第7話 スタンピード


俺たちがギルドに戻った時には、既に慌ただしく職員達がギルド内を駆け回っていた。


「現在レトナーク内に滞在している冒険者は、全て緊急依頼を受ける事となります!!ギルド職員ダッツの指示にしたがって街壁東部に移動してください!!逃亡、逃走は自由ですが、ギルドの資格を剥奪した上でギルドの記録に追加いたします!」


さりげなく凄まじい事を言っているが、ギルドにとってスタンピードとはそれ程の事なのだろう。


どうやら、森から溢れたローチの一部が外壁へ辿り着き街へと侵入しつつあるらしい。俺たちが外から戻るときに門番が言っていた。


これから戦える者は外壁の外でローチの大群を迎え撃ち、その間街門を閉じるそうだ。



「ゴトー!無事だったか」

「リードか。俺たちが居た場所はそれ程でも無かったみたいだ。それで、リードは出るのか」

「緊急依頼じゃしょうがない。もし、逃げた事がバレたら二度と冒険者になれなくなっちまう。俺も無事で済むか分からない」

「そうか、なら今回は合同パーティで行こう」

「…そうだな、分かった」


リードは少し躊躇いがちに頷いた。




 ◆




街の外に出ると、草原の中に黒い点が至る所で動いていた。

この全てがローチなのか。


既に、多くの冒険者が陣を作っている。相手が相手なので、逆茂木や堀といった物が意味を持たないため、人が壁となるしか無い。


冒険者ギルドの職員であるダッツが後方から叫ぶ。


「ローチの大量発生の中心は森南部!!必然的に防衛は南東部が最も苦しい戦いとなる!!死にたくなければ、殺せ!!!生きたければ、殺せ!!!ひたすら殺せ!!!活路はそこにあるっ!!!!」


指示も何もあったものでは無い。


だが、そんな生死に訴えかける喝の方が彼らにとっては良いのか冒険者たちの瞳は熱を帯びる。


俺は、ローチへの攻撃のために棍棒を手にしていた。

素手で触れる事になれば、ポーンローチによる麻痺を避けられないからだ。

ここで格闘に拘る気は無い。


「リード、俺たちは南寄りの位置で戦おう」

「でもそっちはローチが…」

「分かってる。俺の考えた通りなら、そっちの方が後々楽になる」

「ゴトーが言うなら、信じるぜ」


リードはニカッと笑うとマルクスを伴って俺たちに着いて来る。

そこには予想していた通り、比較的高ランク、C級の冒険者が多く集まっていた。


ダッツの言葉の通り激戦が予想されるこちらは実力者が多い。


隣の冒険者が舌打ちをする。


「っち、おいおい。俺たちはいつから子守になったんだぁ」

「…」


男の愚痴を受け流す。まあ少しムカつくが、こいつの言ってることはほぼ正しい。

俺は男の顔をよく見る。


「ん?なんだぁ、なんか文句あんのか」

「いえ、あなたの言うとおりです。名前を聞いても」

「はぁ、なんだお前。…しゃーねぇな。覚えとけ、俺はビーン。C級のビーンだ」

「そうですか。俺はゴトーと…」

「お前の名前なんか聞いたって意味は無ぇよ」


そう言って俺の言葉を遮る。

これで、依代の条件はクリアしただろう。


こいつが死ねば、その力は俺の糧となる。


その後も近くにいる冒険者連中に名前を聞いて回る。

名前は一部覚え切れていないが、戦闘前に出来ることは全て出来た筈。




オ”オ”オ”オオ”オ!!



街の東部、俺から見ると北の方から喧騒が広がる。

最も森に近い東部から本格的な交戦が始まった様だ。


「来た」


誰かが呟く。

夕闇に包まれつつある森の中から、松明の光に反射して、黒光する点が地を侵食する。

森だけが一足早く夜が訪れたのかと錯覚するほどの黒、黒。


黒い波が街に押し寄せる。


「行けっ!!」

「「「『氷爆アイスエクスプロード』!!!」」」

「「「『火爆ファイアエクスプロード』!!!」」」


黒一色の大地を爆発が襲う。

爆心地と周辺数メートルに居たローチは漏れなく焼き尽くされるか凍て付き即死。


離れているものも炎の影響で、高温により筋肉が固められるか低温により動きが鈍る。

しかし、後続のローチが動きが鈍ったものを喰らいながら押し寄せる。


「っち、魔術だけじゃ止められねぇか」


隣の男ビーンが呟く。


やはり、数は力だ。それだけで、ある程度の相性を覆すことができる。


所々で爆発が起きる中、遂にローチの大群の一部が冒険者に辿り着く。


「オラァ!!」


冒険者の殆どはローチを叩き潰すために剣を捨て棍棒を手にしている。

一振り毎にローチが衝撃で中を舞い、羽が散っていく。

それでも体に取り付こうとするローチだが間断なく振り回す棍棒に絡め取られ近づけずにいる。


魔術では削り切れないまでも、多少は減ったローチの大群を相手に、依然冒険者が優勢だが、この状況がいつまで保つだろうか。



やがて、黒い波が俺の目前へと迫った。

目を凝らすと、夥しい数の無機質な瞳が俺たちを写していた。



俺は、背後に忍び寄る死の影に冷や汗を流した。

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