最後の一人 後編

 フィーネの物語(3/3)

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 ある時を境にわたしは体調を崩すようになった。

 迷宮に篭って魔物を切り刻んでも、違和感が拭えない。


 寝ている時も体が熱くて落ち着けない。


 その理由には直ぐに気付いた。


 あなたの体が目に入る頻度が増えてきた。

 実際はそれをわたしが意識するようになった回数が増えただけなのは知っている。


 浅ましい欲望が頭から離れない。




 ◆




 その日は機嫌が良かった。

 新しい剣を手に入れ、それを見て、聞いて、触って、振って、それが自分の物になったことに浸る。


『ふふふふふっ』


 あなたが手に入れたアーティファクトは、反則じみた物だったけれど、わたしが本気を出せばどうとでもなる。

 そうやって少し強がりながらも、再び新しい剣の新鮮な感触に頬を緩ませる。


 多分、そのせいでタガが外れたのだ。


『っつ』

『ゴトー、大丈夫?』


 強い酒精の匂いに、思わず顔を顰めた。


『これ…お酒入ってる』

『…なるほど。俺は少しでも入ってるとダメみたいだ』


 具合の悪そうなあなたの姿に不思議と嗜虐心をそそられる。


『ごとー』

『ん?あぁ、大丈夫だ』


 無意識にあなたに魔力を流し込む。

 あなたの中がわたしで一杯になるように、あなたの正気を奪い取るように。


『ごとー、少し寄って』

『あぁ、すまない』


 わたしが引き寄せると、あなたはわたしの懐にぴったりと収まってしまった。かわいい、たべたい。あなたを抱く腕の力を強くする。


 その時は宿で少し休もう、なんて言い訳が心の中でできていた。


 でもあまりにもあなたがおいしそうだったから……勢い余って襲ってしまった。







『……大丈夫か?』

『……ん』


『はぁ』

『ゴトー、ごめ…』

『謝るな!』


 あなたを襲った次の日、わたしは後悔の最中にあった。

 人の意思を無視して、自分の欲求を発散しようとした。

 わたしが最も嫌う行為だ。


 ただ、一線は超えることが無かった。あなたが首飾りのアーティファクトで何やらしていると思っていたが、それはこの時のためだったのだ。


 同時に何でもない事のように解決してしまうあなたを頼りになると思った。用意周到なところはわたしには無い、あなたの強いところだ。

 責任感の強いあなたは怠ける自分を許せない。いつも切り詰めた表情を浮かべているあなたはいつ心を休めているのだろうか。


 あなたはわたしの弱さを受け入れた。

 今度はあなたの弱さをわたしが受け入れる。




 ◆




 あなたと生きるようになって、それまで見えなかったわたしの性質も何となく分かるようになった。



 あなたはよく考えて動く。わたしは動いてから考える。

 しつこいくらいに計画を立てて、策を立ててから動くその性質は徒労となることもあったけれど、わたしの後ろにはそんなあなたが居る事が何より力強かった。だからこそわたしは他の一切合切を任せて最も速く剣を振る事が出来たのだと思う。



 あなたは勤勉で、逆にわたしは面倒くさがりだ。

 迷宮に潜ることで得たお金で買ったわたしとあなたの家には、ギッシリと本が詰まっている。

 魔術や呪術、剣術に及ぶまで時間があればあなたは読み漁る。

 わたしには出来ないけれど、そんなあなたが嫌いでは無い。

 その本の中に、わたしの性質について書かれた本が埋もれていた事もわたしは知っている。



 どうしようもない何かにあった時、あなたは背負って進む、わたしは削ぎ落として進む。

 時折、あなたは失った仲間の話を語る。それだけでなく、あなたは殺した相手のこともよく覚えている。ギルドの職員など、わたしは一人も顔が思い出せない。

 時折、あの肉の玉を呑むあなたが吐きだしそうな姿を見ると、酷く胸が締め付けられる。



 帝国の人間を殺すために、あなたは記憶を消して近づくことにした。

 躊躇無く自分を消すあなたに空恐ろしい物を感じた。出会った時から、あなたは変わっていない。ずっと死にたがっている。


 あなたが記憶を消している間、わたし達は敵となった。


 情が深いあなたは直ぐにその女の懐に入った。

 大きな問題は起きないと言っていたくせに、言い出したあなたが計画を壊しそうになった時は焦った。どうやらあなたはあの女に同情してしまったらしい。


 結局わたしが暴走しかけたあなたを咎めた。


 そんなあなたは…嫌いだ。




 ◆




 あなたが誘発した戦争に参加する最中、強力な術師を仕留めた後の事。


『ん?……フィーネ、こっちを見ろ』

『っ…な、なに』


 あなたが顔を近づけて来たから、思わず受け入れるように目蓋を閉じた。


『……何で目を閉じるんだ、こっちを見ろと言っているだろう』

『…ならきちんと理由を言って』


『……やっぱり。色が少し違うな。進化したんじゃ無いか?それに、改めて見ると少し身長も違う様な感じもする』

『違和感は…あるかも』


 わたしはやっと、過去の呪縛から解き放たれ、剣の魔物となった。




 ◆




 剣の魔物となった恩恵は大きかった。

 筋はさらに強靭に、腱はさらにしなやかにわたしの意思を伝える。

 練り上げた剣術は何倍にも強くなる。

 剣を伸ばし、剣を生やし、敵を断ち切る。初めて剣を持った日の全能感を思い出す。

 長らく忘れていた、指先まで自分の支配下にあるという実感を取り戻した。




 ◆




 遂にわたし達は龍を殺した騎士に挑んだ。

 あの日、あの時にはまさか戦うことになるなんて思いもしなかった騎士を相手に、わたしとあなたは苦戦する。


 苦戦、できる。

 その事実が、わたし達が成長したことを教えてくれる。


 あなたが考え抜いた策は、その全てが聖女を追い詰める。

 わたしはあなたの期待に応えようと、研ぎ澄ました時間を無駄にしないように、ひたすらに剣を振り下ろす。

 そしてあなたの後ろで『声』を使って傀儡に命令を出す。

 聖女は傀儡から放たれる魔術に翻弄されていた。



 終わりは呆気なかった。光の中で聖女と守護騎士が消え失せた。


 守護騎士が蘇った時は焦ったけれど、あなたが得意とする陰湿な策に守護騎士が気を取られている内に仕留めた。



『フィーネ、帰ろう』


 その言葉を聞いた途端、人間を沢山殺したことによる達成感は消えて、言葉に出来ない幸福感に包まれる。


 そうしてその瞬間、本当の終わりがやって来た。


『『希望』は死んだか……。』


 全てを消す、莫大な力の塊がそこに立っていた。




 ◆




 あなたは拾い上げて強くなる。

 わたしは要らない物を捨てて強くなる。


 捨てれば捨てるほど、わたしの剣は速く、鋭くなる。


 脂を削ぎ落とし、肉を切り落とし、骨さえ捨てて。

 最後には刃だけが残ると思っていたのに。



 ——聖女が、手をかざすと、全てが消えていく。

 ——消滅の波動が地面を削りながら迫る。


 ——わたしはあなたをそっと押し出した。



 捨てて、削って、最後に残ったのは復讐でも、怒りでも、そして剣でも無く……あなただった。



 あなたの陰湿な所が嫌い。

 あなたの細かすぎる所が嫌い。

 あなたの情が深い所が嫌い。

 自分の事でも無い話に傷ついてしまう所が嫌い。

 直ぐに怪我をする所が嫌い。

 昔の事をずっと引きずっている所も嫌い。

 わたしを気遣ってくれる所も嫌い。

 わたしに触れてくれない所も、嫌いだ。



 あなたの全部が嫌いで、あなたの全部が……嫌いじゃない。あなたと共に生きることを夢見てしまうくらいには。


 だからこそあなたが、わたしにとって、最初で、最後の一人。


「ゴトー、—————」



 きっと、あなたはわたしの事を引きずって、傷付いてしまうだろう。

 いつか、あなたがあなたを許せる時が来れば嬉しい。わたしはとっくにあなたを許しているから。


 終わるのは怖い。

 けれど、託すならあなたが良い。



 終わっていくわたしから

 あなたの呪われた生に、幸あれ



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