第16話 ブラインドはあなたの命
ゴトーは腰を深く沈め、地面からの反発を受けて飛び出す。
反動で瓦礫が少し減り込む。
咆哮を上げながら、ストロケンにぶつかる。
「がああアアアアああああ!!!」
「っち」
ゴトーの突然の登場に驚いていたストロケンだが、直ぐに杖を間に挟むことで彼の左手の手刀を防ぐ。
それでも勢いは止められず、部屋の壁際に背中から押さえつけられる。
「固有呪術か、初めて見たけど、面倒ですね」
報告されていた彼の実力よりも遥かに上を行く膂力と、禍々しい魔力をそう結論付けたストロケンは杖に魔力を込める。
「『
それは一瞬部屋を照らし——
(はっ、今、何を)
気づくとゴトーの呪術は解けて、理性も元に戻っていた。
慌てて状況を把握しようとするが、目の前には見た事のない優男がこちらを睨み付けて、杖を振りかぶっていた。
「っぅご!」
頭を殴られて床を転がる。額から血を流しながら、記憶を遡る。
(確か、ソニアを追って建物に入ったところまでは覚えてる)
ゴトーの記憶はそこで止まっていた。
ゴトーが周りを見回すと、白髪の少女、ソニアと目が合った。
(どうする?記憶が無い間に致命的なことでも口走ったかも知れない。殺しておくか)
しかし、ストロケンはゴトーに狙いを定めており油断できない。
(先にこいつを仕留める)
ゴトーは体内で魔力をぐるりと回す。
「『
薄い影がストロケンを覆うが、手応えは返って来なかった。
「ふふ、格下の呪術が通じるわけが無いでしょう」
余裕を取り戻したストロケンは杖に魔力を込めると、
「『
重量増加、
「『
弱体化、
「『
そして、追加で肉壁代わりのスケルトンを召喚した。
ストロケンの周りの黒く染まった地面から白骨化した腕が生え、10体近くのスケルトンが現れる。中には骨で出来た棍棒や、尖った杭の様な物を持った個体もいた。
ゴトーは呪術を受けるという久しぶりの感覚に戸惑いながらも、せめて自己強化だけでもと呪術を施す。
(日に二度も使いたくは無いが)
既に一度目の使用により体は異常な程の倦怠感を訴えていたが、こいつさえ殺せば休めるはずだ。
「『
体が赤く染まり、目も充血する。
全身が戦闘に最適化されていくが、脳の奥から染み出すような僅かな高揚感に体を乗っ取られないように理性を保つ。
感覚が鋭敏になったところで、自身の鼻から血が流れ出ていることに気付いた。
(これは後遺症も怖いな。でもこれで、)
そうゴトーが考えた時、ストロケンの杖が光った。
「『
ゴトーは忘れているが、本日二度目の『
それによって、ゴトーの思考に空白が挟まる。
(——ん?『
今度は記憶までは消えなかったが、かけたばかりのはずの呪術が霧散していた。
この呪術は文字通り忘却、つまりはスキルや魔術、呪術の発動を忘れさせ、制御を手離させる。
レジストに失敗すれば発動中の技能は全て無に帰す。
自身を強化して戦うタイプのゴトーには相性最悪の呪術だった。
残ったのは二重のデバフと、スケルトンの壁。
さらには、
「『
睡眠を誘う呪術がゴトーを包む。
ほとんどはレジストされ思考を阻害する程度に収まるが、これもゴトーにとっては煩わしかった。
「ゴトーさんっ!『
そこに、ソニアの白魔術が飛んでくる。彼女は自身の体調を整えるために、神官系のクラスに付き白魔術を覚えていた。
しかし、それでも呪術をかけたストロケンよりも遥かにレベルが低いために解除には至らない。精々軽減される程度。
ソニアは、これまでの疲労もあり、その場に倒れ込んだ。魔力が切れたせいだ。
ただ、幸いなことに召喚されたスケルトンは、駆け出しの冒険者と同等かそれ以下の強さみたいで、全てを塵に返すまでにそれほど時間は掛からなそうであった。
2体目の核を潰したところで、ストロケンの呪術が飛ぶ。
「『
痛みを何倍にも増やす呪術。拷問用にも使えるが、戦闘においてもダメージを与えることで相手を鈍らせることができる。
ゴトーは体験するのは初めてだが、その呪術の存在はギルドの資料で知っていた。
だからこそ気付いた。
(このタイミングで、ということは)
「『
どうにかして避けられないか、と思ったものの、発動までのラグがほとんど無いためか、躱すことは出来なかった。
『
『
この二つを組み合わせることで、0の痛みから10を発生させることが出来る。
「っぁあ”あ”あ”あ”あ”ア”ア”ア””!!!」
これまでに感じた事のない痛みが、全身を打ち据える。
全身の骨の神経を啄まれるような鋭い痛みが体の動きを鈍らせる。
そこに、たまたまスケルトンの攻撃が当たる。
「がぁアア”ア”!!」
痛みに喘ぐ。
既に戦闘に集中していたゴトーの体内ではアドレナリンが分泌されていたがそれすら上回るほどの激痛。
傷は殆ど無い。それでも、何度も叩かれれば体力は削がれるし、血も出てくる。
「あははははは、王子様気取りで助けにきて、こんな無様に負けを晒して、まるで道化じゃないか!!あははははは」
時々男が鼻に付く声で煽りながら、幻痛を与えてくる。
(痛い)
頭を殴られそうになって、首を振って避け、肩で受け止める。
(痛い)
骨杭が前腕に僅かに刺さる。がすぐにそれを掴む。
(痛い、が)
スケルトンを引き寄せ、膝で胸骨ごと核を砕く。
「お前の痛みには、芯がない」
続くスケルトンも攻撃を受けながら破壊していく。
攻撃を受ける毎に呻き声を上げるが、ゴトーの攻撃は止まらない。
時には受け流し、痛みを最小限にしつつも、耐えるところは耐える。
そうして一体ずつ砕いていって、
残ったのはゴトーと呪術師のみだった。
「なっ、『
痛みによって、体は鈍る。
思考も掻き乱される。
それでも、体が凍るような恐怖は感じない。
命に迫るほどの殺気は感じない。
「俺を殺したいなら、命を賭けろよ呪術師」
「
ギリッと、ストロケンが歯嚙みする。
「調子に乗るなよ、つい最近登録したばかりの癖に。僕はLv25、お前程度レベル差で圧倒できる!!」
「お前に出来るか?引き籠もり」
「舐めるな!!」
そう言ってストロケンは杖を突き出す。確かに、その動きはゴトーよりも早く、クラスによる補正を含めても身体能力において倍する程の差があった。
しかし、当たらない。
突いて、振り下ろして、払って。
全ての攻撃をゴトーはヒラリと避ける。
ストロケンは怒り狂って我を忘れ、動きに精彩を欠いていたのもある。
だが一番の理由は、これまで近接戦の経験が無かった事。
人形を嗾け、時間を稼いでいる間に、バフとデバフを盛り痛みによって相手を制圧する。それが彼にとって絶対の策だった。
しかし、人形は既に潰され、代わりのスケルトンは非力で直ぐに消え、痛みは通じない。
いつの間にか追い詰められていた。
「くそっ、『
このままでは不利だと悟ったストロケンは理性の一部を手放す事でさらに身体能力を上げた。
が、
(見え見えだ)
さらに直線的になった攻撃は、ゴトーにとって避けろと言わんばかりの物だった。
(次は突き……払い、また突き)
そして、相手の動きに目が慣れてきて、次の攻撃を避けたら、そろそろ仕掛けようとした時だった。
ストロケンの目線が、ゴトーの横にズレた。
その先を辿ると、白髪の少女。
(!!!)
思考を挟まずに杖の軌道上に左腕を置いた。
掌を貫通する杖の先。
『
ゴトーの脳が痛みの信号で埋め尽くされる。
ストロケンの顔が悦びで歪む。
(油断したな)
歯を噛み締める。思考はもう要らない。
痛みを無くしたいなら目の前の敵を殺せ、そう脊髄に刻んだ。
(命を賭けろ、そう言った筈だ)
貫通した杖をさらに奥に押し込みながら、ストロケンに踏み込む。
許容量を超えた痛みが脳内でバチバチと暴れ回る。
それでもさらに踏み込む。
そして呆けた男の喉笛に噛み付いた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
依代から受け取った『きば』はその役目を果たし、男の命を噛み砕いた。
ドクドクと脈を打つ太い血管を引き裂く。
男は尻餅をつき後退る。
パクパクと喉を抑えながら何かを喚くが声は出ない。
慌てて腰元から試験管を取り出すが、それに気づいたゴトーがその腕を踏み付け動きを封じる。
(何だこれは、薬か)
試験管の中では薄い青色の液体が揺れていた。
ストロケンは暴れて、試験管を取り返そうと喉から血を噴き出しながら残った手を伸ばしてきたが、引き抜いた杖を仕返しに手の平に刺して地面に縫い留める。
高レベルの冒険者だけあって、生命力は強く、その状態で3分近く意識があったが、やがてその呼吸が停止する。
「賭けは俺の勝ちだな」
そう言って首元の髑髏を手に取った。
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今回の成果
呪術師ストロケンの『こころ』
◆ Tips ◆
通常頸動脈をナイフで切った場合、失血死まで約12秒程かかる
◆◆ステータス情報◆◆
ストロケン・モーズ Lv25
クラス
上級呪術師
保有スキル
呪術Lv7
靭魔Lv3
靱心Lv2
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