第2話 D級試験・後編
俺は不安を抱えながら、森の中を進んだ。
俺の前には、声と態度がデカい女、ファイース。
俺の後ろには、口撃でバックスタブをする女、シクロ。
できれば、精神口撃ではなく、物理攻撃で二人の連携を見たかった。
それにしても前を進むファイースは自身がどこに向かっているか、分かっているのだろうか。トレントを狙うならば、森の浅層の方に多く分布しているので森の周辺を探索する方が効率は良いだろう。
にも関わらず、彼女はさっきから森の奥にズンズンと突き進んでいる。
「なあ」
「「…」」
「なあ」
「なに!!」
「トレントを狙いたいなら、森の浅い方を探した方が良いんじゃないか。あと、声が大きい」
「?どういうことよ!!」
「トレントは森の深いところには居ないんだ。あと、声が大きい」
「なに!!わたしが間違ってるって言いたいの!!」
全く俺の言葉を聞く様子も無いし、森の中であるにも関わらず声を小さくしようともしない。
「あ!ボクもそれ、聞いたことがある」
「そうなの!!じゃあ、戻るわよ!!」
「……あぁ、分かった」
分かったよ。俺の言うことは聞かないってことがな。
さっきと同じ隊列で、来た道を戻る。
背中を叩かれる。
「ねえ、さっきみたいなのはボクに言ってくれたらファイースに伝えるから」
「あぁ、そうする」
「うん!!」
意外と気が利くな。
さっきは精神口撃が得意な女とか言ってすまないな。
「今度からはなるべく早く言ってね、ゴミー君!!」
……
うんざりしながら、ファイースに追従していると、彼女が悲鳴を上げる。
「ヒャ、やだ!!」
「どうしたのっ、ファイースちゃん」
「む、虫」
彼女が指差す先を見ると、2匹のゴキブリが現れた。前世のものより、茶色だ。
ただし、そのサイズは掌ほどもある。
そして彼女の態度も心なしかしおらしい。
「あはは、ローチだねぇ」
そう言って、すすす、とファイースの後ろまで下がるシクロ。
二人とも怖いのか。
「どうやら、ゴトー君に一番近いところに居るみたいだね」
お前らが、勝手に下がったからだろ。
俺はため息を吐いてゴキブリを踏み潰す。
「はぁ、これで良いか」
「いや、こっちこないで!!」
「しばらくは前を歩いてね、ね?また出るかもしれないし、ね?これは、戦略的な……」
「分かった、別に前を歩く分には良い」
そう言って、二人を背に俺は森を歩く。
邪魔な枝をナイフで切り落としながら進む。
先ほどのゴキブリ、ローチだが、確かギルドの魔物図鑑に載っていた。
どう言う基準で魔物と呼ばれるかは分からないが、この世界に普通のゴキブリはいるのだろうか。
違うか、この世界の普通のゴキブリが魔物であるローチなのか。
そんな取り留めのない事を考えていると、二人の気配が無いことに気付いた。
近づくものには特に念を入れて、気配を探っていたにも関わらず、音もなく人間二人を拐うとは、かなりの隠密能力の持ち主だろう。
「魔物の攻撃か!?」
そう言って後を向くと、遥か遠くに二人の姿があった。
どうしても、ローチを踏んだ俺に近づきたくないらしい。
ファイースの口がパクパクと動く。
「
声が小さいぞ。
それと……いい加減にしろ。
あまりにも煩かったので、近くを通る川で靴を洗った。
それでようやく、戦闘に問題ない距離まで戻った。
どうやら、ローチは余程嫌われているらしい。それとも俺が嫌われているのか。
嫌な可能性から目を逸らして、探索に集中すると、立ち並ぶ木の中に一つだけ気配の大きい物があることに気付いた。
「ファイ…シクロ、見つけた」
「どこだい?」
「俺が指差す先、見えるか?」
「あれだね、ファイース」
「なに!!」
ファイースの大声が森を揺らす。
トレントは、ギギギ、と動き出した。こっちに気付いている。
バカ。
トレントが槍の様に伸ばした根がファイースを貫こうとする。
「チッ」
「ぐえっ」
ファイースの後から鎧を引っ張る。
先ほどまで彼女がいた場所に、トレントの根が突き刺さり、彼女は目を白黒させる。
「ぼさっとするな、行くぞ」
「!?…うっさいわね!!」
魔力を体の中心で回す。俺の中にある憎しみの感情を込めて外へと吐き出す。
「『
黒い靄に包まれたトレントは、動きが悪くなる。
トレントは術者である俺を狙い、枝や根で攻撃してくるが、全て紙一重で避け続ける。
その間に、ファイースは盾と剣を構え、シクロは魔術式を織る。
シクロの魔術を脅威と判断したのか、そちらにも根を伸ばす。
しかし、今度は盾を構えていたファイースがシクロを攻撃から守った。
シクロが出来上がった魔術式に魔力を通すと、火の玉が顕現した。
「『
トレントはその脅威を予感したのか、ワタワタとその場で暴れるが生来素早い魔物ではないトレントは結局火球を幹で受け止めた。
小さな爆発と共にトレントは炎に包まれる。
火事とか大丈夫だろうか、と思っていたがその後にシクロが『
どうやら、後処理についても考えていたらしい。
トレント討伐の証明に、適当な枝を手折り持って帰ることにした。
帰る途中にも、もう一度ローチが出て来たが、靴を洗うのは面倒だと思い、枝で殺したが、『間接的に触ってもダメ』と言われ、結局手を洗うことになった。
本当に冒険者なのだろうか、こいつら。
街の前に戻ると既にいくつかのパーティは戻っていた。
数からして、俺たちは大体中間ぐらいの順位だと思う。
まあ、合格はするだろう。少なくとも指示はこなしたわけだし。
「お前らが最後だな」
ん?まだ、試験を受けた冒険者は居たはずだが。
「よし、お前らは合格だ。帰って良い」
なるほど、ギリギリだったということか。
下手すると、手を洗うためにD級に不合格と言うこともあり得たのか。
合格を告げられた冒険者たちは、一頻り喜ぶと、そのまま街の方へと帰っていった。
一部は、仲間が別のパーティに組み込まれているらしく、その場に残った。
俺はもちろん帰る。
「ねえ!!」
帰る
「ねえ!!!」
かえ
「ねえ!!!!」
「分かったからもう少し静かにしてくれ」
どうやら彼女の音量のパラメータは大、特大、絶大の三つしかないらしい。
「あなた!中々やるじゃない!!」
「ボクも、ゴトー君のお陰で動揺せずに済んだよ。ありがとね」
とりあえず謙遜をしておく。
「気にしないでくれ。一時的とは言えパーティの一員として最低限の仕事をしたまでだ」
「そうね!!」
そうね?
「ボクたちは、仲間が帰ってくるのをここで待ってるよ。また、パーティを組むことになったらよろしくね」
「あぁ、万が一、いや億が一、そうなったらよろしく」
「?」
足を引っ張る仲間は優秀な敵よりよっぽど手強いと言うが、全くその通りだと実感した。
彼女たちの仲間はどうやって彼女たちを制御しているのだろうか。
俺は半日一緒だっただけで胃と堪忍袋に穴が空きそうになった。
俺は顔も見えない彼らの冥福を祈った。
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