第2話 迷宮

俺は視界に広がる草原を前に言葉を失っていた。

どう考えても塔の中に収まるようには見えない。


「すごい」

「そう、だな」


フィーネが惚けたように呟く。


背後には石製と思われる白い立方体型のモノリス。

その四方にはギルドにあったものと同様の黒いゲートと色を反転させた白いゲートが並んでいた。


俺たちが出てきたのが黒いゲートだ。黒いゲートの薄膜に触れようとすると、斥力で弾かれる。こちらからは入れないらしい。


「ギルドでの説明では、次の階層は東西南北にそれぞれある黒いゲートから行けるらしい。戻る時は全ての階層に存在するモノリスの白いゲートから戻れるそうだ」

「ん、わかった」



黒いゲートから冒険者が現れる。駆け出しの冒険者らしく、その装備も貧相で身のこなしからも強者の印象は受けない。

邪魔になりそうなので草原を進むことにする。


依頼にあったメイズシープというのはあれだろうか。


先ほどから視界の端にチラチラと映っている大きな羊だ。

いや大きいのは体毛のせいで、体がそれに埋まるようにして隠れているので実際はどのくらいかは分からないが多分普通の羊と変わらないくらいだ。


「俺に任せてくれ」

「そ」


彼女の言葉を背に、メイズシープへと踏み込む。

やはり今までよりも数段早く周囲の景色が後へと流れていく。


「うおっ」


あまりの速さにすぐにメイズシープの眼前に辿り着き、驚きの声を上げながら拳を突き出すとメイズシープの体をそのまま貫いた。深い体毛が俺の攻撃を阻害したがそれも打ち破って致命傷を与えたようだ。


腕を振ると草原の背丈の低い草木に血が飛び散る。


「『赫怒イラ』使ってる時とほとんど変わらない位か」


少なく見積もっても数倍は強くなっている自覚がある。



その後もメイズウルフとスライムを相手にした。


メイズウルフは、外の狼の魔物とほとんど変わらないが、外のものと違って単独の個体がほとんどだった。飛びかかってきたところを蹴り飛ばしたら、顔面が破裂して戸惑った。


スライムはメイズウルフの血の匂いに誘われてやってきた。

核を持つ軟体の魔物で、俺を見つけるとのっそり近寄ってきて俺を包み込み窒息させようとしてきたが核を握り潰すと水のように土に溶けて消えた。


迷宮の中の環境はそれこそ外の世界と同じだった。

草木は外では見覚えのない物もあったが、虫も動物も存在していて、生態系がここで成り立っていて、まるで一つの世界をここに閉じ込めたようになっていた。


そのまま、迷宮の奥(と言っても、帰還のために使用するモノリスから離れるだけだが)へ向かう。一時間程度歩くと草原には似合わない構造物を発見した。


四方に存在するという黒いゲートを見つけた。そして、不思議なことに黒いゲートは、入口と似たような形の黒いモノリスの壁面にくっ付いていた。

そして、黒いモノリスの四方には黒いゲートがくっ付いている。


ゲームなどであればそれを守るように門番のようなモンスターでも居座っている物だがここではそういう役割をする魔物は居ないらしい。


「!」


黒いモノリスには、冒険者がやって来て、次の層へと向かっている。

白いモノリスは階層に一つのはずだから、俺の方角から黒いモノリスへと向かうのが最も近道のはずだ。


「どういうこと?」

「おそらく、この空間は端と端が繋がってる。黒いゲートが四方にあるとは言われたが、四つある・・・・とは言われていないからな」


俺たちは、そのまま黒いモノリスを通り過ぎて真っ直ぐに突き進む。

黒いモノリスに行くのにかかったのと同じくらいの時間をかけて俺たちは白いモノリスを見つけた。間違いなくこの空間はループしている。


「やはりか」


俺は上空に広がる偽物の太陽を仰ぎながら呟いた。

この分だと、どういう形かはわからないが上も空間が閉じているのかもしれない。

そして、あれから二時間は経っているにも関わらず、太陽の位置は変わっていない。


確かにここは作られた環境なのだと実感した。




 ◆




「依頼の完了を確認いたしました。こちらが報酬です」


受付嬢から小袋を受け取る。

白いモノリスから戻った俺たちは、迷宮に入った時とは別の建物の中へと現れた。

背後には白いゲート。


どうやら、白いゲートと黒いゲートはそれぞれ別の場所につながっているようだ。

行きは黒いゲート、帰りは白いゲート。

ただし、どの階層の白いゲートも出口であるこの建物の白いゲートへと繋がっているようだ。


つまり、ギルドから一層、一層から二層へ行くことはできても二層から一層へ戻るはできず、どの階層からでも戻るならばこの建物にやって来ることになる。

行きは時間がかかるが帰りは一瞬という訳だ。



迷宮の魔物は第一層を見たところ苦戦するほどでは無かった。

ただ、第一層は草原で見晴らしが良いため、他の冒険者から発見されやすいのがだめだな。草原があるならば洞窟のような入り組んでいて見通すことのできない地形の階層も存在するだろう。


冒険者が集まるこの都市には、彼らが行方不明になっても怪しまれない迷宮りゆうがある。俺は、これを利用して力を得ようと考えている。


レトナークで数百人分の冒険者の力を得たとはいえ、ほとんどはE級やD級冒険者のものだ。そこから得られる力はA級冒険者の持つ力には劣るだろう。


だからこそ、依代によって得られる力だけでなく、迷宮から得られる道具、アーティファクトを求めてここに来たのだ。

後者ならばフィーネもその恩恵を受けられるからな。


「?なに」

「フィーネはどんなアーティファクトが欲しい?」

「もっと早く剣を振ることができるアーティファクト」


なんともフィーネらしい願望だが、探せばそんなアーティファクトも存在するだろう。迷宮からはそれこそ意味があるとは思えないような効果のアーティファクトも現れるらしいからな。

例えば、太陽の下で光り輝くランタンとか。


俺は腕が生えるような物でもあれば良いと思っているが、回復というのはこのファンタジーな世界においても複雑な力らしい。

それこそ神と呼ばれる存在の力を借りなければ成すことができない。だからこそ神を信じることが前提の白魔術が普及しているのだ。





——————————————————————————————

迷宮の構造は端がループしていて一つの層に黒と白のモノリスが一対ずつ存在している感じです。

迷宮に潜った冒険者目線だと延々と広がる草原にチェック柄のように等間隔に黒と白のモノリスが配置されているように見えます。


作者は塩化ナトリウムを想像しながら書いてました。

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