第12話 敵対


次の日、俺とフィーネは再び街の外まで来ていた。


昨日のフィーネとの戦闘の後で気になったことがある。


『フィーネは魔物を殺せるのか』


彼女は俺との戦闘の時にゾンビを切ることをためらった。

それによって俺は彼女の目的を察することができたが、俺が魔物を殺すことにも抵抗があるならば流石に支障が出てくる。



彼女に聞いたところ、答えは半分Yes。


アンデッドの一種であるバンシーだが、同じくアンデッドを殺すことには抵抗を覚えるようだ。それが魔物としての本能か、培ってきた価値観からかは分からないが、元が人間であっても切ることは出来ないそうだ。


俺もゴブリンを殺すことは出来ない。

ただそれは種族故にでは、絶対に無い。

俺の信念によって殺さないと決めたからだ。



とりあえず、二人の間で「アンデッドとゴブリンは殺さない」と取り決めた。

これに関してはそれぞれの前だけの話ではない。

俺はアンデッドを殺さないし、フィーネもゴブリンは殺さない。



フィーネが魔物を殺せることが分かったので、現在は習慣となりつつあるオーク狩りに向かっていた。

俺がオークを殺す様子を見たフィーネは悍ましいものを見る目をしていたが、ゴブリンとオークが全く違う種族であり寧ろ敵対していることを伝えると納得したようだ。


オークとゴブリンが仲間な訳ないだろ。

あいつらゴブリンを歩くサンドバッグだと思ってる節があるんだから。


どうやら、フィーネからするとオークとゴブリンは似たように見えるらしい。


俺からするとフィーネも人間と見分けが付かない。


そう口に出した瞬間にサーベルが眼前にあった時は肝が冷えた。

少し調子に乗りすぎたらしい。



そんなこんなで次なるオークを探して森の中を歩いていたら、右側の樹木の一つが大きく揺れる。


「トレントだ」


初めて見たが、動かないはずの木が動いているのを見るとだまし絵を見せられたような違和感が凄いな。

トレントは俺達を獲物とみなしたようで、自身の枝を叩きつけ俺達を押しつぶそうとしてくる。


それを見たフィーネが枝の前へと歩み出る。


「…ん」


光が走り、振り下ろされた枝がその勢いのまま地面へと落ちる。


まるで彼女の周りに結界でもあるかのように、近づく枝はすべて切り捨てられる。

またたく間に枝の全てを失ったトレントは、続いて自身の根による攻撃に切り替える。

剣では迎撃出来ないと考えたのだろうが、その思考に至るまでがあまりにも遅すぎた。


そこは既に彼女の間合いだった。



サーベルを腰の高さで後ろに切っ先を向ける、鞘は無いが居合の構えである。



そして、時間を削り取ったかのようにトレントの目の前に現れた。


驚いたトレントが自身の近くで根を突き出す。

フィーネはそれを、トレントの幹を蹴って後ろに飛び退いた。


トレントはそれを追うように根を伸ばすが、そこで視界が二つに分かれた。


先程トレントの目の前に現れた時には既に切られていたのだ。


ソロで倒せればほぼD級と言われる魔物をここまで簡単に倒せるとは。



「速い」


やはり、あの時斬撃の出だけでも見えたのは、呪術によるバフとデバフが効いたからだろう。まともに戦っていたら今頃真っ二つでゾンビにでもなっていたことだろう。


これで確信した。


間違いなく彼女は強い、俺よりも。

力ではなく、技で。



人間というレベルを上げるだけで力が上がり、スキルによって技を身につける奴ら相手に依代による力の増強だけではいつか追いつけなくなる。


俺に最も必要な技、彼女はそれを持っていた。




 ◆




俺はトレントを解体しながら彼女にこれからの予定を話した。


「昨日俺がフィーネと会った時に居た奴らが居ただろ?」


「…ん」


彼女は、手元のサーベルを手入れしながら反応を示す。

返事する程度なら喉は酷使しないらしい。

紅玉のような瞳が刃を映している。


「おそらく、そいつらが近いうちにもう一度やって来る筈だ」


D級が居なくなった事件に対処するなら、少なくとも居なくなった人間よりも強い人間が動いているはずだ。

そして、おそらくそいつが手駒を差し向けた。


この街にいる最高位の冒険者はB級、ただその数は数人と少ない上にD級の事件に対してB級が動くことは考えづらい。

だから、C級が相手であることを想定する。



そして、そんな奴らが狙うならば、二人で行動しているリードとマルクスよりソロの俺のほうが与しやすい。


結果、俺が襲われ、返り討ちにした。

少なくとも向こうはそう思っているはず。


ならば間違いなく報復に来る。


「おそらく、前よりも強力な冒険者が来る。最低でもD級の上位だ。そいつらを叩き潰す。できるか?」



フィーネは刃に息を吹きかけると、トレントの切り株から立ち上がり、軽くサーベルで空を斬る。静かで、それでいて無駄のない一振り。




全て斬り伏せる


そう言っているように見えた。




——————————————————————————————




「うっし。マルクス、頼むわ」

「…空間収納ストレージ


緑髪の少年、マルクスがスキルを発動すると、眼前にあったオークの死体が何も無かったかのように一瞬で消える。

空間収納ストレージというスキルは大体10人に一人は持っている程度のありふれたスキルではあるがその能力は強力である。


それは、ある重量までの無生物を異空間に収納する能力である。


限界となる重量は本人のレベルや個人の適正によって異なるが、マルクスの空間収納ストレージの限界は既に200kg以上ある。


オークが丸々二匹入る程度だ。



今回も依頼によってオークの群れを狩ることになっていたのだが、流石に全てのオークを空間収納ストレージに収めることは出来なかったので、代わりに討伐証明部位である耳を切り取って、異空間へと放り込んだ。



残りは森の中にでも捨てて帰ろうか、というところで彼らとは別の冒険者が近くを通る。ひどく静かな黒ずくめの男達だった。

一人は剣のみ、一人は剣と盾、一人は槍を装備する三人組だった。


「……」



その目は虚ろで、感情を何処かに落としたかのようだった。


リードが彼らとマルクスとの間に陣取り、直剣を中段に構える。



(昨日、ゴトーが言ってた奴らか。それにしても不気味だな)


「これ以上近づけば、斬るぞ」


「…」


彼らは一度止まり、顔を見合わせたかと思うと、剣と杖をそれぞれに抜いた。

この瞬間、戦いが始まった。



「マルクスっ!!」

「〜、頑強ハードニング


少しの溜めの後に、身体硬化の白魔術がマルクスへとかかる。


リードとその近くに居た剣持ちが衝突し鍔迫り合いの姿勢へとへと移行する。

相手のほうが力が強くリードは押され気味だった。


黒ずくめの男達はD級中位の実力はあるだろう。


「…筋力強化ストレングス


少し遅れてマルクスから強化の白魔術が飛び、リードを援護する。


だが、こちらは二人、それも前衛は一人であるのに対し向こうは前衛三人。

一人と互角であるリードが三人を相手に立ち回るのは無理な話だった。



鍔迫り合いをしていた剣士が横にずれるとその後ろに槍士が構えているのが見えた。その切っ先は銀光を纏っており、間違いなく武技の予兆だった。


(まずいっ!!あの構え……『スラスト』か)


慌てて、剣を胸元に構えガードをするが、槍士が狙っているのは胴体ではなく、顔面。


無言で繰り出された一突きを、リードは首を傾け、攻撃範囲から逃れようとするが、マルクスの白魔術による援護を貫通して、リードの左耳を武技が貫いた。


「ってぇな」


アドレナリンによって痛みを忘れているリードは、そのまま剣を突き出そうとするが、これまたすぐに槍士が引き下がる。


後ろには、これまで後ろで控えていた盾を持った剣士。

その剣は銀光を纏っていた。



「まじかよ」


剣士の溜めに溜めた一撃を前に、リードは急いで防御を取った。

点での攻撃ではなく、線での攻撃ならば先程よりも防御は簡単だと判断したのだろうが、その一撃に込められた力は彼の想定を上回っていた。


横薙ぎの一撃がリードを襲う。


「ガはっ!」


武技と自身との間に剣を差し込んだが、威力を殺すことは出来ず、砲弾のような勢いで血を吐きながらリードは真横に吹っ飛ぶ。



「!!」


それまで、リードの援護に回っていたマルクスだったが、この瞬間、彼を守るものは居なくなった。


だが彼はリードの生存を疑ってはいなかった。


その証拠に、杖を構えた彼の顔には、恐怖は少しも混じっていない。


神官や魔術師はほとんど後衛として戦うために、直接戦闘は苦手とされる。

実際それは正しく、そういったクラスには武器スキルに対する補正を受けることは無い。


だが、それでも魔術師のみのパーティや彼らのような人数の少ないパーティでの魔術師は、否が応でも白兵戦を行う時がある。


そのため、マルクスは杖術の研鑽を積んでいた。

まだスキルは生えていないが、白魔術も使えば時間を稼ぐことはできるのかもしれない。


「…」

「…」


両者の間に無言の時間が流れる。黒ずくめの冒険者たちはジリジリとマルクスへ間合いを詰め、マルクルは杖を男達へ向けたまま少しずつ下がる。


痺れを切らした男の一人が、剣を上から振り下ろす。


「っ!っグ」



杖で受け流そうとしたマルクスだが、直前で軌道を変えた斬撃によって衝撃の全てを受け止めることとなり、背後の木に叩きつけられる。


背中への衝撃により眼前がチカチカと明滅し、痛みに思考が塗りつぶされる。


その間も視界の端では、男が追撃を加えようとする様子が見えた。



ここまでか、済まない。






「どけぇええええええ え え え え!!」


そう思ったところで、叫び声が森に響く。

白い何かが迫ってきていたその勢いのまま男の腹へと飛び蹴りを食らわせる。


そのまま白い何か、リードが突っ込んできた槍士へと踏み込む。

その速度は先程よりも高速で、相手に攻撃の隙きを与えなかった。


リードの攻撃を柄で受け止めようとするが、怪我をしているとは思えないほどその一撃は重く、鋭い。

槍士も反撃に移ろうとするが、ピタリと懐にくっついたリードに距離を離すことが出来ず、苦戦している。


その間も、リードは突き、袈裟斬り、逆袈裟、と一撃ごとにその速度と威力を上げていく。


遂に防御が追いつかなくなった槍士に袈裟斬りを与えるとその場に崩れ落ちて動かなくなった。


「はは、成り立ての、D級相手なら、なんとかなる、とでも思ったか」


リードは先程の連撃で上がった息を整える。







「お前ら、無事に帰れると思うなよ」


白いオーラを立ち上らせたリードは右手に持った剣を構えた。





 ◆





四半刻が経った後、そこにあったのは、倒れる三人の男と…。


二人の傷だらけの少年だった。

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