第11話 剣の克己

 過呪オーバードライブは魔力を過剰に使用する事で呪術の効果を無理矢理強化する技術だ。

 無理矢理の強化のため、効果の上昇の割に反動が大きくなる。流石にイラの連続発動程では無いが特に腕への影響が大きいな。

 普段なら『パワー』を選んで使ってるだろうが、あれは『赫腕レッドフィスト』と効果が被る。単体で使うならまだしも重ねて使うのには向いていない。


 そして今回は、『赫怒イラ』を構成する呪術の内、『赫腕レッドフィスト』だけを強化したかったので3つを分けて発動させた。


 ついでに武技の発動を示す銀色の魔力が出る事を願ったが、呪術と同時だと少し難しいようだ。これが終わったら意図的に銀の魔力を使用する訓練でもしようか。

 幸い目的であった岩の破壊は達成したから良かった。



 ナイトローチの触角を使ったムチのような攻撃を横に飛び躱す。

 5センチ程の深さの水面に触角が叩きつけられて水飛沫が上がる。

 水で速度を落としたそれを踏み付けて動きを抑えようとするが、残り三本の触角を左右両方から挟むように振るわれて回避を強いられ目論みは崩された。


 回避のために空中に逃げたところを残りのナイトローチに狙われて叩き落とされる。

 俺は追撃を避けるために3匹全てが目に入る位置まで後退する。


 素早い鞭攻撃が厄介だが水のお陰で突進攻撃を回避しなくて良いところは楽だな。

 その分俺も速度は落ちるが、戦況の停滞は望む所だ。


 今回の俺の役割はコイツらを足止めする事なのだから。




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 打ち壊された大岩の傍では少女の姿をした魔物、フィーネと巨大な虫の魔物、クイーンローチの戦いが繰り広げられていた。


 クイーンローチが樹木ほどもある触角を振るうと水飛沫と共にフィーネを吹き飛ばす。


 彼女はその流れに逆らわず身を翻して岩の上に着地する。


 どうやらクイーンだけあってその身体はナイトローチとは比べ物にならない程に硬く幾度と無く繰り出した斬撃も弾かれてしまっていた。


 彼女がこれ程までに苦戦する理由は、相手をしているのが虫というのが大きかった。

 彼女の剣術は人間の、それも剣士のみを対象として磨かれた物だ。彼女はずっと、それ以外を知らなかったのだ。知らない物は斬れない。

 そのため対象がそれから外れる程に効果は落ちる。


 だからこそ、ゴブリンであり無手で戦うゴトーを相手にアレでも苦戦していたのだ。


 勿論彼女が磨いた斬撃はローチやトレント相手に有効ではあるのだが、最も輝くのは剣士が相手の時という事だ。



 ただ、フィーネはそれでもクイーンローチを相手に一対一ならば勝てるかも知れないと言った。それは単なる強がりではなかった。


(…右足が来る)


 槍のように直線の軌道を描いて触腕が手を開いて掴もうとしてくる。


 くるりとコマのように鋒で爪を弾き、触腕の側面に斬撃を入れる。


(トゲが邪魔、ここは無理ね)


 棘に覆われた触腕は斬撃を阻む。触腕の切断を諦めたフィーネは触角の切断に意識を切り替える。


 幾度も触角に攻撃を加えながら、その構造を把握していく。弾かれた時の手応え、そして反響から得られる情報によって少しずつフィーネにとっての未知が既知に置き換わっていく。


(ツノは所々弱いみたい、これならっ)



 触角が地面に叩きつけられて動きが止まった所で、触角の節の一つを狙ってフィーネはサーベルの柄を握り締め飛び込んだ。


「…ふぅ」


 刃を振り上げ、呼気と同時に振り下ろす。

 上段から正中線を通って節の隙間を寸分の狂いも無く通り過ぎる。


(よし)


「ギュギャキィィィィィ!!!」


 切り捨てられた触角がのたうち回り、クイーンは甲殻を軋ませて怒りを露わにする。


 二つの触腕と一つの触角を上手く操り攻撃を繰り出すクイーンローチだが、フィーネは段々と攻撃のリズムが掴めて来ていた。


 樹木を背後にしたフィーネは触腕の攻撃を前に宙に飛ぶ。

 そこを狙ったかのように薙ぎ払いの触角がやってくる。

 振り下ろしをすると切断されると学習したのだろうが、フィーネの学習はそれよりも速い。


 樹木の幹を蹴って弾丸のように前方に飛び出す。


 振り払われた触角の節を移動しながら断つと、触角の上に着地して根元まで走り出した。


 痛みの信号に戸惑ったクイーンローチは一瞬フィーネの姿を見失ったが、自身の触角の上を走る彼女の存在に気づくと、触角を振り回して彼女を近づけまいとする。


(もう遅い)


 振り落とされる直前にクイーンの顔面に向かって跳躍する。

 既に触腕を引き戻すには遅く、二本の触角を失ったローチに手立ては無い。

 フィーネは勝ちを確信した。


(これで、終わりよ)


 居合いの如く腰元でサーベルを構えたままクイーンの眼前に躍り出た。



「ギュチィ」


 その瞬間、クイーンの口元から牙が飛び出した。そしてカミキリムシの様にフィーネを上下に分かつべく鋏を閉じる。




 しかし、彼女に触れる寸前にその動きは止まる。


「ばー、か」


 彼女の眼前にはサーベルを収めていた鞘がつっかえ棒の様に挟まれて牙を止めていた。


 フィーネは差し込んだ鞘を追い抜くと腰元から銀閃を繰り出した。

 一拍の間を置いてクイーンローチの頭部が水平に両断される。


 崩れ落ちる体から鞘を奪い取り飛び退いたフィーネは綺麗に着地を決めると、剣を鞘に収めようとする。


「あ」


 軽さを重視していた為に、強度はそれ程では無かったらしい。

 先程の攻撃で歪んでしまっていたようで、鞘が半ばから折れてしまった。


(無理させてしまったのね)


 また買ってもらおうと心の中で決めたところで、背後から攻撃の気配を感じ取る。


 振り向くと、頭部を両断した筈のクイーンローチが触腕を突き出していた。


(避け切れない!)


 完全に気を抜いていたフィーネは衝撃に備えて体を強ばらせるが、そこで灰色の少年が触腕に肩からぶつかり攻撃を逸らした。


 やがて今度こそ力尽きたクイーンは、その身体を地面へと沈ませる。


「虫は生命力が強いから、首を落としても油断するな」

「…ん」こく


 フィーネは頷きを返すと、ゴトーの全身を観察する。彼の身体に大した傷は見えず、終わってみれば二人は軽傷でローチを乗り切ったことになる。


 だが今回の勝利は薄氷の上での勝利であり一歩間違えば死ぬ場面が何度かあった。


 次はもっと余裕を持って勝つ。

 二人はその決意を固めるのだった。
















「…これ」

「ん?…あ!鞘折れてる。……また買うか」

「ん」こく




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過呪オーバードライブは割と苦し紛れの手段で思いの外ありふれた技術です。

使用魔力と反動が倍にして効果を1.5倍にする程度の効果です。


魔術や武技でも似たようなことはできますが、呪術と違って反動は殆ど無いです。


呪術の反動が100から150に変わるとしたら、魔術や武技だとほぼ0から30位に変わるイメージです。


今回は一撃だけだったので使えた荒技ですね。


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