第3話 二層


俺たちは二度目の迷宮探索のために宿で支度を整えていた。

できるだけ節約したくて、宿の部屋は一つしか取っていない。

フィーネは同室でも気にしないと言っていたし、俺もそういう・・・・機能はまだ備わっていないので特に支障は無かった。

人間としての見た目は12、3歳程度だが俺の実際の年齢は…4歳だ。


とはいえゴブリンと人間では成長の速度は大きく異なる。


ゴブリンの性成熟について統計をとった訳ではないが、村で数百のゴブリン達を見てきた経験から考えるともうそろそろだろう。



今は前世の衝動も過去の記憶となっているので、フィーネを見ても、綺麗だな、とか美人だな、とか思う程度だが時期が来れば欲求を抑えられなくなるかもしれない。

そうなればどこかで適当に発散できれば良いのだがこの見た目で入れる店があるのだろうか。



「何見てるの」



フィーネが背中まで伸びた髪を後ろで纏めるのを眺めながら考え事をしていると、彼女が低い声で問い掛けてくる。今日は虫の居処が悪いらしい。


馬鹿正直にシモの話を振るのはダメだろうと思った俺は、代わりにかねてからの疑問をぶつけることにした。



「いや……フィーネは、結局何に進化したんだ?」


「…知らないわ」


「見たところ、体が大きくなった以外の変化は分からないな。力は、どうだ」


「多分、前よりずっと強くなってる」



図書館で調べたがバンシーの進化手についての情報はほとんど無かった。

というよりも、バンシー自体の情報が少なかった。

そこはおそらく、売り買いしたい者達の思惑が絡んでいたのだろう。


バンシーのような人型の魔物は数多くいるが、その中でもほとんどの種類が明らかに人間とは異なる特徴を持っている。


例えばハーピィなどは人間の顔だが両腕は羽となっているし、アラクネは下半身全体が蜘蛛だ。


そう言った特徴を持たない魔物だと、アンデッド系なら…ヴァンパイアとかだろうか。

しかしヴァンパイアは人間から変化するそうだから、これも違うだろう。

流石に力が強くなっているという一点から種族を絞るのは無理そうだった。



そういえばバンシーは声に関する魔法を使えるらしい。

もしかすると今のフィーネも現在の種族固有の魔法を使えるのかもしれない。

魔物が魔法を行使するのは大抵本能的な物だと思っていたが、今のフィーネはそれを自覚している様子はない。

まあ、彼女の剣術だけで十分戦力になっているのでこれ以上は過ぎたる物と考えておこう。



「……ゴトー、行かないの?」

「ん、あぁ、行こう」


フィーネに急かされて部屋を出る。


フィーネの服装はシンプルな黒のブーツに裾の広い袴のようなパンツで足元まで隠れて、上もゆったりとしたブラウスでとても戦闘に行くようには見え無かったが彼女にとっては腰に佩びた剣で十分らしい。


一方俺は右肩に盾をはめ込んだ革鎧を装備している。その上に外套と羽織れば肩が大きく膨らんで見えるので、…何というか、実に世紀末な感じがする。




 ◆




迷宮第二層は荒野だ。


俺たちは第一層の黒いモノリスからゲートを潜った。

薄膜を通り、自他の境界が曖昧になるあの感覚を味わった後に、フィールドへと出た。


荒野と言っても西部劇のようにまっさらな大地の上を回転草タンブルウィードが頃がっている感じでは無く、起伏のある乾燥した山岳地帯というのが近いのかもしれない。


時々岩の間に隠れた虫系の魔物が飛び出してくるが、ほとんどローチと変わらない程度の速度と硬さなので問題なく処理できている。ちなみに現れるのは掌大のサソリである。毒を持っているらしいが刺さらなければどうということは無い。


二層は一層よりも太陽の光が若干強く歩いているだけで体力を削られてしまう。迷宮を作った者の意思は分からないが、どうやら層を進むごとに過酷な環境設定になっているらしい。


何より前の層よりも広い。おそらく倍はある。

加えてこの地形のせいで、少し苦戦しそうだ。


…そして、俺もフィーネも脳裏から違和感が離れなかった


「ねぇゴトー。この階層、少しおかしいわ」

「ああ、妙に魔物が少ない。もう少し大型の魔物がいると聞いていたはずだが」


前情報とは異なり嫌に静かな階層の様子。

俺達は慎重を期して先を進むと、近くから悲鳴が上がる。


悲鳴の後に剣戟の音が響く。


3人の冒険者が魔物と戦っているが、側で1人が倒れている。

おそらく、魔物との戦闘で傷付いたのだろう。


対する魔物は、まだまだ序盤であるこの階層に似合わないほどの巨躯を持ったリザードマン。そのリザードマンは4本ある腕の全てにそれぞれ別の武器を持ち、冒険者相手に巧みにそれらを振り回して追い詰めている。


俺は彼らに声をかける。


「大丈夫か!?」

「おぉ、良かった。にあたっちまったんだ。助けてくれ!」

?」

「階層主のことだ。時折異常に強い魔物が湧くんだ。再出現リポップはもう少し先のはずなんだがな」


身長が2倍はあるリザードマンからの振り下ろしを回避しながら律儀に説明する青年。リーダーらしき彼は剣を片手にリザードマンに応戦している。


なるほど、それぞれの層ごとにこのリザードマンのような強力な魔物が出現することでボスの役割をしているということだな。

そして、そのボスは定期的に発生するらしい。


俺は周囲を視線で探ると、彼らに歩み寄りながら質問する。


「他の冒険者は?」

「さっきから質問が多いな…って子供かよ。てことは迷宮のルールも知らないんだな」


俺の姿を横目に見た青年は少し残念そうな声を上げる。どうやら彼らでは対処は難しいようだ。

リザードマンが興奮気味に声を上げる。


「ギジイィイィイィ!!」

「ああっ!くそっ…とにかく!横取りを防ぐために最初に攻撃したパーティに素材の優先権が与えられる。そして、今回は相手が主だ。リスクが高い上に手柄が無いとなれば近づくこともしないだろう」


「…なるほど」


あれだけ大きな声を上げていたのにも関わらず人がやってこなかったのはそんな理由が有ったのか。そして近付くことすらしないのも、彼らを殺した階層主が自分達を襲う可能性を恐れたのだろう。


冒険者の青年は心なしか早口になりながら言葉を続ける。


「まあ良い、とにかく助けてくれれば礼は出す。何だったらこいつの素材・・はお前らにやっても良いから手を貸してくれ」


「それなら良かった」


「そうか、じゃあ……ぐあっ、お前何を」


先ほどまで会話していた青年を後ろから蹴飛ばし、リザードマンの眼前まで転がす。


「ギィイイイイいッ!!」

「な、く」


ドチュリ


棍棒によって地面の染みとなった青年の姿を見た残り二人の冒険者はまさか攻撃されるとまでは思っていなかったようで反応が遅れる。


「は?」

「おま、ふ」


「煩い」


罵ろうとした男の声を遮って、フィーネが後ろから槍を握る右手を切り落とす。

吹き出すように溢れた血が茶色の岩場を赤く染める。


「あ”あアアア!!」


「ふっ!」


腕を失った槍使いはそのまま俺の拳を受け入れる。

バキバキと肋骨を砕きながら内臓を掻き回し、そのまま背骨を砕いて背中から突き出る。


肺に流れ込んだ血液を口から吹き出すと、その場で崩れ落ちる。


「何なんだよお前!なんなんだよお前ぇぇ!!!何でこんな…」

「獲物を横取りされないように、先に殺しただけだ」


「そ、そんなにが欲しいなら譲ってやるから、な?」

「…いや、もう大丈夫だ。」



男の背後に影が差した。


「既に条件は満たした」


「ったすけ…」


リザードマンの大剣により男の上半身が削り取られる。


「『捧げよ、さすれば与えられん』」


現れた肉塊を飲み込んでから呟く。


「それじゃあ、階層主とやらの力量を確かめるか」

「ん」


『うで』『あし』『うで』




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剣士の『うで』

槍士の『あし』

盾士の『うで』

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