第16話 ヒトが生きるのに必要なもの


 気づけば、俺は黄昏の世界に立っていた。


 世界を覆う天蓋、沈みかけの太陽が世界を照らしていた。


 前に来た時は、長老達が殺された時だ。


 だけど、今回は依代を使った覚えは無い。

 もしかして、死んでしまったのか。まあ、あれだけの攻撃を受ければ命の一つや二つ無くなっても当然だろうな。


 腕が豆腐みたいに切られたし。




「俺は、負けたのか」


 策も練った。

 力も付けた。

 仲間も育てた。

 相手の力を削った。


 見落としていたものがあったのかもしれない。

 ただ、あの時、あの場所にいた俺は俺の持てる全てを賭して負けたのだ。



「悔しいな」


 理不尽なまでの弱肉強食を強いてくる世界に一矢報いる事ができなかったのが、唯一の心残りだった。


「いや、何人かは道連れにしたから、一矢報いったと言えるだろうか」



 シャラン、シャラン


 そんなことを考えていた時、金属の擦れる音が響いた。



「————」


 巨大な嗤い顔が俺の背後にあった。

 思わず悲鳴を上げかけたがそれを飲み込む。

 ホワイトノイズの様な声が響いたが、相変わらず意味もわからないし感情も読めない。


 明滅する緑の筋が顔の細かい場所まで走っているのがわかった。



「————」


 鵺モドキがわかりやすい程に口角を上げるとその骨張った指を俺へと伸ばす。


 バジッ


 鵺モドキの指が何かに弾かれる。俺の周りを黄色の光膜が覆っていた。

 俺がそれに触ろうとすると、簡単にすり抜けた。


「〜〜〜〜〜!」


 先ほどよりも大きな声で何かを叫ぶ。おそらくこいつは怒っている。

 ただ、顔は相変わらず薄笑いのままなので酷く不気味だった。


「————」


 再び俺の体へ恐る恐る指を近づけるが、今度は弾かれなかった。どういうことだろうか。そのまま、とぷん、と指が体の中へ入り込む。


 まるで泥の中に落ちた石ころでも探すかの様に、体の中が弄られる。


「————」


 別に痛くも痒くもはないのだが、なんというか不快感?抵抗?がある。


 …。


 それにしても、長いな。


「————」


 しばらく体の中をかき回された後に、何も握られていない手が出てくる。

 今回は何も出てこないのか。

 それは奴にとっても不思議なことのようで、鵺モドキは指を抜き出した後に首を傾げると、地面からナニカを引っこ抜く。

 酷く黒ずんでいて、腐っているのかと思ったが、形はしっかりと残っており、まるで炭で塗りたくったような状態。


 それは腕だった。



 慌てて地面を見ると、至る所に体の部位らしきものが転がっているのがわかった。こんなものがそこら中にあったことにも驚いたが、何よりこれに気づかなかった自分に驚いてしまった。


 見えないように隠されていたのか。それとも、



 俺の驚きなど露知らずに、鵺モドキは誰のものかもわからない腕をくりくりと指の間で転がすと見覚えのある肉塊が出てきた。


「————うで」


 いつの間にか他の腕で押さえつけられていた俺はそのまま素直に肉塊を食わせられる。





 なんというか、要らない余りものを押しつけられた時のような複雑な気分だ。


 俺がそれを呑み込んだのを確認すると、そいつはまたニンマリ嗤って、どこかへと歩いていく。


 その後ろ足には鉄の足かせが嵌められていた。


 あれは、何だ。



 そう思う前に思考が白く霞んできて、夢から覚めるように意識が浮上して行った。




 ———————————————


 今回の成果

 不良在庫の『うで』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る