第4話 偽善


 ぎぃ…ぎぃ…



 無骨な鉄筋に覆われた部屋の中。

 何かが揺れる音。

 窓の外から淡く聞こえる雨の音。



「○○さん!!」



 その身体を持ち上げ、梁に巻きつけたロープを切る。

 その体の冷たさに熱と冷静さを奪われる。



「だ、だれか!」



 彼に返済の催促を行った次の日の事だった。

 嫌な予感があったのだ。



 これで、自殺の現場を見るのは3回目だった。


 銀行員として働き続けて十数年、何かに取り憑かれたように上を目指した。

 強者に媚びを売り弱者を蹴落とした。


 部下は利用し、肉親は切り捨てた。



 そんな日々の中で私が手に入れたのは、気持ちの悪い笑みを浮かべる顔と、べらべらと数字を並べては相手を誘導する口、他人の価値を金てしか捉えられない腐った目だけだ。



 自分さえ良ければ、そう思っていた。


 だが、誰もいない静かな部屋の中で自然と涙が溢れ出た事で、自身がそれに耐えられないことに気づいた。



 余りにも遅かった。



 きっと、私は死ねば地獄へと堕ちる。

 鉛のように重く、見た目だけは豪奢な外套を羽織り荒野の中を延々と彷徨う……そういう地獄、善人の貌で他者を騙す偽善者の地獄だ。



 私は、……俺は裁かれなければならない。




 ◆




「……くそ」


 嫌な夢を見た、気がする。

 妙に気分が沈む。


 寝床から起き上がる。

 粗末な木製のベッドに布団というにはあまりにも薄い布が敷かれただけのものだが、俺にとっては十分贅沢だった。


 ここがいくら安宿と言っても流石にタダでは無いので、残念ながら仕事をしなければならないのだ。


 硝子に映った自身の身体を見ながら左肩を回す。


「少し、姿勢がずれてるなぁ」


 右腕を使わないせいでそちら側の筋力がさがりバランスが崩れていた。

 最近は戦闘どころか運動の頻度も下がってきていたので結構影響が出てるみたいだ。


 代わりに肺の損傷については慣れてきたのか、息切れも減ってきた。


 数分であれば全力での戦闘も可能だろう。



 いつも通り片腕で何とか着替えると、そのまま部屋を飛び出した。




 ◆




「おい!エール一杯!」

「こっちも!」

「はいはい、ただいま!」


 今日の仕事は食堂の給仕だった。前の娘が辞めたため臨時で募集したらしい。

 俺としても汚れない、衛生的と言うだけで魅力的だがその上に賄いも出るらしい。


 やる気は十分であった。



 しかしやる気だけではどうにもならないこともある。



「おいまだ酒来てねぇぞ」


 随分と柄の悪い集団だが、一応はお客さまである。手に持った杯を片付けるとすぐそちらに向かう。


「おっと!?」ドシャ



 俺は途中で差し出された足に引っかかって転けた。


 そう、周りからは見えただろうが実際は違う。


 コイツ、俺が避けた所にもう一回足を出してきたのだ。

 何と粘着質な。


 そして、肝心の男は、


「がはははは、間抜けだな、坊主!」


 そう言って周囲の人間と共に俺を嗤った。やがて周りの声が止むと、ドスの効いた声で俺に問いかけてきた。


「糞ダナンの所にガキがひとり入ったって聞いたが、お前だな?」



 そういえば、前にダナンが酒を飲んだ時に言っていた。


『オレぁ他人を信じるバカが大好きだ!この前もいくつかのパーティからふんだくってやったぜ』


 どうやら、彼はグレーゾーンを攻めた商売をするのが好きみたいだ。

 お陰で俺みたいな奴らが割を食うのだ。




「おい、聞いてんのか?あ"?」


 おっと、どうやら無視している様に見えたみたいだ。慌てて反応を返す。


「あぁ、はい。聞こえt」

「おらぁ!!てがすべっちまったぁ!!!」


 俺は後ろのテーブルを巻き込みながら倒れた。そのまま気絶した様に動かなくなる。




「あはははは、お頭、流石にやり過ぎですよ……お頭?」

「……ん、あぁ、そうだな。がはははは」


 お頭と呼ばれた冒険者は手下の呼び掛けに上の空で応じる。

 彼が見詰める先にある拳には込めた力の割には軽い感触が残っていた。


 だが、結局はそれを気のせいと断じて、ドスドスと音を立てながらそのまま食堂を出て行った。

 彼の手下も彼に続いて店を出ていく。




 ◆




「おい、ゴトー、大丈夫か?」

 声を掛けたのは店主だ。先程の冒険者はもう帰った様だ。

 テーブルには彼らが置いて行った銀貨が残っていた。律儀な奴らめ。


 既に客足は疎になっている。

 どうやら俺が床で寝ている間にピークを過ぎたか帰った人間が多いのかは知らないが、後者だったら申し訳ないなぁ。


 結局残りの時間は皿洗いをしていた。


 ちなみにその途中でこんな会話があった。


「ダナンさん達は随分恨まれている様ですね」


「みたいだな、確かそこにいる奴らとも一悶着あったらしい」


 店主が顎で示す先には、これまた先程と同じような雰囲気のある冒険者達だった。

 端的に言えばゴロツキにしか見えない。


 ダナンが利用するのは同格であるはずのD級冒険者のようだが、こんなに彼の敵がいるのなら殺されていてもおかしくは無さそうだが。


 その疑問が透けて見えたのか店主が答えてくれる。


「ダナンは敵を作ってばっかりだがな。あぁ見えて、かなり。それこそD級の中では頭一つ抜けてる」



 そういえば、装備の整備もかなり念入りだし頻繁にやらされるなぁと思っていたが。

 それだけ戦闘を重ねるているというのは、つまり高密度の鍛錬を繰り返しているとも言えるな。



 彼は何を目指しているのか。


 ふと、思い浮かんだ疑問を頭の隅に投げ捨てた。




 ◆




 硬いベッドに身を沈める。


「はぁー、疲れた」


 魔物の体力を持ってしても、精神的な疲労はどうにもならないらしい。

 今日も依頼に加えて細々とした雑用をいくつかやらされた。


 いつものように夜は鎧磨きをさせられたが今日は追加でダナンパーティの拠点の移転の届け出を持って行った。

 これ出すことで移動先の拠点で便宜を図ってもらったり出来るらしい。


 例えば採取専門のパーティであれば初めから難度の高い依頼を回してもらえるようになったりするらしい。

 冒険者ギルドの依頼は階級の区分はあるとはいえ、基本冒険者側が選ぶもののはずだが、そこは依頼者の違うと言うことにしておこう。


 つまりは『この街から出ますよ』と言う届け出である。




 ただ、俺がしたのはそれだけじゃない。

 取り出したのは雑貨屋で買った紙とペンだ。

 安いものなので質は悪いが用は足りるだろう。


 そして俺はあるものをそこに書き殴った。


 もちろん2ヶ月やそこらで字が書けるようになるはずもない。そんな時間も無いしな。



 出来上がった蜘蛛の巣のような絵は見る人が見ればその意味が分かるものであった。


 追加で似たようなものをいくつか用意する。

 この時代にコピー機などあるはずもない。コピー(人力)である。


 ……。



 まあ、こんなものだろうか。


 意外と絵心あるんじゃないか、俺。



「はぁ、今日は寝るか」





 その日は近い。






———————————————


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「暇だったら、まあ、読んであげなくも、なくも、なくも、ないよ!!」


という方や続きを楽しみにされている方は是非よろしくお願いします。




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