第3話 聖女
この日、俺はいつもより人通りの多い表通りで、露店を物色していた。
というのも、どうやら聖女がここ、レトナークを訪れるらしく、その姿をみようと聖国中からお偉い方がやって来ているらしい。
そのため、人の溢れたこの街では露店を開く商人が多く集まっていた。
ちなみに、聖女、とはこの国を統べる教会の象徴と言える存在だ。
そして聖女は一つの時代に大抵一人以上はいるが、全部で何人居るか知っているのは協会の中でもある程度の地位の者だけらしい。
曰く、神の代行者。
ただし、どんな力を持ち、何ができるかほとんど分からない。
そんな、謎に包まれた存在だが、一部は実在が確定している者が二人居る。
一人目が、聖国の中心である聖都を守る結界を張っている、隔絶の聖女。
二人目が、現在この街に向かっている、希望の聖女。
俺としては、その希望の聖女の顔だけでも把握しておきたい。
「これとか良いんじゃないか」
「…」ふるふる
露店を冷やかす俺の隣にはフィーネの姿があった。
フィーネは現在、サーベルを佩びておらず、くるぶし程まで丈のある若草色のフレアスカートと白のシャツで肩の部分が膨らんだ、…パフスリーブだったか、を着ていて俺の想像した通りの村娘といった格好だ。
そんなフィーネに装飾のされた鞘を見せる。
彼女は普段自身のサーベルを抜き身で持ち歩いているのだが、いい加減誤って怪我しそうなので鞘を与えることにした。
が、これが中々満足いく物が見つからない。
本当であれば、剣と鞘を両方替えた方がいいと思うのだが、どうやら彼女は思い入れがあるらしく、鞘だけ探している。
まず、彼女の持っているサーベルと寸法の同じものを見つける。
そして、彼女が気に入るか確認する。
先ほどからちょこちょこと寸法が似通ったものは見つかるのだが、彼女の好みでは無いらしい。
とりあえず見えて来た傾向としては、宝石の嵌った物や装飾の多いものは駄目らしい。一目入った時点で首を振りながらノーサインを出してくる。
次に重い物も駄目。彼女の戦い方だと、重いことは弱体化に繋がるからな。
それに彼女は驚くほど非力なのだ。
人間としては病弱なソニアと変わらない程だ。最近は少し、体に肉がついて体力もついて来たがそれでも少女の範疇だ。
戦闘の時に彼女が下段に構えるのももしかすると体力の消耗を防ぐためなのかもしれない。
だからこそ、携帯しても問題ない程の重さである必要がある。
聖国の軍事力の要は騎士だ。当然その装備は防御力の観点からほとんどが金属製だ。
そうなると生産者も金属製の物を供給する様になるため、木製や皮製など軽い素材を使用したものはは少なくなる。
中にはミスリルと呼ばれる軽くて硬い金属の物もあるが、D級どころかC級でも手が出せる様な物では無い。
そこで、このバザーで外から来る商人に期待を託したのだ。
東洋風の服装をした商人が、木製の細工に長けていることに気付いてからはそういったところを中心に回る事にした。
結局全て木製の黒塗りの鞘を見つけてそれに決めた。
日本刀の鞘の様なシンプルで、艶のある黒が光を反射して怪しく輝いていた。
「良かったな?安く買えて」
「…ん」こく
彼女には珍しく、少し口角が上がっている、様な気がする。
呪術師との対決以来、夜になると時々彼女は俺の部屋に訪れる様になった。
そうして暫くすると何もせずに自分の部屋に帰っていく。
もしかすると夢遊病の類かとも思ったが、どう見ても意識のある様子だった。
結局、俺はそれについて尋ねる事は出来ていない。
俺の様子をフィーネが訝しげに見つめる。
「…?」
「…いや、なんでもない。そこで焼き鳥買って来ていいか?」
「…ん」
そう言ってフィーネから離れようとしたところで街門の方から歓声が上がっているのに気付いた。
「フィーネ」
「ん」
顔を見合わせて頷くと、大通りへと声の響く方へと走る。
そこには、溢れそうなまでに群衆が集まり、窓にも落ちそうな程人が押し寄せ、人々は道の中心に注目していた。
人の海を割る様に進んでいるのは、鎧を着せた馬に騎乗した騎士達。
そしてその先頭では、黄金に光る鎧を着た青年が彼らを率いている。
健康的な小麦色の肌の黒髪の美青年が左右に手を振りながら道を進んでいる。
他の騎士が銀の鎧を着ている一方で、一人だけ金色の鎧を着ているので目立ちそうだが人々が注目しているのはそこでは無い。
彼の隣の馬に女性が騎乗している。
オレンジがかった明るい髪を短めに切り揃え、神秘的な金色の瞳に穏やかな笑みを浮かべている。
彼女が希望の聖女ウルル・フトゥルム。
俺が、いつか打倒しなければならない存在。
◆
「聖女サン」
「なんでしょうか、コウキ様」
彼ら、聖女ウルルとその守護騎士であるコウキ・サカイは領主に饗応された後に彼女の部屋に集まり雑談をしていた。
コウキは聖女を護衛する立場であり、聖女の部下にあたるはずだが、その態度は目上の人間に向ける物では無かった。そして、上司である聖女もそのことを気にする素振りはない。
「この街に滅びが来るってのは本当なのか?」
「えぇ、確かに見ましたから」
「何が起こるのか、そろそろ教えてもらってもいいか」
「…ん〜、まあいいでしょう」
聖女は顎を人差し指で叩くと、彼の頼みを受け入れた。
「私が見たのはこの街を虫が覆い尽くす光景です。おそらくスタンピードが起こり、それに対処出来なかった、と言う事でしょう」
「虫…かぁ。俺苦手なんだよな」
「ただ、奇妙なのはこれ程の規模の街がスタンピードで崩壊することはまず有り得ません。マンティスの大量発生ならまだしも、ローチ系であれば上級冒険者がいれば物の数にもなりませんからね」
「ローチ、…ゴキブリかよ!くそ、知ってたら来なかったのによ。聖女サン、もしかして」
「ええ、だから、今言いました。ふふっ」
悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべるウルルにコウキは空を仰いだ。
「全部聖女サマの掌の上って事か…」
「コウキ様。明日は、冒険者ギルドの長にご挨拶に行きますので宜しくお願いしますね」
「もちろん。ただ俺が守る意味が有るのかは甚だ疑問だけどな」
そう零すと、椅子から立ち上がった。
「部屋にお戻りになるのですか?」
「…あぁ」
「…私が嫌、なのですか」
「聖女サンの事は嫌いじゃない。が、教会のやり方が気に入らない、それだけだ」
ヒラヒラと手を振りながら扉を閉じた。
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