第8話 災害
「はぁっ、くそっ!」
左手の棍棒を勢いよく振り下ろし、足元に迫ったローチを押し潰す。
足元を通り過ぎようとする物には、踏み付けをお見舞いする。
外骨格が擦れる様な音を漏らして、体液を撒き散らす。
夜の闇と視界を余すことなく多い尽くす茶黒いローチの所為であとどれ程こいつらを殺せばスタンピードが終わるのか見当もつかない。
終わりの見えない苦行に疲労が余計に溜まっていく。
俺たちは、後のマルクスとソニアへローチの大群を通さない様に減らして行く。
それでも1匹も通さないのは困難で、数匹は後へと抜けて行く。
ただ、その程度の数ならば後衛職である二人でも対処できる。
主にマルクスがソニアの前に出て、杖でローチを散らして行く。
フィーネは、俺が棍棒を勧めたのだがそれを断りいつものサーベルで戦っている。
彼女が一振りする毎に複数のローチが両断されていく。
流れる様に連撃を繰り出し、彼女に取り付く事もできずに全てのローチが地面に撃ち落とされていく。
リードは、結構苦戦している様だ。
時々体に飛び付いたローチに齧られながらも、何とか持ち堪えている。
当初は心配していたが、時々マルクスの回復を受けることでバランスを保っている。
全体としては、まだ余裕はある。
ただ、このまま1時間も戦い続けられるかと言われると、厳しいだろう。
顔に飛びつこうとしたローチを噛みちぎる。味わう余裕などもちろん無く、そのまま吐き捨てながら棍棒を振るう。
こう言う時に自身の弱さを実感する。
魔術が使えないから広範囲を攻撃する手段に乏しく、数の暴力に弱い。
呪術は基本的にリスクを後払いすることで現在の力を強化するものばかりなので、継戦能力に乏しい。
周りの冒険者も、少しずつ傷を負い始める。
熟練の冒険者ばかりだが、それでも永遠に戦い続けられる訳が無い。
疲労によってできた隙に背中や足などの見え辛い部位に齧り付かれて血が滲む。
そして、俺も傷を負いつつあった。
これまでは負傷の殆どはリードのものだったので持ち堪えていたが、それが二人になると均衡は崩れる。
幸い、俺の皮膚は呪術の影響か少し硬めなので、腕や足の怪我は少ないが右側の脇腹など左手で守り辛いところを狙われると弱いのだ。
「っぐ、ソニア」
「!はい、『
ソニアの回復を受けて俺の傷は逆再生する様に修復した。
彼女の魔力はそれ程多く無いだろうから、無制限に使えるものでは無い。
このままでは、1時間どころか30分も保たない。
俺が棍棒を振り回しながら歯がみしていると、後ろから透き通る様な声が響く。
「『
この声は、聖女。
第三天の白魔術『
薄明るい光が、戦い続ける全ての冒険者達を優しく包む。
100や200で利かない数の者がここには居るはずなのだが、有り余る魔力に物を言わせた白魔術によって、俺たちの身体は戦闘前と同じ状態まで戻る。
「『
続いて、俺にも聞き覚えのない名前の魔術。
その効果は直ぐに思い知ることとなった。
冒険者達を光のベールが包み込む。
手に持った棍棒が軽くなる。いや、俺たちの筋力が上がっているのか。
『
それだけでなく、小さい傷も少しずつ塞がっていく。
『
1匹1匹の与える傷が小さいこの状況では効果的だ。
この援護がどれだけ続けられるかは、分からないが、もし戦闘終了まで続くならば、生き残ることはできそうだ。
そうして、しばらく猛攻を退け続けると、虫の弾幕が薄くなる。
どうやら第一波は過ぎ去ったらしい。
「はあ、どうやら山は超えたらしいな」
「あ〜〜、肩いてぇな」
「…」
「…」
「ふぅ、みなさん無事で良かったです!」
疎らにやってくるローチを踏み潰しながら、俺は汗を拭う。
途中は冷や汗を掻いたが、この調子なら大丈夫そうだ。
冒険者全員で戦わなくとも問題なく対処できる程度までローチの数が減るのを確認してから、俺たちは前線から下がる。
用意された水筒を拾い上げて喉を潤す。
「お、お前ら生きてたのか?虫に喰われて死んでるもんだと思ったぜ」
「聖女様の援護がなければ危うくそうなるところでしたが」
こいつは戦闘前に話していた冒険者のビーンだ。
彼は俺たちより高ランクの冒険者なので当たり前の様に生き残っていた。
彼も小休止を取るために下がってきたらしく、少し離れたところにいる仲間に水筒を投げ渡した。
「あ〜、あれな。流石は聖女様だぜ。…ほら、見てみろよ、あそこ」
ビーンの指す先は冒険者の作る防衛線の中心、街を背にした集団の中だった。
そこには、光る旗を右手に地面に立てる女性の姿があった。
距離があるのでその顔で判別はできないが、街で見たオレンジがかった髪色から聖女だと判断した。
「あれ程の規模の白魔術を発動しても、涼しい顔してやがる」
目が良いな、俺の目だとギリギリ髪が長いことが分かる程度だ。
おそらく、手に持っている旗の様な物が俺たちを今も強化し続けている魔術の核なのだろう。
そう勝手に納得していると違和感に気付いた。
なぜ、山場を越えたはずの今、彼女は魔術を発動し続けているのか。
継続発動する魔術は多くあるけれど、そのどれも魔力を全く使用せず永遠に発動出来るものはないし、そんなものはあってはならないだろう。
そして、防衛線の中心からざわめきが伝播して来る。
「おい、あれ」
「んでだよ!くそ」
「逃げろ!」
その中に、ポツリとある単語が混じり出す。
『龍』
ガァア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!
腹の底を揺らす様な轟音が、森から響く。
俺たちは思わず耳を塞ぎながら、轟音の中心を探す。
森が膨らんでいる。
いや、違う、動いている。
山の様な黒い影がのそりと頭部を上げる。
ゴツゴツとした岩に覆われた巨体。そして、爬虫類の様に縦に裂けた黄色の瞳がギョロギョロと俺たちを見下ろす。
その圧倒的な存在感に、思わず膝を折ってしまいそうになる。
ここにいる冒険者たちも一部は釘付けになった様に動けずにいる。
この存在を一言で言い表すならば、おそらくこの言葉がぴったりだろう。
「地龍」
俺の言葉に答える様に地龍の撒き散らす重圧がさらに大きくなる。
その巨体の中を莫大な魔力が渦巻いているのが分かる。
まるで、人間が魔術を使う時や、俺が呪術を使う時と同じだ。
#########!!!
龍が唸ると、空が明るくなる。
上を向くと、巨大な岩の塊が降ってきていた。
マグネシウムを燃やしたときの様な閃光が街を眩く照らす。
逃げる暇もなく、高速で飛来した岩石の龍の正面の冒険者達の所へ墜ちる。
落下地点周辺の地面が捲れ上がり、衝撃波が地を舐める。
「屈め!!!」
俺は、フィーネを抱きしめて、地面にあった僅かな凹みの中へ身を投じる。
隕石の破片と思われる赤熱した岩石が、音を超える速度で飛び交う。
「『
ダメ押しの様に呪術を発動して、体を強化する。
一拍の静寂の後に到来した衝撃の波が地面ごと、俺とフィーネを吹き飛ばす。
上下の判断も付かない程に三半規管が揺すられ、砂色の爆風の中を石礫と共に吹き飛ばされて行く。あまりにも大きな空気の振動で鼓膜が破れる。
地面に叩きつけられて、肺から空気が漏れる。
何らかの破片が俺の背中に刺さり、呻き声を上げる。
自分の声すら聞こえない程の轟音と爆風の中で、俺は必死に掴まれる場所を探す。
時々、巨大な樹木が根っこごと目の前を転がっていることから、俺は森の方に飛ばされているのだと分かった。
永遠に続くかと思った強風が止み、少しずつ砂埃で隠された視界が戻って来る。
俺が腕からフィーネを解放すると、彼女も俺の服を掴んでいた手を離した。
鈍い痛みを訴える体を無理やり動かして、立ち上がる。
「これは…」
近くの樹木は爆風でそのほとんどが根を露出しているか、幹が折れているか、時々尖った岩石がめり込んでいる物もある。
竜巻が過ぎ去った後のようだが、それよりもこれは酷い。
森の木々によって覆い隠されているはずの月の光が足元まで届き、俺たちが飛んで来た方向には、火柱の様に砂埃が立ち上っていた。
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