第15話 赤鬼


ソニアを拐ったものたちは、E級上位といったところか。俺とフィーネの下へ送られたものたちよりは見るからに動きが悪い。もしかすると、魔力量の関係で敵の『憤怒ラース』を掛ける程余裕が無いのだろうか。



俺は物陰から、ソニアが建物の中へと運び込まれる様子を眺めながら考えていた。


(今、ソニアを助ける事に意味はあるだろうか)



俺としては自分の手で彼ら彼女らを手にかけることは避けたい。

それは精神的な理由ではなく、間違いなく俺が疑われるという実利からだ。


ただ、それが明らかに他者の手によるものなら問題は無い。

それで万が一疑われても、どうとでも言い逃れはできる。やってないからな。

襲撃も無くなり、微々たる強さだがソニアを呑むことが出来る。



それならば見殺しにするか。




(いや、襲撃がある方が俺にとっては都合がいいか)


そう思い直した。


むしろ、ここは行くべき時だ。


襲撃?上等だ。全て呑み込んでやろう。




俺はゆらりと立ち上がると、扉を守る見張りに近寄る。


「……『赫怒イラ』」


「…」


無拍子で呪術を発動すると、膝を蹴り砕き、下がった首を捻る。


無言のまま、地面に崩れ落ちた見張りは目を見開いたまま息絶える。


死体を正面から退けると、扉を開ける。

仲間割れを呪術によって誘発できない以上俺にできるのは、自己強化を施した上での正面戦闘ぐらいである。



(1、2、…5人か)


「…」


俺が入って来るまでは、その場でじっと立っていた男たちだが、俺の姿を見た瞬間各々が武器を構える。



まず、槍持ちの懐に入り込む。

少しだけフィーネの歩法を意識した深めの踏み込み。


相手の視覚は追い付かずに俺を見失い、その間に俺は槍を奪い、同時に両腕を捻った。


同時に槍使いの背後に回り込み、襟を掴む。


直後に放たれた周りの冒険者からの攻撃を、掴んだ槍使いの体で防ぐ。



斬撃や刺突だけでなく、中には魔術まで混ざっていた。

なんて残酷な奴らだろう。


俺は彼らの中の一人に冒険者を蹴り飛ばすと、二人一緒に奪った槍で貫く。



跳び膝蹴りを入れて剣士の胸を潰し。


木の盾ごと貫いてもう一人を仕留め。


最後に魔術師を捻った。



流石に暴れたので、追加の冒険者がやって来る足音が聞こえる。


俺は、首に吊るした髑髏を握ると、


「『捧げよ、さすれば与えられん』」



死体と引き換えに掌に現れた肉をかじる。

この後の戦闘に備えて、なるべく吸収しておきたい。


——美味い


『うで』『あし』『うで』『あし』『こころ』


代わりとでも言うかのように喉奥から何かが込み上げてくる。


「ぉえ」


地面に血が飛び散る。

赫怒イラ』の反動だろうか。昨日も使ったばかりだし、多用しすぎるとロクなことが無いようだ。


ただ、今は使う他ない。

バフが無いと多人数相手は自殺に近い。一撃で仕留め続けないと、攻撃を食らって、動きが鈍り、負の連鎖で直ぐに致命的なミスを犯すことになる。



廊下に進むと、向こうから数人やって来る。



右肩で突進する。左手で襟を掴み、地面に頭を叩きつける。脳漿が飛び散る。


壁を使って三角跳び、側頭部へ蹴りを入れる。反対の壁にそのまま叩きつけられて、そのまま俺の足と壁で挟まれて頭だけがスリムになる。


「『捧げよ、さすれば与えられん』」


すぐに、呑み込んだ。


『て』『あし』


目の前に迫った剣士の喉を引きちぎる。


後ろからの切り払いを避けると同時に、後ろの男の胸を蹴り砕く。

衝撃で壁に跳ね返った所に喉への貫手。


「『捧げよ——」


喰う。


『うで』『うで』



魔術師の眼窩に指を突っ込み、指を掻き回す。


『捧げよ——


喰う。


『あたま』



組み付いて、噛みちぎる。


喰う。


腕をちぎる、投げる、貫く。


喰う。


殺す。


喰う。


殺して、喰う。


ころして、くう。


くう、ころす、ころしたくってころす。


くいながら、ころす


ころしながら、くう


くいながら、ころしながら、たべながら、うばって、こわして、さいて、なぐって、ぶつけて、ねじって、さして、ちぎって、とって、ねじって、ねじってねじって


くう





血の匂いに酔ったように、高揚が抑えられない。


目に付く人間の首を力づくで引きちぎる、まるで鬼か何かにでもなったような怪力。


少しの攻撃なら意に介さなくなった。


剣で傷を受けながら、腕をもぎ取り、喉を貫いた。


殺しては吸収し、吸収しては殺していった。


呪文を唱えるのすら面倒で、一部はそのまま食べた。


「うまイ」


脳が痺れたように電撃が走る。

このまま血に塗れて暴れ続けることが出来たら、きっと愉しいだろう。

口を拭った。




「?」


でも、何か忘れている。


どこかに行かないといけない。


どこだろうか。




血塗れの廊下をフラフラと歩く。


扉の開け方を忘れて、拳で蝶番ごと破壊する。


ここじゃない。



また扉が見える。


その前には俺のとこまで来なかったが立っていて、きっとここがなんだろうと思った。


「〜〜〜〜」


声も聞こえた。


扉の前の男ごと扉を蹴破る。



煙が晴れると、地面に押し倒されている白い少女と、杖を持った黒い男が目を見開く。



「あァ、ここか」



目的は忘れてしまったが、思考の中に残った冷静な部分がそう言っていた。






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こんかいのせいか


『うで』×9

『あし』×6

『こころ』×2

『あたま』×2

『て』×1

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