第17話 寝苦しい夜のメソッド

 後になって、リードやマルクス達にも呪術師からの襲撃があったことを知った。

 なんとか退けることはできたそうだが二人共満身創痍だったらしい。


 マルクスは一応神官なので外傷はもう無かった。




 一方俺は、あの後気絶して、動けるようになるまで三日程掛かった。


 丸三日。


 そう、『赫怒イラ』の反動で俺は動けなくなっていた。

 体の節々は筋肉痛と、ヒリヒリと焼けるような痛みが肌を襲った。

 痛みによって、眠りにつく事もできない。


 そんな状態が二日続き、やっと眠れるほどまで痛みが取れてから休息を取り追加で一日。



 久しぶりにベッドから起き上がった時には、体が凝り固まりすぎて驚いた位だ。





 今回勝てたのは運が良かったからだ。

 これまで、ギリギリの場面で負けることが多かったが、今回は偶々それがこちらに傾いただけだ。


 こちらの呪術を封じる術を持つ相性の悪い相手だった。

 しかし、フィーネが足止めの人間を抑えたお陰で、期せずして相手の部下という強みを封じ、一対一に持ち込むことが出来た。


 本来呪術師、魔術師、神官といった後衛職は、前衛あって成り立つものだ。

 だから、もしあの呪術師と対峙した時点で他の冒険者が残っていたとしたら危なかった。多分、死んでいたと思う。


 でも、今回、初めて人間と戦って、勝利した。


 その事実が、今までが報われたようで俺は救われた。




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「…という、訳だ」

「んなるほどなぁ、俺がぶっ倒れてる間にそんなことがあったのか」

「…」


 俺が倒れていたことで、リードとマルクスの二人に説明できる人間が居なかった。ソニアは、殆ど知らないし、フィーネは知ってはいるが無視するので二人は途方に暮れていたらしい。


 まあ、俺も記憶が飛んでいるところはあるが、相手の計画は把握していたので俺の知る限りを説明した。


 二人の下に足止めを兼ねた襲撃があったこと、同様に俺の所にも冒険者が来たこと、相手の目的を察して、ソニアを助けに行ったこと。

 そこで、相手の呪術師と戦ったこと。

 黒ずくめの男たちは、おそらく呪術に寄って洗脳されていたのだろうということ。


「というか、相手多分C級だろ、お前……ホントは結構強いだろ」

「…相手は後衛職一人だったからな、相性の差もある」

「…まあ、仲間だからって全部は言えないよなぁ。それならそれで、俺も負けないからな!」


 そう言って拳を突き出してくる。少し気恥ずかしいが、リードはこういう小っ恥ずかしいのが好きみたいだ。コツりとぶつける。リードはさりげなく手の甲を摩った。痛がるなら最初からするなよ……。




 そして、リードは佇まいを直した。

 机に手を着き、頭を深く下げる。


「妹を、ソニアを助けてくれて、ありがとうございました」


「…気にするな。前に言っただろ、仲間って」


「それでも!!」


「…」


 思わず彼の気迫に押されてしまった。

 端から見ると、普通の仲の良い兄妹だったから、彼がここまで感情を露にするのは不思議だった。いや、もしかすると普通の仲の良い兄妹だからこそ、なのか。


「それでも…大切な、妹だから」


「…っ」


「俺、もし助けられなかったら、俺っ…」


 リードは俺の手を握った。手の甲に額を当てる。


「ありがとう…ありが、とう…っ」


 涙を流して安堵する彼の肩を叩こうとして、右手が無くなってたことを思い出して、彼の手を解き、左腕で彼を抱きしめた。



「助けられて、良かった」


 彼の背中を擦るように軽く叩く。

 俺は助けようと思って助けた訳ではない。寧ろ殺そうとしていた。


 それでも、彼は俺を信じ、妹の無事を喜んでいる。



 彼は子供に過ぎないが、それでも兄なのだ。

 当たり前の事なのに、俺にとっては酷く眩しく感じて、目を細めた。




 ◆




「はは、すまん。さっきの俺のことは忘れてくれ」

「まあ、泣いてる姿を見られるのは、あれだからな」


 リードは頰を掻いて、目をそらした。

 どうやら、男の胸で泣いたことが恥ずかしいらしい。俺も同じ事をしたら悶えてしまう自信がある。

 幸い今は、ソニアもマルクスも外に出ていて、見ていなかった。



 ガチャ



 フィーネが部屋に入ってきた。


「…」

「…」

「…」


 気まずい沈黙が部屋を包む、彼女はコップに水を注いで喉を潤した。

 そこでやっと静寂を疑問に思ったようで、二人を見て首を傾げる。


「?」

「ああー、俺ギルドに用事あるんだったー」


 そう言って白々しい言葉を吐いたリードは、直ぐに部屋に戻って行った。



 家を出るリードを見送ったフィーネは、やがて俺の前の席に座ると、ポケットからあるものを取り出す。

 それは普通のネックレスのようだったが、何か見覚えがある…。


「あ、ソニアの首に掛けられていたものか」


「…ん」


 彼女は頷くと、それを俺に渡した。


 あの呪術師は人を人形のように隷属させた状態で使役していた。

 それが呪術ではなく、道具によるものだとすれば、戦闘中に隷属の呪術を使ってこなかったのも筋が通る。

 おそらく、このネックレスを掛けさせた上で条件を満たせば、相手を隷属できるのだ。



「使い方はわかるか?」

「……」ふるふる


 まあ、試行錯誤して探って行くしか無い、か。

 ネックレスをポケットに入れる。




 ◆




 その日の夜。


 これまでずっと寝たきりだった所為で、うまく眠れず夜中に目が覚めた。


 こういう時は、無理に寝ようとせずにただ、瞼を閉じているだけでも睡眠と同じ効果は得られると何かで聞いたことがある。


 窓から月の光が入ってくるのが瞼の裏から薄っすら感じられる。


 今は日を跨いだ頃だろうか。



 ——カチャ



 俺達の部屋は一つの廊下で繋がっており、誰かの身に何か起こればすぐに駆けつけることが出来るようになっている。


 トイレか、水でも飲むのだろう。


 そう思っていたら、足音が俺の部屋の近くで止まる。



 カチャ



 ドアが開き、誰かが入ってくる。

 ゆっくりと音を立てないように歩み寄ってくる。


 ぎし、ぎし、と小さく床が擦れる音がする。

 やがて俺の隣でその音は止まる。


 取り敢えず、侵入者を確認しようと、薄目で除くと、暗闇に月の光で少女の顔が浮かび上がっていた。



 フィーネだった。


 いつもより更に眠そうな目で俺を見ていた。

 何か話したいことでもあるのだろうか。

 それとも、俺の寝首を掻こうとでもいうのだろうか?


 俺は万一に備えて、分からないように身構える。


 一分が経ち、二分が経ち、それでも彼女は何の行動も起こすことは無かった。



 結局、5分ほど彼女はその場にいたが、俺に話し掛けること無く部屋を出た。


 彼女に驚いた所為で、完全に目が覚めてしまった。





 本当に、何なんだ……。





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