第9話 アンデッド

 霧の立ち込める中、俺の腰の高さほどの墓石が立ち並ぶ。

 この街では前世のアメリカなどに近い土葬式なのだが、時々アンデッドが現れる。

 ただ、なんの対策もせずそのまま埋めているわけではない。

 神官には死体がアンデッド化しないようにする魔術が存在する。


 通常その魔術を使用してアンチアンデッド化処理を施してから埋める。


 それならばアンデッドが現れるのはおかしいと思うのだがそれにも理由はある。


 単純に金がかかるのだ。

 そのため金を惜しむ者が死体を隠すなら死体の中とばかりに無許可に墓所に埋めていく。

 それによって当たり前のようにアンデッドが生まれ、アンデッドが現れないはずの墓所にアンデッドが蔓延ることとなるのだ。


 そこまで金を使いたくないのなら火葬すればいいのにとも思うが、どうやら死体を燃やされるのは罪人か敵にしか許されないそうだ。



 ただ、もし知り合いがアンデッドとして現れても躊躇うことはない。

 その人の人としての核は精神にあり、死体は単なる抜け殻のようなものらしい。



 意外とクレバーというか淡白なものと思ったが、この世界では簡単に人が死に、その死体すら襲ってくるのだと考えたら、自然な思想なのだろう。



 俺の住む街は草原と森に挟まれた場所に位置しており、その草原側に墓場がある。

 雑然と並ぶ墓石には大小が異なり、ものによってはその前に花が供えられていて人が時々訪れていることがわかった。



 ザッ…ザッ…


 霧のせいで視界が悪いが誰かがこちらに歩いてきていた。

 挨拶でもしようかと目を凝らすと違和感に気づく。


 足を引きずるようにして歩いているその男は俺を見つけると声を上げた。



「ゔぁー」


 その声は、声というよりも体の中で溜まったガスを排出するときに出てくるゲップの音に近かった。

 腐って崩れ落ちた顔、神経だけでぶら下がった眼球が顔の前で揺れていた。


 間違いなくゾンビ、アンデッドの一種である。



 アンデッドはどの程度強いか、というのは一概には決まらない。

 というのも、生前の強さに比例するからだ。


 しかし、アンデッド後の強さが、生前より勝ることはない。


 体は腐り落ち、脳は溶け、思考は存在しないからだ。


「なら、大したことはない」



 ゾンビが走り出す前に飛びヒザ蹴りを顔面に打ち込むと、頭部がその衝撃で弾け飛ぶ。

 どうやら、元々強くない人間だったようだ。


 そのまま、前方に倒れた後動かなくなった。


「ふむ、頭を潰せばいいのか」


 フィクションだと、腕だけになっても動いたりすることがあるので少し心配していたが、確かに体に命令を出すはずの脳が働かくなったら動けるはずがない。


 いや、でも骨だけでもスケルトンと呼ばれる魔物として動くし、そもそもゾンビの脳も腐っていて使い物になるはずが無い。


「調べておくか」


 腐臭を放つ死体に近づくと、解体用のナイフでその胸を切り裂く。

 すると、心臓があるはずの位置には赤い石が存在していた。


 石に触れようとすると、いきなり死体が暴れだした。


 まだ生きているのか!?いや、死んでるから、まだ動けるのか、が正しいな。


 ゾンビの体を押さえつけると、急いで赤い石を抜き取る。

 そうすると、糸が切れたようにゾンビの体が止まった。


 今度こそ死んだ、よな。



 おそらく、アンデッドの力の源はこの石なのだろう。

 だから死んで腐っても動くし、完全に肉が剥がれ落ちて骨だけとなっても活動できるのだ。


 つまり、アンデッドはこの核を抜き取るまで油断はできない訳だ。

 早めに知っていてよかった。



 この調子で、墓場を見回れば依頼は完了だ。

 アンデッドとの戦い方も分かったし簡た…!



 その瞬間、風を切る音が聞こえ危険を感じた俺はその場から飛び退く。

 さきほど俺がいた位置に黒塗りの矢が突き刺さる。



「嘘だろ…」


 二十歩ほど先の岩陰から男の呟き声が聞こえた。

 俺は墓石に身を隠しながら男の背を追う。


 どうやら走力で俺に叶わないと感じた男は、腰から短剣を抜くと俺と相対する。


「お前、誰だ」

「さあなぁ、大人しく捕まってくれたら教えてやらんこともないぞぉ」


 そう言うと、右手の短剣を突き出す。

 余裕を持ってそれを避けた俺の頬に液体が触れる。

 親指で拭うと、透明な粘液が指に纏わり付く。


「毒か」

「へへ、そうだ。一発でも当たればすぐに動けなくなるぞぉ」


「そら!そら!そらそらそらぁ!!」


 短剣の扱いは慣れていないようでがむしゃらに振り回すが毒を受けるわけにも行かないので距離を詰められない。


 こういう時は相手の土俵で戦わないことが大事だ。

 体内で魔力を回す。


「『呪恨リゼント』」


 相手の調子を崩すだけの最も基礎的な呪術だ。

 ただ、単純なためにレジストし辛く、そして最も呪術師としての力量が現れる呪術でもある。


 加えて、最近魔術師の『こころ』を吸収したので、魔力量も成り立てのD級くらいにはある。あいつが神官や魔術師なら効果は薄いだろうが、盗賊あたりならばレジストはできないだろう。


 その結果、


「!ごほっ」


 吐血し、目は焦点が合わず、頭痛に襲われる。

 肺炎と熱病に侵されたように、体は言うことを効かなくなり、ふらつく。


「くそっ、来るな」


 俺はゆっくりと近づき、短剣を振り回すその手を上から抑え下へ向けると、そのまま男の太腿へと下ろす。

 筋肉を貫く手応えと共に男が野太い悲鳴を上げる。


「ぅがああああああああ!!」

「お前は、誰だ?」


 そのまま地面に顔を押し付け尋問を始める。どうやら、俺の見た目が幼いせいであまり説得力きょうふが無く、反抗的な目をしている。


「やめろ、さもないと後悔するぞ」


 ありきたりな脅しを受け流し、もう一度尋ねる。


「お前は、誰だ?」


「だから、やめろと言ってい…」



 ズプ


「ぅ、があ」


 ゆっくりと無事な方の太腿に短剣を沈み込ませる。

 今度は見えるように、短剣の柄を上から人差し指で優しく押し込む。



 ズプ


「ぁア!!」



 ズプ


「ぁ、ぁ」



 ズプ…コッ


「!!あああああああぁ」



 短剣の先端が骨に当たり、堪えきれず堰を切ったように悲鳴が溢れ出す。

 そして、悲鳴が落ち着いたところでもう一度問いかける。


「なあ?ここはアンデッドがいるらしいが、」


「動かない足と」


「麻痺した体で」


「どうやって逃げるつもりだ?」



 男の瞼が震え、唾を飲む。男の心が折れたのが分かった。


「もう一度聞く、お前は、誰だ?」


「お、俺は、俺は…」



 男が口を開こうとした瞬間、がさりと近くの林が揺れる音がした。


 そして、男の顔が一気に明るくなる。


「!やっと来やがった。お前はおしまいだ。俺一人相手なら、中々やるみてぇだが、複数相手にどれだけ戦えるか、楽しみだぜ」


 先程まで重かった口はこれでもかとばかりに回り、俺に余裕を伝えてくる。

 どうやら、足の早いこいつだけが先に来ていたようだ。


 そして、その仲間が来た、と言う訳だ。


 そのまま、どこかへ這いずって逃げようとする男の手のひらを短剣で地面に縫い止めると、林へ向き直る。



 すぐに二人の男が飛び出してきた。


 二人共鎧に剣、そして槍を携えておりどう見ても、前衛として戦う者であることが伺えた。


 しかし、二人共血だらけでその顔には恐怖が張り付いていた。


 何かがおかしい。


 俺がそう思った時には、彼らの後ろに小さな影が見えた。



 男達の間を光が走る。


 それが、斬撃であることに気づいた時には、2つの首が胴体から切り離されていた。



 胴体の上に着地したは、手に持ったサーベルを振り血糊を落とすと、俺の存在に気付いた。

 気付かれてしまった。



 金の髪。

 赤黒い瞳。

 血の一滴も付着していない、純白のワンピース。


 そして、その見た目とは不釣り合いなサーベル。




 現れたのは俺の見た目と同じくらいの年頃の少女だった。


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