第8話 魔術教本
街の名前決めてなかった。
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この街、レトナークは結構大きい。
南北に僅かに長く、半径数キロの楕円となっている。
それが10メートル程の壁で囲まれており、堅牢とまでは行かないまでも町というより街という感じだ。人口も数千に及ぶ。
冒険者も少なくとも数百人はいるようだ。
割合で言うと10分の1だが、これだけいれば大抵の魔物を片付けることができるだろう。
そして、その中の半分はD級冒険者である。
俺が以前いた森に襲撃した者達、ルフレイフと言う男が率いていた冒険者パーティはD級であった。
数百というゴブリンの群衆を奴らは十数人で殲滅できるのだ。
そんなD級が100は下らない数がいるのだ。
はは、本当にやってられない。
さらにその上にC級、B級、A級ときて頂点にS級と続く。
A級以上はもはや人外と言っても良く、戦うだけで周りに被害が出るらしい。なんとはた迷惑な。
そしてS級となればもはや存在が災害であり、国に一人いるかどうか、というレベルの希少度である。S級がいるだけで国家間のパワーバランスが変わるほどに重要な存在らしい。
この街にいる冒険者はB級が最大らしいが、それでも俺からすれば雲の上である。
そんな俺が現在何をしているのかというと、
「『
魔術の勉強をしていた。
最近は収入が増えてきたので、思い切って『ゴブリンでも分かる!初級魔術』という本を買ってみた。流石にこれを書いた人間も本当にゴブリンに読まれるとは思ってないだろうな。
魔術を発動する過程はいくつかに分けられる。
まず魔力を放出する。これは武技モドキや呪術を使用するときの感覚に似ている。体の奥から力を引っ張り出してくる感覚だ。
そして魔術式を描く。これが一番難しく最も単純な『
どうやら、魔術士クラス全般はこの魔術式の構成に補正が掛かるらしく、それ以外のクラスだと戦いながら使用するのは困難なようだ。
最後に魔術式に魔力を通す。
この時に通した魔力が魔術となって世界に影響を与えるらしい。
魔術は魔術士以外にも使えないわけでは無いようなので頑張っているのだが、魔術式の描写がとにかくできない。
線が曲がったり、歪んだりするせいで発動すら出来ていない。
魔力だけで何かを描くというのがそもそも難しい。
例えるなら、背中の筋肉だけで筆を掴んで文字を描くようなものだ。
魔術士のフィジカルが貧弱な訳だ。ここまで扱い辛いものを簡単に使えるようになるのだから、それ以外を捨てるほどじゃ無いと習得は無理だろう。
まあ、俺も一朝一夕で使えるようになるとは思っていなかったが、ここまで手も足も出ないとなると習得よりも魔術への対策と割り切った方が良いだろう。
どうやら魔術はその威力・規模によりランクが割り振られっており、
第一圏と呼ばれる最も簡単な魔術のクラスから第七圏と呼ばれる神話級の魔術のクラスまでの7つに分けられる。
第七圏の魔術を扱えるものはS級の冒険者以上に希少でほぼ見ることはないらしい。
そして、俺が今まで見てきた黒魔術のほとんどは第一圏に分類されるものみたいだ。
『
このことを知っておくだけでも魔術士の力量を図ることはできるだろう。
俺は本を閉じると、拠点を出て冒険者ギルドへと向かった。
ギルドではいつも受付嬢に依頼の選別を頼むことにしている。
初めは俺が文字を読めなかったのもあって掲示板に貼られている依頼を選べなかったが、地雷な依頼を避けて提案してくれているのに気づいてからはこうやって依頼を受けるようになった。
地雷な依頼とは、例えば依頼人が報酬を渋るものだったり、採取依頼だがその地域に危険な魔物がいる場合などだ。
ここ最近で馴染みとなりつつある受付嬢、リリアーヌに話しかけた。
「すみません。依頼を受けたいのですが」
「…」
こちらをチラリと見つめた彼女は、手元の紙束に視線を落としながら尋ねる。
どうやら、俺が依頼書を持ってないのを見て依頼の選別をしてほしいことに気づいたらしい。
「討伐でしょうか」
「どちらでも良いですが、今回は街からあまり離れないものでお願いします」
「…そうですか。お待ちください」
ここまで彼女の視線はずっと手元から動いていない。
酷い対応だが彼女はこれがデフォルトである。
「……こちらはどうでしょうか、墓所の見回りです。どうやら、アンデッドが発生しているようなので、それの発見と、対処ですね。発見されなかった場合でも報酬は支払われます」
「じゃあ、それで」
「……依頼の受託、確認いたしました」
ささっと手元の依頼書に何かを書き込んだ。
その後依頼書を背後の箱に投げ入れる。
これで俺が依頼を受けたことになり、失敗したりすると違約金が発生するようになる。
「それでは、良い冒険を」
毎回思うけど言葉だけは丁寧なのだが、雑なんだよなぁ。
◆
灰髪の少年がギルドを出るのを確認した受付嬢、リリアーヌはため息をついた。
彼は最近街を出たダナンの雑用をしていた子供の一人だが、彼らから解放されたことでここ最近は依頼を受ける頻度が増えていた。
そうなることで、彼が歳不相応に落ち着いた少年であることも分かってきた。
まるで、大人の心を少年に閉じ込めたような。
厳しい環境で育った子供はそういった傾向があるが、彼はそれとは別ベクトルな気がする。
「リリアーヌちゃん、依頼が終わったら今夜どう?」
考え事をする頭の中とは別に、淡々と仕事をこなしていると冒険者の一人が絡んでくる。既にその吐息からは酒精の匂いが漂っていた。
自身の容姿が人目を惹くのは自覚しているし、それを利用してもいるが、このようにロクでもない相手から好意を向けられるのにはうんざりしていた。
ギラギラとした視線が自身の体を撫でるのを感じてさらに不快になる。
「申し訳ありません。今夜は先約がありますので」
もちろん用事などないが、酒臭い男より優先することど幾つでも思い浮かぶので嘘ではない。
「なぁ、良いだろぉ。絶対後悔させないからさぁ」
「申し訳ありません。今夜は先約がありますので」
先ほどと全く同じ言葉だが、もはや相手の顔を見てすらいない。
「そろそろ、退いてくれないかな」
「アァ!なんだ……よ」
男は後ろを振り返って言い返そうとしたが、相手を見た瞬間にその言葉が詰まる。
その男は、C級パーティ『黒い爪』のリーダーだった。
黒髪の優男、と言った風貌だった。
彼はその見た目とは裏腹にかなり後ろ暗いところのある冒険者で、敵対すれば無事では済まないと有名だった。
そのことに気づいた髭面はゴニョゴニョと何かを言いながらギルドを出て行った。
それを薄笑いで見つめると、後ろにいた仲間に顎で扉を示す。
仲間は頷くと髭面の男を追ってギルドから出た。
どうやら無事に済ます気は無いらしい。
リリアーヌがその様子を眺めているのに気づいた優男はニコリと笑って見せると、
「さっきの少年。何の依頼を受けたか教えてもらえますか」
なるほど、先ほど目の前でデモンストレーションして見せたのはこのためか。
『断れば、お前もこうだ』
そう言っているのだ。
どうやらあの少年は厄介なパーティに目をつけられているみたいだ。
冒険者同士の諍いで命を落とすものは多い。
元々上品に仕事をするようなものたちでは無い上に、メンツを重視するため一度敵対してしまえばどちらかが死ぬまで争うことになる。
「お断り致します」
ただ、ギルドの傍観が許されるのは冒険者同士の話である。
もし、ギルドの職員に手を出したとなれば、即ちギルドへの敵対と見做される。
そうなれば、冒険者資格は剥奪され、全てのギルドで指名手配される。
ここまでされると、余程実力があっても生き残るのは難しい。
リリアーヌが冷たい視線を返すと、優男は少し目を見開くが、すぐに薄笑いを顔に貼り付ける。
「そうですか、それは残念。手間が省ければ良かったのですが」
どうやら既に尾行させているようだ。
男はひらひらと手を振ると、ゆったりと歩いてギルドから出て行った。
「良い冒険を」
リリアーヌは冷淡に呟いた。
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彼女はギルドの職員でも肝の据わった方です、、、
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