4歳6ヶ月 第五章 迷宮編

第1話 進化


『なんでお前ガッコウ来てんだよ!』


 ボクだって来たくて来てる訳じゃないんだ。

 おかあさんに行かないと周りから変な目で見られるからダメだって、言われたんだ。


『今日は外に出てなさい!』


 おかあさんの隣には前とは違う男の人がいた。少し寂しい。


『大丈夫か?先生は山*の味方、だからな』


 せんせいはそう言ってボクを励ますけど、助けてなんて言ったことも思ったことも無い。


『お母さんですか、巡回中にこの子を見かけましてね。この時間に小さい子供を放っておくのは、ちょっと、非常識でしょう』


 おまわりさん、おかあさんを責めるのはやめて下さい。


『人に見つかるなって言ったのに』


 ああ、おかあさん。怒らないで、ボクが全部悪いんだ。


『あんた、もういらないわ』


 ごめんなさい。…寒い。雨も降って来たよ。


『これで暫くは持つわね』


 どういうこと。ボクはどこに連れてかれるの。



『はあ、うざい』

 ごめんなさい。良い子になるから。



『また呼び出された。…最悪』

 学校でもせんせいに話しかけられないようにするよ。



『よりにもよって警察なんかに見つかって』

 夜は誰にも見つからないところに隠れるようになるよ。



『うるさい!静かにしろ』

 悲しくても泣いたりしないよ。



 だから、せめて…。


 せめて、生きてもいいよって言って欲しかったんだ。




 ———————————————




「…くそ」


 久しぶりに憂鬱な寝起きだ。

 顔を洗うために、宿屋の隣に作られた井戸に向かう。


 すると、そこには成人した年頃の少女が先にいた。

 太陽に絹を透かしたような金髪に、宝石を連想させる赤い瞳。少女の側にはいつものようにサーベルが置いてあり、片時も話す様子は無い。


「フィーネ、起きてたのか」

「ん、少し目が覚めて」



 あの戦いの後、フィーネが大きくなった。

 進化という奴だ。

 魔物には人間とは異なり、そういった成長方法が存在することは知っていたし、進化した魔物も幾度と無く戦ったことはあるが、実際に近くで進化する前と後を見ると確かにゲームの進化のように急激な変化だ。


 夜が明けたら大きくなっていて、進化する最中の様子は見ていないのでもしかすると目の前にいるのはフィーネに見た目と中身がそっくりな別人という事もあるかも知れないが確認は何度もしたのでフィーネで間違い無いはずだ。


 間違い無いよな?



 進化し、体が大きく変化した事で、傷付けられて発声が困難となっていた喉は修復され声を出すごとに時々混じっていたかすれるようなノイズは無くなり彼女本来の透き通るような声が聞けるようになった。


 彼女がこれまで無口だったのは、元来の性格ではなく喉の痛みのためだったようだ。

 以前よりも彼女の声を聞くことが増えて少し嬉しい。



 彼女が進化したことで、ある問題が解決した。


 冒険者ギルドへの登録が可能となったのだ。

 本当なら前と同じように一手間かけて自由な冒険者としての身分を用意しないと行けないところだったが、彼女がどう見ても15歳、成人程度には見える外見に成長したためにそのまま大人の冒険者として登録ができたのだ。



 そして、ここに止まっていてはフィーネが以前俺と行動していた女の子であると気づく人間がいるかも知れないので、適当な護衛依頼を見つけて直ぐに街を立つことにした。


 これらのことを龍が討伐されてから2、3日程で行った。



 俺が街を出るまで、リード、マルクス、ソニアの行方は不明のままだった。


 そして、街を去った俺たちが向かったのは迷宮都市だった。




 ◆




 朝食を胃袋に納め、俺とフィーネはギルドへと向かう。

 この都市においてギルドを探すのは簡単だ。

 何故ならギルドはこの都市のどの建物より高く都市の外からでもその姿が目に入るからだ。


 いや、正しくはギルドの背後にある建物が、だな。


「相変わらずデカいな」


 俺はそう言って、ギルドの施設に囲まれるように建つ巨大な塔、迷宮を見上げる。



 迷宮都市とは、文字通り迷宮のある都市だ。

 迷宮とは何か、と問われると俺も入ったことが無いので分からないが、あの塔の中では魔物が発生するということ。そして、未だ最奥まで至った者が存在しないという事は分かっているらしい。


 ここは冒険者たちにとってある意味聖地と呼ばれる場所だった。

 迷宮には多くの魔物が蔓延る代わりに、時々特殊なアイテムが出土するらしい。

 呪術師のストロケンから奪ったネックレスもおそらくそう言った来歴の品だろう。


 ただ、俺の目的は迷宮そのものではなく迷宮に群がる冒険者達なのだが。



 この都市の特徴は迷宮以外にもその位置にある。


 迷宮都市は人間の治める三つの国、帝国、王国、そして俺が今までいた聖国の境目に存在している。

 しかし、三国に挟まれていながらどの国にも属していない。つまり一種の都市国家といえる形態だ。


 それが可能になるのはこの都市が主に貿易によって栄えているために、自国で領有しても旨味が少ないから、というもある。


 もう一つは、S級冒険者がこの都市にいるからだ。


 S級というのは一種の災害だ。

 戦えば地図が書き変わるほどに強大な力を持っている。

 地龍は言うまでもなくS級が相手にするような魔物だし、それを討伐した黄金の騎士も冒険者であれば間違いなくS級に相当するだろう。


 迷宮都市を落とそうと思えば、多分大国と呼ばれる三国ならば可能だろう。

 ただし、無傷とは行かない。間違いなく自国の所有するS級の戦力を削られることとなるだろう。


 そして、その隙を他の国に付け込まれてしまう。


 そう言った三竦みの膠着状態が迷宮都市を国家たらしめていた。




 冒険者ギルドのドアを開ける。

 その奥には受付となるカウンターと依頼掲示板がある。

 これはどのギルドでも共通の光景だが、問題はその規模だ。


 流石冒険者の聖地と呼ばれるだけあって、受付嬢の人数も張り出される依頼の数も他の比にならないほどに多い。


 そして一番目を引くのはギルドの奥を占有する迷宮のゲートだ。

 このお陰で依頼を受け、直接迷宮に潜って討伐することができ、移動の時間がほぼ0に短縮されるのだ。



 俺は一層で達成可能と思われる幾つかの依頼を受ける。


「メイズウルフの牙とスライムの核、そしてメイズシープの肉ですね。全て第一層で取得可能です。このまま、迷宮に行かれますか」

「そのつもりです」


 青髪の受付嬢が、頭頂部の跳ねた一房の髪を揺らしながら訪ねてくる。

 俺の返答を聞くと、パーティ登録と書かれた用紙を取り出しながら。


「複数人での攻略の際にはパーティ登録を義務化しています。パーティ名は考えておられますか。こちらで決めておく事もできますが」

「ん…、じゃあお願いします」


 フィーネに視線を向けるが、彼女は好きにしろと言わんばかりにそっぽを向いている。俺も面倒だから彼女に任せることにした。

 いくつものパーティを見てきた受付嬢ならば目立つような名前は付けないだろう。



 さらさらとパーティ名の欄をを埋めて受付嬢はキリッとした顔でそれを見せてくる。


「かしこまりました。それでは『ああああ』で登録させていただきま」

「ちょっと待て」




 ◆




「それでは『赤血の鉄槌』で登録させていただきます」


 とりあえずこれまでの経験から、〇〇の〇〇と言う形式で前半が色の名前、後半が武器となるものが多かったのでそれに準えて付けておいた。

 流石に、


「『ああああ』のゴトーです」


 なんて言われたら相手も混乱するだろう。

 そんなことを言う俺だって正気ではいられない。


 軽く説明を受けた後ギルド証を受け取った俺は、真っ直ぐにゲートへと向かう。

 ゲートは一辺が3メートルはある正方形型の黒い門で、その内部には薄い膜が揺らめいている。時々七色に輝いていて、まるで油膜のようだ。


 俺たちと同じく依頼を受けて入るものもいればギルドに入ってからゲートへと直行していく冒険者もいる。

 どうやらただ魔物を倒してレベルアップするために入る人間もいるらしい。


 先ほどからひっきりなしに冒険者が入っていくので、一層と呼ばれる区画には人がすし詰めになっているんじゃ無いかと思ってしまう。

 さらに、迷宮への入り口はここ含めて全部で四つはあるらしいので、尚更外から見た塔の内部に魔物がいるスペースなど無いだろう。


 そんなことを考えながら、フィーネと並んで薄膜を突き破る。

 実体を持って揺らめいているように見えた薄膜は俺の体に触れることなく透過する。


 全身が入った瞬間に、俺の三半規管が揺らされる。

 上下と左右が認識できなくなり、自身の体の感覚すらも曖昧になる。

 手を動かしたつもりだが、手からは何の反応も帰って来ない。


 時間感覚も曖昧になってきたところで、何かに引き戻される。


 視界が定まって行き、拡散した感覚も収束する。




 元に戻った視界には果ての無い草原が広がっていた。


 魔物が尽きない訳だ。

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