第11話 顔合わせ

 バンシー、と言われる魔物がいる。


 彼ら、いや彼女らは女性の姿をした魔物だ。

 アンデッドの一種と言われているが、本当にそうかは分かっていない。

 死体が復活してバンシーになるわけでもなく、体が透けているわけでもない


 見かけは人間そのものであるが、絶対的に人間とは異なる特徴がある。



 それは、その声だ。



 バンシーという名の通り、彼女たちは人間の精神を冒す叫び声を上げるのだ。

 これはバンシーが持つ能力、いわゆる魔法、と呼ばれるものだが、これは声帯が魔術具に近い性質をもっているからだ。


 つまり、これが壊れてしまえば驚異ではなくなる。



 残るのは見かけは人間の無力な女性だけである。



 そんなバンシーを捕まえ、声帯を傷付け、奴隷として売り払う。


 法の外にある奴隷がどんな目に遭うかは、想像が付くだろう。

 バンシーの数は急激に減っていった。


 彼女が逃げられたのは、他の仲間よりも特別な力があって、運が良かった。

 ただそれだけの理由だ。

 彼女が人間を恨むのを無理からぬことだ。




 つまり彼女は、バンシーで元奴隷である。




 ———————————————




 彼女は喉の痛みに耐えながら掠れた声でそう述べた。


「そうか」


 ただそれだけを返した。

 分かる、とも、許せない、と同情することも、逆に、大したことではない、とかろんじることも俺にはできない。



 俺だって、自分に起こったことに付いてどうこう言われると心底腹が立つだろう。


 俺と彼女にできることは、それぞれの目的に寄り添うことだけなのだから。


 俺は彼女の目の前で、彼女が殺したものの死体を肉塊に変換し、食べてみせた。


『あし』


 今回は予想通り一人分しか得られなかった。一目見た程度ではだめなようだ。

 彼女は目の前の光景に驚いていたが、俺の目的を伝えると納得したようで、彼女は俺の仲間となることを受け入れた。


「これから、よろしく」


「…」ふるふる


 俺は手を差し出したが、彼女はそれを拒否する。

 どうやら、馴れ合う気はないと言いたいらしい。


 ただ自己紹介は必要だろう。


「俺はゴトー」


「ふ、ぃ、ね」


「フィネ、いやフィーネか」


 コクリと頷いた。




 ◆




 街の門は「他の街からの冒険者を助けた」で通した。

 ギルド証が無いことに違和感を持たれたらしいが、落としたことにしてこちらも通した。案外ザルである。


 そして、ギルドの受付で依頼の完了を伝えると、彼女の登録を行おうと考えたが、無理なことに気づいた。

 彼女はどう見ても15歳未満であり、俺も既にいないとはいえ後見人によって身分を保証されている身であり、後見人になれるはずもない。



 まあいい、俺が依頼を受ければ良い話だ。


 フィーネの登録を諦めると拠点まで戻ることにする。



「フィーネ、ここが俺の拠点だ。俺の他にも人間がいるが、絶対に手を出すなよ」


「……」こくり


 流石に俺の周りで失踪が多発すると、怪しまれる。

 次に狙うとしたら、先程のような俺を闇討ちしようとする人間たちだろう。


 そういう奴らを、なるべく足がつかないように喰らうのだ。



 補修された拠点のドアのベルを鳴らすと奥から駆けてくる音が聞こえる。


「おかえりなさい、ゴトーさん。…と、後ろの方は」

「あぁ、ただいま。この子は、フィーネ、今日から俺とパーティを組む」

「…」

「フィーネは喉がやられていて、声がほとんど出ないんだ」

「そうなんですね、それは大変な…。えと、フィーネさん?これからよろしくお願いします」

「…」

「フィーネさん?」

「…」


 先程から、フィーネはそっぽを向いたままである。

 どうやら人間とコミュニケーションを取ることもしたくないらしい。



 という訳で、拠点の無口率が増えた。




 ◆




「という訳で、新たな仲間の加入と、ついでに俺とマルクスのD級昇格も祝して乾杯だ!!」

「「乾杯!」」「「…」」



 リードの音頭に合わせてコップを掲げる。

 流石にフィーネもここでは空気を読んでコップを掲げる。

 乾杯と言ってもジュースである。我らのアルコールリテラシーは高いのである。


 彼らにとってお酒とは『大人だと美味しくなる』飲み物のようだ。

 確かに俺も前世の子供の頃に飲まされたお酒は苦くてとても飲めたものじゃないと思った記憶がある。



「仲間、と言っても俺達は同じパーティでは無いだろう」

「まあな、だけどよ。パーティだけが仲間って訳でもない、だろ?」


 戦うならば確かに数は多いほうが良いな。

 なら、なぜ一つのパーティに10人も20人も詰め込まないのか。

 俺は一度疑問に思ったことがある。


 答えは、経験値が分散するからだ。


 経験値は同時に戦う人数に反比例する。

 だからなるべく少人数で戦うほうが効率が良いのだ。


 そして、効率と安全のバランスが取れる限界が5〜6人程度と言われているのだ。


 ただ例外的に、パーティでは相手にできない強大な魔物を相手にすることになったとき、パーティを越えたオーバーパーティのアライアンスと呼ばれるチームを組むことがある。



 リードがそのことを言っている訳では無いのは分かっているが、彼らがピンチにある時、俺は命を賭けてまで助けることがあるだろうか。



「というか、試験、合格したのか」

「楽勝だったぜ」


 大した事無い様に言うリードだったが、確かに見えるところに傷は一つもない。

 マルクスも同様だった。


「すごいな」


 リードが剣士で、マルクスが神官だったはずだから、昇格試験はパーティで戦うのだろう。そうでないと神官だけでは昇格は余程レベルが無いと合格できなくなるからな。


 冒険者として登録して時間があると言っても、まともに活動できたのはここ最近のはずなのに、思ったよりも早くD級に昇格したことに俺は素直に驚いた



 そして、俺も墓場で初めてアンデッドに遭遇したことを話したが、どうやらゾンビの対処方法も、胸から出てきた赤い石についても知っていたらしい。

 赤い石は、ゾンビとスケルトンの素材として買い取りできる部位らしくそこそこ良い価格らしい。魔術具の材料として使うことができるそうだ。


 リードからも昇給試験についての情報を聞いた。


 夜が更け、俺達はそれぞれの部屋へと戻っていった。



 あ、墓場で襲撃を受けたこと伝え忘れてた。




 ◆




「襲撃を任せた彼らが帰って来てない、と」


「は、はい」


「E級とは言えパーティ一つが返り討ち、と」




「役立たずが」


 そう言うと、黒髪の優男は手に持った杖で強く床を打った。


「僕の手下に無能は要りません。そして、無能に脳みそは必要ありません。分かるかな?」


 杖の先を敗北を報告した男の頭に押し当てる。

 その意味を察した男は、額から汗を流すと慌てて言葉を紡ぐ。


「も、もちろんです!俺がガキ潰してみせます」


「良い返事です」


 黒い男は生徒の正解を喜ぶ教師のような柔らかい笑顔を浮かべた。


「僕も、貴方が失敗しないように手助けをしましょう」


「手助け、ですか?」


 男は嫌な予感がした。

 が、目の前の優男にさからえば問答無用で死である。

 黙って、黒い男が懐から取り出されたネックレスをされるがままに首に掛ける。


 眼の前の男が魔力を動かしたのが分かった。


「あの、k」


「『落睡スリープ』」


 強制的に睡眠へ誘う呪術。



 男は意識を失う直前、優男の背後にいるが目に入った。


 そこには虚ろな目をした人間が整然と並んでいた。




「人形でも差し向けますか」


 優男、ストロケン・モーズは呟いた。




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今回の成果

盗賊の『あし』



◆Tips◆ 冒険者のランクについて

E級は駆け出しと呼ばれる。〜Lv10

D級は下級冒険者とも呼ばれる。〜Lv15

C級は中級冒険者とも呼ばれる。〜Lv25

B級は上級冒険者とも呼ばれる。〜Lv40


右のレベルは明確にそう決まってるわけではないです。

Lv8のD級も居ますし、逆にLv17のD級も居ます。

冒険者ギルドのランクは、あくまでその実力について保証するもので、レベルは実力を保証する訳ではないですからね。

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