雇されないんだろうか。


「以上の点を踏まえて査定額は金貨5枚です。査定額の1割が鑑定料に上乗せされるので鑑定料は銀貨60枚いただきます」


 懐の皮袋には銀貨50枚が入っていた。

 ここ2ヶ月時間ほぼ毎日依頼を受けてより迷宮の深い層の依頼を受け続けた結果がこれだ。D級だと一つの依頼で大体銅貨50枚ほど、それを一度に2、3個受けると食費や宿代を考えても懐に銀貨1枚は残る。


 生活の全てを金策に注いでもこれが限界ということか。


 俺は諦めて懐から1枚の擦り切れた金貨を取り出した。


「これでお願いします」

「それでは腕輪と銀貨40枚お返しいたします」


 レトナークでギルドに登録する際に後見人となったダナン、彼が持っていた金貨だった。これが彼にとってどういう意味を持つ物かは知らないが、何となく使うことが出来ずにいた。

 だが、この言い様のない執着を捨てるためにもここは良い機会だろう。


 受け取った腕輪を懐に入れてギルドを出る。


「…」


 背中に冒険者達からの熱い視線を感じながら…。




 ◆




「…それで、この腕輪はどちらが使おうか?」

「あなたでしょ、よく怪我してるし」


 腕輪を指先でクルクル回しながら尋ねると、当たり前のようにそう返してきた。


 俺としては強化の機会が少ないフィーネが使った方が良いと考えていた。

 フィーネは進化したとは言え、その能力の詳細が分かっていない。

 もしかすると、以前は無かった弱点のようなものが生えている可能性もあるだろうし。


「今まで大丈夫だったってことはそれだけ打たれ強いってことだろ?それに今はさらに強化されてる。フィーネは打たれ弱そうだからフィーネの方がいいんじゃ無いか?」


「打たれ強いって、よく打たれるってことでしょ」


「う」


「私はまず攻撃に当たることが少ないし」


「それに剣を振るときに少しでも邪魔になるものは付けたく無いの」


 フィーネが腰に差したサーベルの柄を撫でながらそう零す。


「…そうだな」



 俺は腕輪に手を通した。

 腕輪は意匠の入っていない幅広のもので、金属の冷たさとずっしりとした重みを感じる。銅で出来ているのか太陽の光を反射して褐色がかった金属光沢を見せている。


 僅かに増した力がこの腕輪が唯の装身具でない事を理解させる。


 鑑定では持続回復、ゲームで言うリジェネの効果があるとの事だがその力を確認するには怪我を負う必要がある。


 自分で傷を付けるのもありだが折角だから実戦で試したい。

 丁度、良いが釣れた所だしな。


 人混みの中からこちらを伺う気配を感じる。

 この感じだと、冒険者ギルドからつけられていたようだ。


「折角だから迷宮にでも行くか」

「…そうね」


 フィーネも気付いていたのか、その返答には険悪な響きが感じられた。瞳がギラついて今にも斬りかかって来そうだ。 




 ◆




 向かったのは第二層、荒野の階層だ。


 以前戦った四本腕のリザードマン、ミュータントリザードマンはこの階層の主として時々現れるらしいが、これまでの間隔からその再出現リポップにはまだかかるらしい。

 第二層では、ミュータントリザードマンのほかに通常のリザードマン、大きなハサミを持った砂地の蜘蛛であるキャメルスパイダー、そして強力な毒を持ったグレイスネークが現れる。

 いずれも強力な武器を持った魔物だが主である四本腕のリザードマンが倒せるのならば敵にはならない。


 そして、岩のせいで見通しが悪い。



 だからこそ、こうやって俺達の後を追ってきた冒険者を前に実験ができるというわけだ。


「ちっ、クソガキが。レベルが高いからって調子に乗りやがって」


 縄で簀巻きにされた男は自身の状況が読み取れていないのか随分な悪態を吐く。


 第二層でリザードマン相手に何度か手を抜いて苦戦を演じると、簡単に与することができるとでも考えたのかこの男が目の前に現れた。


 実力からしてC級の下位といったところだった。

 急所のみを守る簡素な鎧と、腰に差した短剣、そして周囲への視線の配り方からしてこいつのクラスは盗賊だろう。


 おそらく、このままだとこいつは逃げるだろう。

 C級まで来ると前世からは想像が付かないほどに人間の力は増す。

 縄を力づくで解くこともできる。


 こいつがそれをしないのは目の前に俺がいるからだ。



 だから代わりに大声を上げることで他の冒険者に助けを求めようとしているのだ。


 フィーネが見張りをしているとはいえ、面倒だな…反抗心を削いでおくか。



「お前、利き腕はどちらだ?」




 ◆




「ハァ…ハァ…わかった、なんでもやる!何でもやるからぁ!だから許してくれえ!」


 男はズタズタになった左手を抱えて泣き叫ぶ。

 男は一刻も持たずに音を上げた。思いの外早かったな。前世の聞き齧りの拷問方法だが上手く行ったらしい。


 俺は解体用のナイフをしまうと、代わりに一つの首飾りを取り出した。


 それは以前呪術師から奪い取ったものだ。

 艶のない燻んだ黒のチェーンの先に申し訳程度のルビーがはめられたネックレスだ。


 それを男の首にかける。

 俺の手が男の首に触れると、怯えたようにピクリと震える。


 集めた情報では、この状態で相手に何らかの言葉を言わせれば良いわけだ。



「俺の言う事を聞くなら解放する」


「わかった!何で、も…」


 男の瞳が虚ろになる。

 もしかして、たったこれだけで人間の自由意志を奪ってしまえるのか。


「立て」


「…」


 男はヌッと立ち上がる。


「犬のように鳴け」


「わんっ」


 うわ。


「左手の小指を折れ」


「…」


 男が右手で左手の小指を握り力を込めるとペキ、という軽い音と共に小指が反対側に折れ曲がる。その間男の表情は微塵も変化しないどころか、声の一つも漏らすことは無かった。



「これは、随分と危険だが、強力な道具だな…」


 俺がストロケンに負けていたらこう・・なっていた可能性もあるのか。







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