第5話 収穫祭


 三人称視点


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 その日、ダナンをリーダーとする5人のパーティはこれから始まるであろう冒険に胸を膨らませて夕食後の杯を交わしていた。


「あら、ダナン。あなた、またそれ眺めてるの?」


 声を掛けたのはソフィア、魔術師の女だった。

 彼女は比較的最近パーティに入った仲間だった。



「ん?おう、…ちっとばかし昔を思い出してた。オレがあいつらと同じくらい、弱くてバカだった時だ」


「あの子達の心配をしてるの?」


 彼女が言っているのはこのパーティーの雑用をさせている子供達のことだ。

 ここ10年辺りのことだがギルドのシステムを利用して、未成年の冒険者を利用した金儲けをしているもの達が増えていた。



 ダナンはそれによって利用された冒険者の一人だった。


 彼は彼の仲間と共に馬車馬のように働かされた。

 搾取された金を補填するために危険を犯し、そしてすべての仲間を失ったのだ。



 だからこそ知っているのだ、冒険者は弱みを見せれば死ぬのだと。



「言葉で伝えれば良かったじゃない。『簡単に信用するな』って」


「バカは言われても分かんねぇんだよ。一回失敗してみねぇとな。だから、オレが取り返しのつく失敗を教えるしかねぇだろ?」


「そう。…まあ、あなたが決めたのなら何も言わないわ」



「……あぁ、これがオレの選択だ。後悔はしねぇ」



 そう言って、一枚の金貨を懐に戻す。それは、この国において流通している普通の金貨だったが、少なくとも彼にとっては特別なものだった。

 今はもう居ない仲間が自身に託したものであり、約束のコインである。


 そして、彼が自身の弱さを忘れないための戒めでもあった。



「夜も更けてきたし、私は寝るわ。おやすみなさい」


「そうか、オレはもう少し飲むぜ」


「そう、程々にね」


 そう言って手を口元に当てて欠伸を押し殺したソフィアは彼女の部屋へと戻って行った。


 彼女の言葉に手をヒラヒラと振って答えたダナンは1人掛けのソファに深く座り直した。

 覚めかけた酔いを取り戻そうと再び杯を傾ける。



 冒険者になって数年、村を駆け回る少年の頃から憧れ続けた冒険譚。

 その中で書き出しに描かれる迷宮の存在。

 ダナンのパーティは明日、その一つへと挑む。


 杯を持つ手が震える。怯えか、武者震いかは彼にも分からなかったが、右手で左手を包み込み強く握りしめる。

 彼の頬が持ち上がる。


「やっとだ。なァ、見てるか、オレぁここまで来たぜ。ここからだ、ここから」



 そう、呟いたと同時にドアを破って何かが入って来る。

 その体躯を見た瞬間、彼は最近小競り合いのあったパーティを思い出した。


「ヨォ、糞ダナン。会いたかったぜぇ」


 熊の様な男が舌なめずりをした。


「馬鹿だとは思ってたがガント、テメェ、ヤケになったか!?アァ?」


 足元のローテーブルを蹴飛ばしながらドスを効かせて威圧する。勿論、ガントと呼ばれた大男がそれで怖気付くはずもない。


 ガントは飛んできたテーブルを手斧で2つに切り裂いた。


「何言ってんだ、テメェ。俺らの宿の火をつけたのはお前らが先だろうが!!」


 ガントの態度は明らかに売られた喧嘩を買う時のそれであり嘘をついている様には思えなかった。

 そしてダナンにも思い当たることは無かった。


 痺れを切らしたガントが、ずんずんと駆ける。

 ダナンは部屋を見回すが、自身の武器である槍は見当たらなかった。



 そういえば、新しく入った少年に装備の手入れを任せていたな。

 隻腕の少年の姿が頭を過ぎる。


 ガントの攻撃を躱しながら壁へと下がる。

 そこには装飾の剣があった。

 それを取り外しガントの斧をいなす。


 ダナンは槍使いだが、ガントとの力量差ならばそれほど得意ではない剣であっても、反射と運動能力のゴリ押しで互角まで持っていける。



 そうやって、ガントの攻撃をやり過ごしていると、戦闘音に気付いた仲間達がやって来る。


「敵襲か!?ダナンっ、加勢すんぜ」

「っ!ポールか、頼む」


 ポールもダナンと同じく着の身着の儘だったが、D級でも上位の冒険者が2人揃えば体格に恵まれているとは言え呑んだくれのガントが敵うはずもなく直ぐに追い込まれる。


 ポールが作ったガントの隙にダナンが斬り付ける。少しの間ガントは痙攣したが、すぐに静かになった。


 2人がガントの死を確認したところで、残りの仲間が部屋に飛び込んできた。


「なによ!これ!」

「襲撃だ、もしかすると嵌められたかも知れねぇ」


 部屋の中の光景を見て大声を上げたのは武闘家のインダである。彼女の気の強さはこのパーティでも一二を争う。


「じゃあ、倍返しね。行くわよ」


 そう言って家を飛び出そうとする彼女をダナンは引き留めた。

 相手の規模が分からない状態で戦うのは得策ではないからだ。万が一、C級の冒険者が向こうにいるのならば犠牲が出るかもしれない。


「ならギルドはどうだ?襲撃からは助かる筈だ」


 提案したのは盗賊であるアントムだ。彼は寝起きのはずだが、トレードマークであるバンダナを既に頭に巻いていた。


「いや、ガントの言い草じゃぁ、俺たちが先に仕掛けた事になってるらしい」


「…なら、ど」

「それなら、もうこの街を発つしかない、でしょ?」


 ポールの言葉を遮ったのはソフィアの声だった。魔術師であり、このパーティの頭脳でもある彼女の意見は直ぐに全員の意見になった。


「南門なら俺の知り合いがいる。夜でも倒れるはずだ」


 アントムの言葉により脱出の方角もこれで定まった。



「じゃあ、装備だけ持って出るぞ!!」



 そう言って5人は家を出た。


 まずは、装備を置いてある納屋に向かう。

 遠くに煙が上がっている。それも複数、である。

 さらに、火事の音の中で怒声が聞こえる。


 そして、ダナンにとっては不運なことに聞こえる声の殆どに聞き覚えがあった。


 ダナンが嵌めた冒険者たちだ。


 彼らが受けた依頼の対象をダナンたちが掠め取る事で降格処分へと追い込んだのだ。


 バレない様にしていたつもりだったが、知らないうちに情報が回っていた様だ。


 これでダナンたちの危険が確定した。



「ちっ、想像以上ににヤベェな」



 そう呟いたダナンと仲間たちは、納屋の鍵を開けて中に入る。


「なっ、これは……」

「やられたわね。子供たちも向こう側って事…」



 納屋の中に置いてあるはずの装備は全て消えていた。


「くそっ」


 ダナンの声が納屋の中に虚しく響いた。




 ◆




「おい、ダナンだ、あいつらが俺たちのホームに火を付けやがった」

「逃げる気だ、追え!!」



「…こっちもダメだ、引き返すぞ」

「でも、もう他の道なんて無い」

「…まだあるはずだ」



 一度引き返そうとしたところで、路地の先から5人の男が現れる。彼らは火事のせいか煤で汚れていた。


「哀れなモンだなぁ、ダナンよぉ」

「…『黒い牙』のスウェン、か。何の用だ」


 薄々分かっていながら敢えてダナンは惚ける。

 勿論それを許すはずもなく、スウェンは声を荒げる。


「しらばっくれんなよ!!ダナン!!テメェらがもうすぐここを出るってのは知ってんだ。最後に俺らのホームを燃やしてトンズラこくつもりだったろうが、残念だったな。俺は鼻が効くんだ」


 どうやらそれ以上口を利くつもりは無いらしく、そのまま剣を構えて飛び出して来る。


「ポールッ、俺らで道を切り開くッ、インダは後ろ、ソフィアとアントムは援護しろッ」

「分かった!!任せろ」

「任せなさい」

「分かったわ」

「背後は守る」



 ダナンの言葉に決意を固めたパーティ。

 迫り来る冒険者を相手に僅かな装備で無謀に過ぎる戦いを挑むこととなった。




 ◆




 挟撃を受けているこの状態で最も負担が掛かるのは後ろからの攻撃を一手に引き受けているインダだった。


 彼女は武闘家としての身軽さを十分に活かしながら斬撃を避け、打撃をいなし、冒険者を食い止めていたが、疲労は溜まっていき、次第にその動きは精彩を欠いていった。



 やがて均衡は崩れ、その時はやってきた。


 1人の剣を躱し損ね、肩にその一撃を食らった。


「いっつ!」


 痛みに気を取られたインダにもう1人の刃が迫る。

 その間に1人の男が飛び出した。


 アントムだ。


「インダッ!!がぁッ」

「アントム!」


 背中に袈裟斬りを受けた彼は路地の血溜まりの中に沈んだ。




 次は、インダだった。



 身体と精神が遂に限界を迎えた。

 電池が切れたかの様に動かなくなった彼女を前後から串刺しにする。


「かはッ」


 口から血と吐息が混じり合いながら闇夜に溶けた。





 護るものが居なくなれば魔術師がやられるのは自明の理だった。



「タダで殺される訳にはいかないわ」


 そう言って彼女は魔術式に限界以上の魔力を注ぎ込んだ。後先考えない魔力量に空間が明滅する。


「この女自爆する気だぞ」

「逃げろぉお」


「さよなら、『氷爆アイスエクスプロード』」



 轟音と共に路地を破壊しながら氷が広がる。

 衝撃で集まっていた冒険者たちは吹き飛ばされ、爆心地に近かった者は氷の棘に貫かれ即死した。




 最後はポールだった。


 集まった冒険者の中でも古株の『黒い牙』を相手に2人で立ち回りながら、他のパーティも相手にする。

 1人2人と切り捨てていき『黒い牙』だけになるまで削ることができた。



 が、そこが限界だった。


 奪い取った剣と、剥ぎ取った鎧の一部を盾代わりにして来たが、慣れない武器だけあって消耗は早かった。


 気付いた時にはポールの首は無かった。




 その前にはスウェンの姿。

 ダナンの身体を怒りが強引に動かした。


「おまえええぇ!!」


 スウェンも突っ込むが、ダナンの方がリーチの長い槍を持っている。


 その事に気付いたスウェンは自身の剣を、投げた。





 ……

 …



「ごふ」


 崩れ落ちたのはスウェンだった。


 投げた剣はダナンの腹を貫いたが即死には至らなかった。


 ダナンは腹に剣を刺したまま周りを睨む。


 もう誰も居なかった。

 敵も、仲間も。


 いつの間にか出来上がっていた氷塊が、ソフィアの自爆を嫌が応にも理解させる。


 そして彼女が死んでいるのならば、それを護っているはずのインダとアントムが生きているはずも無い。


「うそ、だろ」


 同時に戦闘の興奮によって忘れていた痛みが戻ってくる。

 路地に蹲り、そして血を吐く。


「ふぅ…ふぅ…くそ」


 即死を避けたとはいえ腹を貫かれたのだ、神官が居ないとなれば生存は絶望的だろう。

 そして彼が自身の弱さを嘆いて暗闇に意識を落とす直前…






『捧げよ、さすれば与えられん』


 1匹の小鬼の呪文が彼の耳朶を打った。
















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今回の戦果


ダナンの『あし』

ソフィアの『こころ』

インダの『うで』

ポールの『うで』

アントムの『て』

ガントの『うで』


人間の『うで』×2

人間の『あし』×2

人間の『あたま』

人間の『め』×2

人間の『こころ』

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