第2話 一難去ってまた一難、というかずっと難
三日後、俺の姿はある街の前にあった。
結局、人間へと扮する事にした俺は森の中をお腹を空かせながら彷徨い続け、今やっと人間の街へ辿り着くことができたのだ。
奇妙な森を抜けた俺は、ウサギの足を齧りながら街へ入る列の中に並んだ。
これまでは半裸でも構わなかったが流石にそれでは目立ってしまうので、ちょうど良く森の館にあった中でサイズが合う物を拝借した。
「はい、次」
そして俺の番がやって来た。
目の前に立った俺を見た門番の兵士は軽率そうな二十歳ほどの青年だった。
そいつは俺の手元を見ると、
「……ん、お前、貴族の従者か」
「…いえ、違いますが」
「じゃあその指輪は?」
「家伝のものです。田舎の農民ですので、どこのものかは分からないですが、昔に貴族様に貰ったものだとか」
「はあ、そうなのか」
大丈夫なようだ。
「通行料は銅貨5枚だ」
「これで」
あの館で拾ったものを手渡す。
門番はそれをじっくりと眺めた後で、
「ふざけてるのか?俺はこの国の銀貨を出せと言ったんだ。お前のこれは何だ?」
「すみません、家に置いてあったのを持って来ただけなのでこの国のものかは」
「ハッ、これだから金勘定も常識もない農民は!」
まるで日頃のストレスを吐き出すようにつらつらと、不満をぶつけて来る。
「大体、お前何しにこの街へ来た?」
「冒険者を」
「その腕でか。大方口減らしといったところか」
まあ、そう思うのも無理はないのかもしれないが、そこに口を出すのは門番の仕事ではないだろう。
どうやらこの街に入るのは難しそうだ。
「それで、街には入れてくださらないのですか?」
「当たり前だ!お前のようなもの、わざわざ街に入っても死ぬだけだろう。なら、面倒は初めから少ない方が良い」
「では、その銅貨は返していただきたい」
「これは審査料として受け取らせてもらう。俺の時間をわざわざ割いた礼と思えば良い」
こいつ…。
俺が片腕で立場も弱いと分かったから、徹底的に虐めるつもりか。
俺が言い返そうとした時、若い門番の後ろからぬっと影が現れた。
「……おい、何してる」
「!は、はい、通行料を徴収しようとしたのですが、誤魔化そうとしたので叱るところでしたっ!」
「ほう、人の僅かな財産を掠め取った上に説教までするつもりだったのか」
気づくとそいつの手には先ほどまで、若い門番が握っていたはずの銅貨が握られていた。
銅貨に印字されている文字を見つめて目を細めると、
「かなり昔の銅貨だな…。坊主、これ、多分聖国建国前の銅貨だぞ」
「はあ、そう言われても学がないもので、…どれほど前のものなのですか?」
「んー、300年は前だな」
そんなに前なのか、にしては錆もなく綺麗だったが。
「まあ、とりあえず問題ねぇよ。むしろ貰い過ぎって位だからな。釣りだ」
「そんな、悪いです」
「良いから。あんた、その銅貨しか持ってないんだろう。冒険者になるなら登録料もいるからな」
「……すみません、貰います」
親切な門番の施しにより、街へと入った俺は冒険者ギルドへと向かった。
今日はさっさと冒険者登録をして、宿で寝よう。
◆
「出来ません」
「え?」
「15歳以下、未成年の方の冒険者登録には、後見人となる方か、成人したD級以上の冒険者の推薦が必要です」
冒険者ギルドの受付嬢にそんなことを言われてしまった。
冒険者とはならず者の掃き溜めのようなものだと思っていたが、意外とお役所仕事なのかもしれない。
まさかこんなところで躓くとは。
「えぇ、そんな!」
「申し訳ありませんが、未成年者の無理な冒険を防ぐためのものですので了解下さい」
どうする。ここにいる適当なパーティに推薦を頼むか。でも、隻腕の俺を見て推薦するような奴がいるとは思えないな。
それなら年齢を偽って書類を出しておけばよかった。怪しまれはするがそれを証明するようなものは無さそうだからな。
そんな風に受付の前で悩んでいると。
「おい、ガキ。邪魔だどけ」
「あぁ、すみません」
ガラの悪そうな冒険者が現れた。銀髪で頰に傷があった。
思わず謝罪をしながら横に退くと、俺が出した書類が目に入ったようで懐かしそうな顔をした。
「オメェ、ルーキーか?」
「そのつもりだったんですけど」
「そうかぁ、てことは推薦がもらえれば冒険者になれるってことだな」
男はそういって、腰に差した剣の柄を摩りながら考え込むと、顔を上げ
「良いぜ」
「え?」
「オレが推薦してやろう。昔同じような目に遭ってな。そん時にたまたまいた他の冒険者に推薦してもらったんだぜ。こういうのも悪かねぇ」
そう言って、オレの書類を受け取ると自分の名前を書いて受付に差し出す。
「はい、承りました。それではゴトー様、良い冒険を」
受付嬢は頭を下げると、新人冒険者に対する定型文らしきものを述べた。
あれ、冒険者についての説明みたいなのは無いのか。
常識的なことを守ればOKってこと?
とりあえず、推薦をしてくれた冒険者に礼を言う。
「ありがとうございます!ゴトーと言います」
「オレぁダナンだ、よろしく。……ん〜とな、推薦を受けた冒険者はしばらく推薦した冒険者、つまりオレだな。その指導を受ける必要があるって訳だ。だから、しばらくはオレとその仲間たちと行動することになる」
「そうなんですか」
なるほど、そのようなシステムがあるのか。
それすら教えようとしないとはなんて不親切なギルドだ!
何はともあれ助かった。
ダナンも見た目の割に気のいい奴だった。
◆
「おい、これ磨いとけよ」
「は、はいぃ」
そんなことは無かった。あるはず無かった。
俺は冒険者という立場を人質に雑用で扱き使われるようになった。
具体的に言うと、
『オレが推薦取りやめたらお前、冒険者できねぇから』
と俺はダナンに脅された訳だ。
結果、俺は朝から奴の雑用をこなし、昼間に冒険者ギルドで依頼を受けてこなし、夕方から夜に渡って奴の雑用をこなしている。
これでは討伐依頼といった身入りの良い依頼を受けることは出来ないし、何より自由に動けない。折角人間の街に来たのに。
少し時間がもったいないが隣町まで行って冒険者登録をやり直すか。
けど成人だと偽ってばれた場合に面倒だな。
「おいおい、ゴトー、鈍臭いなお前」
こいつはリード、俺と同じ立場と言えば分かるだろうか。
彼も同じく推薦人の立場を盾に扱き使われている仲間だ。
彼は一年前からこの状態らしく、ここでは俺よりも先輩らしい。
どうやら俺が呆けていると思ったらしい。
彼は俺の隣に腰を下ろすと、俺の手伝いを始めた。
「遅れたら、俺も文句言われんだぞ」
「すまん」
大体俺と同程度の身長。成人までは後数年はかかるだろう。
リードは、彼の妹を養うためにもこの生活を続ける必要があるらしい。
彼ぐらいの年齢であれば職人の丁稚でもやるものだが、そう言うところは食事や寝床はあるが給料は無い。それでは病気がちな妹を養うのには足りなかったようだ。
全員分の装備のメンテナンスが終わったのは日を跨ぐ前だった。
「これ、お礼」
そう言って、リードへとコインを弾く。彼には度々手伝ってもらうのでそのお礼だ。
俺はダナンとは違って無給で働かせることはしない。
「ありがとな!」
爽やかに礼を言ったリードはそのまま帰っていった。
俺も、自身の宿へと帰ることにした。
パーティの拠点の倉庫から出て、家路につく。
ダナン達の住居の前を通る時に中から馬鹿笑いが聞こえてきた。
「喧しいな」
俺がこの街に住み始めてから2ヶ月が経とうとしていた。
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