第4話 敵とは目の前に立つ者のことだ

リザードマンの振り下ろしを躱す。

衝撃で地面が割れて礫が飛んで来たので、眼前に掌を翳して瞳を守る。


相対すると巨体というほど大きくは無いことに気づいたが、代わりに奴の四本の腕が思いの外厄介なことに気づいた。


右は上から大剣と棍棒、左は斧と短槍。

人間が同じことをしたらどのようなクラスになるのか非常に気になるな。



ただ、結果から言うと俺たちはこのリザードマンを苦戦することなく倒すことが出来た。


「フィーネ!」

「ん」


フィーネの元から銀光が踊る。

リザードマンは四本の腕でその幾つかを受け止めるが、全てを防ぐことは出来ずに右下の指の一本が切断され握っていた棍棒が落ちる。


「ギィエエエエエ!!」


悲鳴なのか怒声なのか判らない声を真正面から押し返すようにその懐へ踏み込む。

痛みから我に帰ったリザードマンは俺の姿を認めると、血だらけの右腕を握りしめ地面を抉るように俺へと拳を突き出す。


「うっ」


それを受け止めるが、体格差が大きく地面を削りながら後ろに押されていく。

自身の体重の軽さを恨みながら、地面に杭を穿つように足に力を込める。


より深く沈むことでリザードマンの勢いは止まる。


俺はリザードマンの拳を脇に挟むと在らん限りの力を込める


「ぉおおおおオオ!!!」


ズズズ、と低い音と共にリザードマンの体が持ち上がる。

素早く身を翻した俺はそのまま奴の右肘を極めながら地面に叩きつける。

左手にボキリと何かを折ったような小気味いい感触が残る。


「ギャヤッッ!!」


頭を押さえながら立ち上がろうと、手を着いた瞬間にフィーネがその腕を刈り取りバランスを崩す。先ほどよりも大きい悲鳴を上げながら、残った斧と大剣を振り回すリザードマンにフィーネは攻めきれず退く。


「ギュオオオオオ!!」


立ち上がり己を鼓舞するように叫ぶリザードマンだがその体は既に満身創痍と言った様相だった。

右には剣、左には斧を構える。

残りの腕は使い物にならず図らずも人間と同じく二足二腕となったリザードマンは、それでも瞳に闘志を宿していた。



「良い気迫だ」


俺は彼のその姿に笑みを浮かべ、魔力を回した。


「『怒気アングリィアウラ』」


赤い魔力が全身から迸る。

赤い蒸気のような魔力が腕に絡みつくと力が溢れる。

全ての力を束ねるように腕を引き絞り、弓を打つように力を解放する。


「疾ッ」


「ギィイイイイ!!」


リザードマンは剣と斧の刃を十字に重ね合わせて咆哮を上げる。


突き出した拳が二つの刃とぶつかる。


が、赤魔力の影響で脆性を与えられた大剣と斧は拳を中心にガラスのように砕けた。


「ギッ!」


そのまま、リザードマンの鱗を砕いて顔面を撃ち抜いた。




 ◆




顔面に風穴の空いたリザードマンの死体を検分する。

普通のリザードマンは人間程度のサイズだったはずだし、腕も2本と聞いている。


ということは、こいつは進化種だったのだろう。


その装備は、おそらく冒険者から奪った大剣と斧、短槍と棍棒…。


「何だこれは?」


それは初めにフィーネが指を切り取った腕の手首に身につけられていた。


「腕輪、か」

「みたいね」


その言葉と同時に剣を一閃して、死体から手首ごと腕輪を取り出したフィーネはそれを握る。


彼女は首を傾げると剣で空中を何度か斬る。


下手すると装備した瞬間理性が飛ぶとかかも知れないのに良くやるな。


その場で、飛んだり宙返りをしたりを繰り返して何か合点がいったのかこちらを振り返る。


「…何か、分かったか?」

「少し、力が強くなるようね」


フィーネが腕輪をリザードマンの手首から剥ぎ取って投げ渡してくる。

手に持ってみると、腕輪からは呪術師から奪ったネックレスと同じ気配を感じる。

そして、僅かに体が軽くなる。確かに力が強くなるようだ。


しかし。


「そんなに強くなってる気はしないな」


本当に少しだった。

二層という比較的難易度の低い階層だったからなのか、それとも実は他にも効果があるのかは分からないが、力の強化という面で見ればそれほど優れたアーティファクトとは思えなかった。


「ギルドなら分かる、か」


迷宮の前にどっしりと構えているのだ。

このような品などいくつも見てきただろうから、デザインも何も無いシンプルな腕輪だが調べる手段もあるだろう。




 ◆




「こ、これは、階層主っ、ですね」

「第二層で遭遇しました」


レトナークのギルドもこちらのギルドも表情豊かな受付嬢は見かけたことが無かったから、目の前の受付嬢の顔が驚愕に染まっているのは目立つことを差し置いても少し気分が良かった。


昨日は俺のパーティに「ああああ」なんて命名しようとした彼女は今日は出口・・の方の担当らしい。


倉庫に運んで来たリザードマンの死体を前に声を上げた彼女に周りの視線が集まる。

どうやらある程度実力のある冒険者にはこの魔物が階層主であることは既に分かっていたらしく、そこまで驚く気配は無かった。

だが彼女からすれば昨日迷宮都市に来たばかりの人間が翌日に持ってくるとは思わなかったらしい。


「んんっ!失礼しました」

「あぁ、それとこの魔物がこんな物を」


例の腕輪を彼女に見せる。

今度は驚かずにそれを受け取る。


「…こちらで鑑定いたしましょうか?」

「できるなら、お願いします」


願っても無いことだ。実際に装備しても害は無かったが、効果が分かればより上手く使えるだろうからな。


「はい、それでは鑑定料が銀貨10枚プラス査定額の1割必要ですが大丈夫ですか?」

「は?」


ちょっと、待て。

それって例えばその腕輪が金貨10枚の価値って判断されたら銀貨10枚と金貨1枚を払わないと行けないってことだろ?

そんなのギルドの匙加減次第では無いか。


「もちろん、お支払いできない場合は一時的にギルドで預かり、鑑定料が用意でき次第返却ということも可能です」

「……じゃあ、やめておき…」


俺の消極的な態度を見た青髪の受付嬢は、逃さないとばかりに目を光らせた。


「ま…」

「私も鑑定スキルを持っているのですが」


まだ何かあるのか。


「この腕輪は見たところ力を強化する効果のあるものですね」

「ええ、まあそこは確認しました」

「ですが」


受付嬢は少し溜める。


「それだけでは無いようですね」

「!そ、その効果は」


俺の言葉に彼女の目が笑った気がした。

そして、あからさまに眉尻を下げながら謝罪の言葉を告げる。


「残念ながら私の鑑定能力ではここまでが限界ですね」


映画のクライマックスでテレビの電源を落とされたような気持ちにされながらも俺は自身の敗北を悟った。同時に現在の自身の所持金とこれから稼ぐことのできるだろう金額を頭の中で計算する。

直近で大きな出費は必要無いはずだ。もちろん娯楽などに浸るつもりも無い。

なら…可能か。


「鑑定…お願いします」

「かしこまりました」


流石迷宮都市のギルドの受付嬢を任されるだけある。

しばらくの俺の予定は、金策で塗り潰される事となったのは言うまでも無いだろう。




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◆ Tips :貨幣価値◆

銀貨1枚=銅貨100枚

金貨1枚=銀貨100枚

貨幣価値は設定が難しく作者としては悩みどころの一つです。

そして、作者の知識では知識無双を表現することができなそうなので、出来るだけシンプルにすることにしました。

どの国も貨幣設定と価値は同じくらいです。

そして、どの国にも属さない迷宮都市では、周囲を囲っている三国の貨幣がごっちゃで使われています。

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