第13話 碧い炎と赫い炎、冥いのはどちらか


 奥の手を切った俺は、まず残った魔術士シーナを仕留めようとした。


 それを庇い、まず騎士もどきコンラッドが腹に蹴りを受け脱落。


 その隙を突こうとした盗賊アンドーを避けその背に肘を落とす。


 遠くから一撃を狙っていた狩人の一撃を避け、騎士もどきから奪った剣をぶん投げる。首を切断した剣がそのまま木の幹へと刺さる。


 魔術士へと振り向く。


「ひっ、くんなっ、こないでっ」


 腰が抜けた青髪の魔術士が、その場から逃げようと藻掻く。


 俺はまず魔術士に止めを刺そうと、貫手を作った。

 そして、その胸元を貫こうとする瞬間、


「『アストロガード』」


 素早く割り込んできた大男がその一撃を受け止める。


「ぐうぅ」


 俺の体格から想像したものを余裕で超える衝撃に呻き声が上がる。

 が、その後はびくともせず俺は一度退いた。



 彼女の前を守る様に囲む5人の冒険者達。

 その中でアイザックと呼ばれた黒髪の神官が魔術士に手を差し出す。


「動けますか?怪我は…無いようですね」

「う、うん。だいじょぶ、だけどミーナとディーナがっ」

「分かってます、分かってますよ。今は私と一緒に下がってましょう」

「コクリ」



 盗賊の女が、剣士の横で耳打ちする。

「リーダー、あいつレベルは私と同じくらいっす。だけど…」

「あぁ、気配がなんかおかしい」


 赤い血煙の様なオーラを腕に帯びた赤いゴブリンは今までみたどのゴブリンとも結びつかなかった。



 刃先が波を打つ様に歪曲した様な剣、多分カットラス、の嶺で肩をトントンと叩きながら前に出てくる。俺の目の前でため息を吐くと俺に話し掛けてきた。俺はその対応を見て呪術の出力を下げる。


「お前、ゴブリンか?」

「いや、本当はお前達と同じ人間なんだ。危害を加えるつもりなんて全く無い。だから見逃してくれると、俺は嬉しいんだが」


 と嘯く。少なくとも中身は確実に人間だぞ。


「はっ、…バカにしてんのか」

「そっちだろ。人の仲間をバカスカ殺しやがって」


「俺らが殺したのはゴブリンだ」

「人もゴブリンも同じだ」


「めんどくせぇ、屁理屈捏ねんなよ、魔物の分際で」

「…」


 お前にはそう見えるか。


「いや、実はだな。ここのゴブリンは、人間から魔物に変えられてしまった『怠惰スロウス』『呪恨リゼント』」

「っぐぅ、おま」


 言葉の途中でいきなり呪術を放ち、同時に飛び出す。一気に『赫怒イラ』への魔力供給を増やして拳を、


「ボクもいるよ」

「!」


 横から飛び出した槍をリンボーダンスの様に体を逸らして避ける。

 突き出されて槍を掴もうとした瞬間に一気に引き抜かれて右手の平が切り裂かれる。


「ち、『怠惰スロウス』」

「やりづらいなぁ」



 下がりながら、呪術をかける。

 剣士と槍士は苦い顔をしながらも、俺を見据える。


「『呪恨リゼント』」


 ついでに盾士に呪術を放つが、盾で受けられ効果を発揮しない。


「そこの神官、二人に掛かった呪術、解除しなくて良いのか。」

「それとも、」


 もうできないのか?



 俺がニヤリと笑みを浮かべると、神官が驚愕の顔を浮かべる。

 初めに呪術を何度も掛けて何度も解除させ、魔力を削り、オークをぶつけてさらに削り、力を見せないことで、温存という選択肢を奪ったのだ。


「全てっ、お前の狙い通りですか!、二人とも、気をつけて下さい、かなり賢い個体です!!」


「ああ、もう分かってる」



 俺としては、これ以上ない状況。

 遠距離攻撃のできる狩人を殺し、黒魔術士は怯えて動けないものが一人だけ。

 回復とバフのできる白魔術士は魔力切れで役立たず。


 唯一戦える前衛も、呪術で弱体化。


「さあ」




「行くぞ、ニンゲン!」


 俺の威圧に慌てて飛び出した槍士の突きを手の甲で弾くと、そのまま柄を掴み取り、一気に引っ張る。今度は呪術の影響で鈍った所為で、引きが間に合わずに俺に引き寄せられる。


「あ」


 蹴りを腹に入れようとすると、剣士が左側から攻撃を仕掛けてくる。


 くそ、そっちは動かねぇんだよ!


 慌てて、掴んでいた槍で受け止める。


 次は剣士の懐に入り、拳を繰り出そうとすると、


「…」


 盾士が間に入り邪魔をしてくる。


 やり辛い。その一言に尽きる。

 一人一人は俺に劣るが、それぞれが自身の職分を理解し、得意分野を相手に押しつけ苦手な部分は仲間に任せる。

 パーティの理想型がそこにあった。




 ◆




 地面が落ちる雨を吸いきれずに薄く水が表面を覆っていた。

 もう十歩も離れれば誰も見えない視界の悪さの中、俺たちはぶつかり合っていた。


 互角、そう、互角。

 だがいつまでもこの状態が続けば先に力尽きるのは俺だ。


「どうしたぁ、ちょっと攻撃が軽くなったぞ」


 うるさい。


「あとちょっとだね」


 だまれ。


「…」


 どけ。



 剣士と槍士が、それぞれの隙をカバーし、避けきれない危ない攻撃を盾士が防ぐ。

 特に盾が面倒だ。


 そこを破れれば後はいける。

 ならばここに全てを注ぎ込む。


 借りるぜ、オークウォリアー。


「『パワー』アアアアアア!!!」

「『フォートレスシールド』」


 盾士の体全体が白い光に覆われて、地面に根を下ろした大木の様に堅くなる。

 ビキビキと俺の右腕が悲鳴を上げながら肥大化する。


 ただでさえ体に負担の大きい『赫怒イラ』を使用しているのにも関わらず、そこに使用後の反動が約束された呪術を重ね掛けすれば、こうなるのは分かっていた。


「つらぬけえええ え え え え!!!!」


 錯覚かは分からないがその瞬間、俺の指先が光の螺旋を纏う。


「!?ぐおおおおおおっ」


 予想外の衝撃に盾士の体が泳ぐ。

 バキリ。

 盾がひしゃげる。


 そして、鋼鉄製の大盾に穴が空いた。


「!?がぁ」


 同時に奴の肩口を俺の右手が抉る。

 怯んだその瞬間に蹴り飛ばし、気絶させる。




「つ、ぎ」


 血だらけの両腕をだらんと垂らし、その姿はもはや瀕死そのものだった。

 しかし、瞳はギラついて殺気を振りまいていた。


 まだいける、できるだけ多く道連れに。


 朦朧とした意識の中でそれだけを考えていた。



 そして、その思考の隙を思いもよらぬところから突かれた。


 ドス。


「『バックスタブ』」


「…ゴフ」


 背後からの一刺し。それを強化する武技。

 未開の地域の文明が作った様な意味不明な絵柄の仮面を被った男が、俺の脇腹を貫いていた。

 そして、そいつ、盗賊アンドーは、さらに力を込めて内臓を抉る。


「がああああああ」

「しつこいんだよ、いい加減死ね!『求道者の仮面』」


 そう言うと、仮面が無骨なものに塗り変わり、先ほどまで薄かった気配もそれに伴って濃く大きくなる。

 そのまま俺の胸に手を添えると、


「『寸頸』」


「カッは」


 衝撃が内臓を通って背中へと抜ける。身体中がグチャグチャにされたみたいに、尋常で無いほどの激痛が走る。

 血反吐を吐きながら、体を振り回すと、アンドーは止まることなく後ろへ下がる。


「まだ動くのか、…『隠者の仮面』」


 先ほど見たものと同じ仮面に再び塗り変わる。

 同時に気配が空気に溶けて、その姿を捉えることができなくなった。


 ただ、俺はそちらに思考を割くことはできなかった。



 目の前には、既に剣士ルフレイフが迫っており、その手には光り輝く剣が掲げられていた。どうやら既に呪術が切れてしまっているらしかった。

 そんな全快の状況で、この一撃は不味い。


「『ハイッッッッ!!!」

「おおおおおおお!!!」


 こちらもギリギリ動く右手を防御に回す。


 そして、光が、落ちた。


「スラアアアアアアッッッッシュ』!!!」


 一閃




 掲げた右腕は消し飛びながらも、その一撃の勢いを僅かに殺しながら軌道を曲げ、

 鎖骨を断ち切り、

 肋骨を削り取り、

 肺を傷つけ、

 最後に脇腹から抜ける。


 肩ごと切り取られた右腕が空を舞う。


 そのまま衝撃で吹き飛んだ俺は地面に打ち捨てられた様に蹲った。


「…コヒュ…コヒュ」


 肺から空気が抜けて、呼吸が上手く出来ない。

 空気と同時に命がこぼれ落ちたかの様に、少しずつ体温が失われていく。


 強さを手に入れたと思った。


 仲間を守り、信念を貫くことが許される程度の力だと。


 少し調子に乗った結果がこれだ。

 培った仲間を失い、ニンゲンの傲慢を打ち砕くこともできない。





 ちからが、ほしい。



 歪んだこの世界を壊せる程度のささいなちからが。




——————————————————————————————




 ドドドドドドドドドドド!!!!



 槍士が念のために止めを刺そうとしたところで、村内に轟音が響く。


「洪水だっ、近くの川が氾濫したんだ!」

「生きてる奴全員抱えて逃げるぞ」


 柵を簡単に破壊した濁流が一気に村を襲う。木造の家も流され、全ての死体がそのまま押し流された。

 剣士はぐったりとしているコンラッドを背負い走る。

 同様にトラヴァンは腰を抜かしたままのシーラを担ぐと全力で逃げる。




 多大な犠牲を出しながら、結局彼らは救助に失敗した。




 そして、彼らの背後、濁流に呑まれ水中に消えていく死体の中の一つ、その首元が、


 キラリと光った。

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