第7話 その後の日常

 あれから数日が経った。



「ブモオオオオオオオ!!」


 目の前のオークが叫ぶ。その手には棍棒が握られ、今まさに振り下ろされようとしている。俺はそれを目で確認しながら、半身で避ける。


 隙を晒したオークの膝をローキックで蹴り砕くと体勢が崩れて顎が下がる。


 そのまま喉仏を左手で掴むと、力を込める。

 ぶちぶちと音がしながら、気道が引きちぎれる。



 パクパクと、何かを求めるように口が動くが肺に空気が送られることは無く、オークは苦しみ悶える。



 そして、引いた左手に力を込めると銀光を纏う。



 この現象はおそらく人間で言う武技と同じ物だと俺は思っている。

 魔力を纏うことでより強い一撃を繰り出すことができるようだ。


 武技ほど劇的な力では無いが、使い勝手が良く自由度も高いみたいだ。


 武技はある程度溜めがいるようなので、徒手空拳と混ぜるにはこちらの方が良いかも知れない。



 そして、俺の貫手はオークの肋骨を砕き心臓に風穴を開けた。


「ゴププ…」


 崩れ落ちたオークを持ってきたリヤカーに乗せると、そのまま引っ張って街まで戻る。冒険者によっては『空間収納ストレージ』と呼ばれるスキルによって、異空間に荷物を収納することができるらしいが、俺にそんなものは無いので、しばらくはこのようにして素材は持って行くことになるだろう。



「オークなら、苦戦することは無くなったな…」



 2年以上前にボコボコにやられたのが懐かしい。

 今であれば、本調子ではない体かつ呪術無しであっても通常のオークなら相手にならないだろうな。

 ただ、上位種だと流石に素の力のままでは厳しいかも知れない。




 ◆




「オークの討伐、確認いたしました。こちらが報酬です」


 そう言って顔なじみになりつつある受付嬢から銅貨20枚を受け取る。

 オーク一体で大体この程度の報酬が与えられる。


 今までは、ここから宿代で5枚、食事代で5枚ほど引かれていたが、拠点を手に入れたため宿代が浮くようになった。まあそれでもリヤカーをギルドから借りたりしているのでもう少し減るが。



 とはいえ、討伐クエストを受けられるようになったので身入りは増えた。


 そこで俺はかねてから気になっていた所に行くことにした。





「……らっしゃい」


 元気のない店員の声に手をあげて応えると、俺は店内を物色する。

 そこにあるのは様々な剣や槍、そして鎧だった。


 俺が訪れたのは武器屋だ。

 ギルドで紹介された所だが、品揃えは中々良いようだ。



 俺は、右腕が根元から無い関係上、右側からの攻撃に対してひどく無防備だ。


 この状態になってから、同格以上の敵と戦闘したことは無いが、もしそうなれば、この隙を突かれることは間違い無いだろう。


 だから、ここでそれを補う装備を探すことにしたのだ。




「お前さん、武闘家だな」


 奥から出てきた中年の男が、声をかけてきた。

 男は眼帯を付けていて、その右手には金槌が握られていた。

 ここの店主だろうか。


「えぇ、まぁ」


「……ふむ、ちと待ってろ」



 そう言うと、また店の奥に戻って行き、奥で何かを探してきたのか、少し特徴的な鎧を持って戻ってきた。

 その手にあるのは、何の変哲もない、と言うと失礼だが、普通の革鎧だった。



「着てみろ」


「あの、今持ち合わせが…」


「要らん。気になるなら、また何か買いに来い」



 そう言われると、何も言い返せなくなり、革鎧を着る事になった。



 装着すると、やはり右の肩口が空いているため、少し違和感があった。

 そわそわとしていると、俺の思考を読んだかのように、店主が提案をしてくる。


「右に盾でも付けてみるか」


 言うや否や俺の鎧は脱がされ、また店の奥に引っ込んだ。


 そして、再び戻ってきた時には、鎧の右側、ちょうど右腕を通す部分に小盾が取り付けられていた。

 確かに、これであれば右半身の隙は無くなるだろうが、それよりも俺の思考を読んだような店主の行動が怖すぎる。



「ふむ、良いな」


 そう言って勝手に納得すると、店のおくに戻って行った。



 ……。



 まあ、いいか。

 タダで鎧が貰えたし。




 ◆




「ただいま」


「お帰りなさい、ゴトーさん」



 俺を出迎えたのは、リードの妹であるソニアだった。

 彼女とリードは以前まで住んでいた所を引き払って、ここに住む事にした。


 こちらの方が街の中心に近く治安も良いから、リードからしても心配は減るだろう。


 彼女は、この拠点の掃除や料理をしてくれており、俺たちとしてはとても助かっている。



 ダナン達のことに関して、彼らは『街を出るので、これまで敵対していた冒険者達へ放火させることで鬱憤を晴らした。拠点と残されていった銀貨はその報酬である』と、思っている。


 実際は放火の指示をしたのは俺だし、銀貨は報酬では無く単に彼らの親切なのだが、訂正したら彼らに嫌われるだろう。


 リードとマルクスは二人で組んで、これまでの遅れを取り戻す勢いでクエストを受けているらしい。この分だと、D級へと上がるのも早いかも知れない。


 どうやらマルクスが『空間収納ストレージ』を持っているらしく、複数の討伐依頼を受けることができるらしい。


 一方俺はソロな上に運搬系のスキルを持っていないので、一度に複数依頼をこなすのが難しいのだ。

 対象の魔物を探すのに時間がかかる上に街との往復をすることになってしまうので、同じペースで受けると、期限のある依頼だと失敗扱いになり違約金を支払うことになるのだ。



 まあ、俺の目的はランクを上げることではないし、むしろあげない方が都合は良いのだが冒険者である以上は依頼を受けないと外聞は悪いから受けているだけだ。





 それは夕食の時のこと、


「ゴトー、結局お前、ソロでやってくのか」


「そのつもり」


「ふーん、そうか。なら、気を付けろよ」


「?」


「いや、俺たちさ、燃やしただろ?それで、俺たち目をつけられてるらしいんだ」


「あぁ、なるほど」



 ギルドは冒険者同士の諍いには基本手を出さない。下級冒険者同士なら尚更だ。

 彼らにとっては捨てるほどいる者たちに気を回す暇は無い。


 が、冒険者たちにとっては違う。

 どうやら、消えた冒険者たちと仲の良い者がいたらしい。



 そして、彼らが狙うとなれば単独で動いている俺だろう。

 リードはその事を心配しているらしい。



「逃げるだけならできるだろ。街なら下水道でも使えば撒けるしな」


「……なら、良いけどよ」


「それより、リード。もうそろそろD級に上がれそうか?」


「ははーん、聞いて驚くなよ。今度、昇級試験を受けることになった」


 急にテンションが高くなったリードが俺の前で指を振る。


「同じE級同士で模擬戦をするらしい。それで、まあ、良い感じに勝てばD級に上がれるって訳だ」


「昇級試験は毎回模擬戦なのか?」


「いや、今回はちょうど良い依頼がないから模擬戦になったみたいだ」


 確かに、冒険者は戦闘力だけじゃないだろうし、下級ならむしろそれ以外が必要な場面の方が多いだろうからな。


 そう言うものか、と呟きながらスプーンを口に運んだ。



 俺が目を離している間に食卓の話題は移り変わり、リードとソニアで会話していた。

 マルクスもいるのだが、彼は基本的に喋らないのでこう言うときは本当に静かだ。


 リードが今日の冒険を語りそれにソニアが相槌を打つ。


 その光景を俺はしばらく呆けたように眺めていた。


 俺の様子に気づいたのかソニアが話しかける。


「ゴトーさん、どうかしました?」


「…いや、少し考え事をしてただけだ」


「そう、ですか」


 彼女は首を傾けると、スプーンを口に運ぶ。



「そうだ、リード——」


 俺は話を逸らすように、リードに話題を振り、食事を続けた。



 明日は久しぶりの休日とすることにした。

 街の地理も完全には入っていないし、少しぶらついてみるのも良いかも知れない。

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