4歳 第三章 隻腕ゴブリンが征く

第1話 漂着


 間が空いてしまい申し訳ないです。

 5話ぐらいまで書き溜めておいたのですが、読み返して見たらあまりにも主人公が善人過ぎて吐きそうになったので作り直しました。


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「ん、う」



 右腕に違和感があった。


 と言うよりも、、と言うべきか。


 続いて肩口から脇腹にかけて、空気に触れる感触があった。



 そこで初めて、俺は右腕が失われたことに気づいた。



 同時に既に傷が塞がっているのも分かった。

 それは多分、依代の存在のせいだろう。



 そして、通常の依代の使用と、黄昏の世界に呼ばれる時の違いが分かった。



 傷の治癒だ。


 前回も今回も、直前まで瀕死の怪我だったのにも関わらず、戻った時にはそれらが回復していた。


 だが、どうやら欠損の治療はしてくれないらしい。もしくは呑んだ肉塊が少なかったかもな。



「此処は、…川、か」



 周りは森に囲まれているが、前の森とは違って明るい、というか薄い?とにかく森の中に潜む気配が少なく静かだった。


 俺が目覚めた場所は、その森に挟まれた川岸だった。




 …というか


「俺、生きてたのか…」



 変な安堵と僅かな罪悪感で腰が砕けて地面に崩れ落ちる。

 よかった、のか。


 依代の世界にいた時点でその可能性は考えていた。

 が、俺は依代を使用した覚えなどない。


 だから、腑に落ちなかった。


 生き残ったゴブリンは俺以外に居なかったし、居たとしても俺が依代の空間にいた説明がつかない。



「いや、分からない事を考えるのはよそう」


 当たり前だが、現実はミステリーとは違ってヒントが示されるわけでは無い。

 今の時点で分からないって事は、まだ何か足りないって事だろ。


 俺は取り留めのない思考を打ち切って、現状の把握に努める。


 まずは体調だ。


 軽く腕を動かすと、



「いつつっ」



 左手、特に拳の方と、右腕の付け根には、溶かして固めた様な跡があった。

 これが、依代による治療の結果という奴だろうか。

 拳は骨が治りきっていなかった。


 少し手抜きすぎやしないか、邪神様。



 更に、右腕を切られた時に右の肺も傷付けられた様で息切れしやすくなっている。

 先程から呼吸した時に右肺が動いてる感じが無かった。

 恐らく、右肺はダメになっている。


 確か人間の心臓は左側に付いてるから、二つある肺は同じ大きさではなく、右側の方が若干大きいらしい。

 つまり俺の心肺機能は半分以下に制限された訳だ。


 そして、単純に右側の体重が減ったせいでバランスも悪くなっていた。

 シャドーボクシングを真似た動きをしてみるが上手く拳に体重が乗らない。

 いきなり運動神経が悪くなったみたいだ。



「取り敢えず、戦闘は避けたほうが良さそうだ。今なら鹿でも苦戦しそうだしな」



 ただ妙なことに、これだけ川の周囲を動き回っているのにも関わらず小動物すら見かける事が無かった。


 今は予期せぬ遭遇を避けたい俺としてはありがたいがそれはそれで不安だった。



 出来れば動きたくないんだけどなぁ。



「肉が欲しい」


 そう、生き物一匹居ない森で肉が手に入る筈が無い。あるとしても果肉とかだろう。



 なので俺に待機という選択肢は無かった。



 ◆



 そして数時間森の中を川に沿って探索していると、


「…!!」


 俺は驚いた。

 ある地点を通り過ぎた瞬間、全身を何かが通り過ぎたのが分かった。


 足を止めて、先程通り過ぎた場所を振り返る。

 ゆっくりと何も無い空中に手を伸ばす。



 やっぱり、何かがある。



 膜の様な物がそこにあった。

 そして、俺が触っても特に何も起こらないみたいだ。

 結界って奴か。



 ただ俺が驚いたのは今世で初めて見た結界らしき物にではなく、それを通り過ぎた瞬間現れた、謎の洋館に対してであった。


「誰かいるのか?」


 森の違和感の原因は間違いなくコレだろうな。

 館の周りには人が立ち入った跡は残っていないのに、その中心にある館だけがきれいに残っている。

 材質は黒みがかった煉瓦で、窓などは見当たらない。


 そして俺はそれを前にして、1時間は館の周りをグルグルと回った後、入ることに決めた。


 おそらく人はいない、と思う。



「お邪魔しまーす…」



 正面のドアを開けると、物語で見たような螺旋階段が目の前にあった。


 うお、初めて見た。

 その奥にはどうやら、食事をするための広間や厨房などがあった。

 ただ、食べ物は置かれておらず、あまり生活感が無いのが妙だった。


 綺麗すぎるのだ。



 どうやら一階は集団のためのスペースのようで、個人のものは二階にありそうだ。


 一度、正面の螺旋階段まで戻り、そこから二階に上る。

 そして、館の主人が居たであろう空間、最も奥の部屋へと入る。


 そこには、今までの無機質で整頓された空間とは異なり、雑然としていた。



「ここは、書斎?」



 この館における最も重要なものが書斎だということなのか。

 俺は、それを確かめるために机の書類を手に取る。



 まあ、読めるわけない、か。



 ただ、所々に魔術式と思われるものがある。

 勉強したわけではないのでそれぞれの意味は分からないが、おそらくこの持ち主は魔術の研究をしていたのかもしれない。

 この館の持ち主は研究者だったのかもしれない。



 ふと、机の上にポツンと置かれていた指輪が目に入った。


 表面に羽根の装飾がされた銀の指輪だ。それが無造作に置かれていた


「なんか、内側に書いてあるな?……!」


 指輪を握った瞬間、何かが吸われる感覚がした。

 同時に指輪から腕へと広がるように肌の色が変化する。

 思わず指輪を床に取り落とす。


 そうすると、先ほどまで変色した肌が元の緑色に戻る。



 なんだ、今の?


 おそらく、指輪に吸われたのは魔力だ。

 魔法や魔術など魔力を使った技術が発達しているならそれを利用した道具が存在する可能性も考えていたが、それが目の前に現れると、少し驚く。

 吸い取られた量は俺の魔力の量からすると、ほんの僅かだが初めての感覚に戸惑った。


 何より指輪を握った腕の色が一瞬変わっていたのが気になる。



 俺は体の異変がないことを確認した後、もう一度指輪を手に取る。


 今度は驚くことなく、むしろ俺から差し出すように魔力を指輪に注いだ。

 肌が、薄い橙色に覆われていく。


 視界に映る範囲の肌が覆われた後、目の前にあるのは、紛れもなくだった。



「まさか!!」



 どたどたと屋敷内を走り回り自分の姿を確認できるものを探す。

 屋敷内部の個室にあった洗面台の鏡で、自身の顔を確認する。



「はは、すげえ、人間にしか見えないぞ」



 薄橙色の肌、灰色の髪、黒い瞳、冴えない相貌の少年がいた。

 顔をぺたぺたと触りながら弄り回すが、どこからどう見ても人間のそれだった。



 そう、俺が拾ったのは、人間になれる指輪だった。




 ◆




 見た目が変わっているのか、それとも相手の認識を人間に変えているのかは分からないが、この指輪を嵌めることで俺を人間と誤認させることは可能だろう。


 ますますこの館の主人について疑問が膨らむが字が読めない以上、その調査は不可能だ。



 元々はゴブリン達の村に戻るつもりだったが、俺はこの指輪を手に入れた事で新たな選択肢を手に入れた事になる。


 新たな選択肢と村へ戻る選択。

 この二つの間で俺は悩んだ。


 が、ひとつ思い出したことがある。








 それはこの世で最も人間を殺すのは人間だという事だ。




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 ◆Tips◆

 最も人間を殺している生物は

 1位 蚊

 2位 人間

 3位 蛇


 らしいですが、自殺を含めると圧倒的に人間が1位です。



 ◆Tips◆

 左右の肺のサイズは

 右が55%、左が45%くらい。

 片肺を切除した場合はそのリハビリに数ヶ月、長ければ1年はかかるらしいです。

 主人公はそれだけのデバフを受けたと思ってください。

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