第12話 モブから見るボス戦
ナイトローチを相手に回避に専念していた俺だが、たまたま隙の出来た一匹を踵落としで潰した後は、残りの二匹を相手に樹木を盾にしたり位置を調整することで二匹同時に攻撃できないように立ち回ったりすることで逃げ回っていた。
が、あるときを境に二匹の動きが鈍った。
力や動きのキレは変わらないが連携が下手になり、なんというか焦りが見られた。
はっきり言って複数ならまだしも一体ずつならばそこまで苦戦する相手ではない。
その後は、一対一を二度繰り返して早々にナイトローチ達を片付けると、直ぐにフィーネの元へ向かった。
そこでフィーネの背中に向けて最後の一撃を繰り出そうとするクイーンローチの姿が目に入って現在に至るというわけだ。
◆
今度こそ動かなくなったクイーンローチを何度か足で蹴って確認した俺は、胸元から依代を取り出して呪文を唱えた。
「『捧げよ、さすれば与えられん』」
死骸が消えて一つの肉塊に変換される。フィーネは俺の行動が読めたようで少し眉を顰めるが止めようとはしなかった。
それを口に放り込んで丸呑みにすると、頭に声が響く。
『うで』『あし』
依代の条件からして、これがクイーンローチの物である可能性は薄いだろう。
となると、俺の見知った人間だろうことは分かるがそれが誰かは見当も付かない。
冒険者ギルドで言葉を交わした人間かも知れないし、もしかしたらこれがリードやマルクスかも知れないし、はたまた人間ですら無いのかも知れない。
「…なんだ、これ」
拳程度の大きさの肉の球体がクイーンローチの死骸があった場所に残っていた。
依代の性質からしてこの謎の球体は生きていて、それでいてクイーンからこぼれ落ちたものの筈。
手の持って触ってみると、ブニブニと弾力があって柔らかい。
クイーンローチがゴキブリの魔物であることからしてなんとなく想像は付くのだが、
「どうしようか、これ」
「…ん」
俺が握っている卵をフィーネが人差し指で突く。
虫の卵に抵抗がないのかそこまで怖がっている様子は無い。
手渡すと、軽く握ったりしながらその感触を堪能していた。いつもより彼女の赤い瞳が輝いている。
ローチはクイーンが存在することからして、地球のゴキブリよりもシロアリに近いものと思われる。ならば女王を殺すだけでは駆除はできない。
シロアリの女王には副女王として自身のクローンを生み出す機能があり、女王が死んだ時にはそれが代わりに女王として働く事になるのだ。
ただ、女王の発生から時間が経っていないのならば、そのクローンがまだ生まれていない可能性があった。
そして、俺はこの卵がそれだと考えている。
あれだけ大量のローチを生み出すはずの女王が死んだ後に残る卵が一つと言うのも、死体を餌にして次の女王を育てるためだと考えれば腑に落ちる。
フィーネから卵を返してもらうと、懐から取り出した袋に入れて口をしっかり縛ると、懐に戻した。
「後々使えるかも知れないからな」
「…そう」
俺は聖女の顔を思い浮かべる。
俺は今回の件であの聖女の能力が未来予知の類では無いかと予想している。
実は未来予知など持っておらず、たまたまこの街へやって来た可能性もあるかも知れないが、もし持っていた場合に払う代償は命だ。慎重にならざるを得ない。
だから聖女は未来が見えると、仮定する。
そうすると、聖女の持つ予知能力は詳細を見れる物では無いか、多用できる物では無いと予想できる。
根拠は単純に俺が現在生きている事だ。
起こり得る未来の全てを観測できるのならば、そこで俺が人間を殺すことが分かるだろう。そして、彼女の周りにいた騎士の一人でも俺の所に差し向ければ俺は間違い無く死ぬ。
少なくとも会いもしない人間の未来を視る事は出来ないのだろう。
ただ、聖女はスタンピードに対する対処を見るに神官系統のクラスだ。
そして未来予知も持つとなれば彼女は基本的に指揮と援護を担う戦い方だろう。
それならば警戒するべきは聖女そのものよりもその周りの人間だ。
俺が聖女ならば、正面からの戦闘に優れた人間を周りに置くはずだ。
地力に勝るならば相手の小細工を看破し正面戦闘を強いるだけで勝てる。
思索に耽っていると、空が白んできた。
以前よりも隙間の開いた木々の間から太陽の光が差している。
ここからは街の前にあったはずの地龍の姿は見えなかった。
◆
街壁の前まで戻った俺たちの目の前の光景はなんと言うか、予想通りに予想外と言った様相だった。
ゴォオォォ!!
呻き声を上げる地龍だが、その左肩は肩口から腹部まで縦に切り裂かれて、横腹の皮膚でつながった左腕がプラプラとぶら下がっている。
傷口からは寸断された肋骨らしき白い物体が覗いている。
人間であればどう見ても致命傷だが、まだ生きて攻撃を繰り出している。
相対するのは聖女率いる騎士達。
周囲を見ると、地龍と聖女の丁度中間あたりを境にクレーターが途切れていて、まるで隕石に対して
ただ、その後に地龍の攻撃を受けたのか銀の鎧を纏う数人の騎士が、戦場の端で倒れていた。俺としては一晩近く戦って負傷者がそれだけというのが驚きなのだが。
最も地龍の攻撃を受け止めているのは、パレードの際に先頭で聖女と並んでいた黄金の騎士だった。彼はこれまた黄金に輝くカイトシールドを左手に、白銀の上品な意匠の入った剣を右手に構え地龍の右腕での爪撃を迎える。
「『-------』!!」
攻撃の瞬間、何かを呟くと同時に彼の体が黄色く光り、地龍の右腕が彼の盾に受け止められ、ピタリと止まる。
「おお お お” お” オ” ォ” ォ” オ”!!!!」
黄金の騎士が仕返しに右の剣を振り抜くと、火花が飛び散り地龍の上体が跳ね上がる。
彼は止めを刺そうと、地龍の胸元へ向かって飛び出す。
地龍は黄金の騎士を脅威に感じているのか、尻尾に力を込めて彼を打ち落とそうとする。
「今です、尻尾を止めてください!!!」
聖女の声がかかると同時に近くにいた4、5人の騎士が、地龍の尻尾を自身の盾で押さえ込む。圧倒的な質量を持った地龍の尻尾を完全に止めることはできないが、それでも時間を稼ぐことは出来た。
「森に還れ、土トカゲ!!」
彼の持つ剣が目の眩むほどの銀光を纏う。
地龍もそれをただ眺めるだけでは無い。
######!!
地龍の眼前に尖った鉄塊が現れる。それは凄まじい速さで回転を始め赤熱するほどまで加速すると、空中にいる黄金の騎士にむかって爆音と共に撃ち出される。
「『堅牢たる自守』」
今度は聞こえた。呪文と同時に黄色い光が彼を包み込み、地龍の砲撃を完全に受け止め、自身の体とほとんど変わらないサイズの鉄塊を左手の盾で下へ弾くと、そのままの勢いで地龍へ向かう。
「『貫徹する自身』」
再び黄色い光が現れ彼の剣を包み込む。
「『
銀光が活性化し黄色い光と混ざり合う。
剣を振るうと光を纏って斬撃が走る。
放たれた斬撃は朝焼けの空を二つに分けた。
鉄よりも遥かに硬度の高そうな地龍の体が、熱したナイフでバターを切るように一刀両断される。
その余波で、隕石で抉れた大地の向こうまで地面が割れていた。
頭から尻尾の付け根まで二つに分かれた地龍はそのまま左右に倒れた。
動かなくなった地龍の死骸の上で、返り血を浴びて僅かに燻んだ黄金を纏う騎士は拳を突き上げ、勝鬨を上げた。
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今回の成果
ナイトローチの『きば』
ナイトローチの『あし』
ナイトローチの『からだ』
誰かの『うで』
誰かの『あし』
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