第10話 緑の牙は月の首元へと届くか


視点戻ります

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ポツポツと森に小雨が降り注いでいる。




森の奥を見つめながら、静かに緊張を高めていた。


チュウオウの村まで後退した俺たちは、狩人達をチュウオウの村に集めて防衛の準備を行なった。


まずは木柵の強化だ。それ自体はすでに元から用意していたが、今回はそれを厚く高くした。


さらに冒険者たちがやって来るだろう方向の地面に落とし穴をいくつか作っておいた。おそらく引っかかることはないだろうが相手の動きを鈍らせるくらいはできるだろう。


「ジジグワ、お前はヒガシの村まで行かなくて良かったのか?」

「俺は狩人長だし、神使様もほっとけないからな」


「…頼りにしてるぞ」


言うようになったじゃないか。このこのっ。



若干強くなってきた雨足に不安を覚えながらも、それから目をそらして気を紛らわせていた。

これほど前に緊張したのは、前世の就活の時以来だろうか。


前に人間と遭遇したのは、満身創痍の上に向こうからの予期しない襲撃だった。

そして、なす術もなくその力によって蹂躙された。


あれから3年近くが経った。

依代の能力を使い、力を蓄え、技を磨いた。



今度こそは…。




「来たぞっ!」


見張りのゴブリンの声が響く。

それまで、緩んでいた空気が一気に引き締まり、柵の少し手前に居座っていたゴブリンたちが一斉に弓を構える。



霧雨の奥からわずかに人影が浮かぶ、数は前から聞いていた通り12人。


俺は、懐かしのスリングを構える。


聖書で、ゴリアテと呼ばれる巨人を少年ダビデが投石によって打ち倒したという。

その時に彼が使ったのがスリングだ。


俺もまた、自分よりも強大な敵を殺そうとしている。

ならば、弓よりもこっちの方が俺たちにお似合いだろう。



自分の筋力に合わせて紐を長く調節したスリングを振り回して遠心力をつける。


狙うは魔術士、さらに言えば白魔術士ヒーラーだ。

神官服を着ているので分かり易い。

彼らの中にそれらしいものは一人しか居ない。黒髪で長身の人間だ。

もしかすると、彼は神官服を来た黒魔術士かもしれないがそんなことまで考えていたらキリが無いので、割り切ることにする。



弓の射程よりも遠くから、俺は右手を振り切った。



「!トラヴァンッ」

「ふんっ」


これまでに無いほど会心の投擲だったが、素早く神官の前に出た盾使いが手に持った大盾で石を弾き砕く。

振り抜かれた盾の奥の強い意志が込められた瞳がこちらを睨みつける。



その瞬間が開戦の合図となった。



「うてえええええええぇ!!」

「行け、お前ら!!!!」



俺の号令と共に百近いゴブリンが一斉に弓を放つ。


向こうも、一斉に走り出す。が、彼らは全員が前衛では無い。

つまりどうしてもその速度には差が出るのだ。


そして、俺は後衛を狙い狙撃を続ける。


そのため、彼らは後衛を庇いながら、じりじりと前に進むことしかできない。

もちろん、彼らもやられるばかりでは無い。



「グギャー!!」


胸から矢が生えたゴブリンが血を吐きながらその場に倒れ込む。

向こうの弓使いの攻撃だ。


「『火球ファイアーボール』!!」

「「「グバー!!!」」」


魔術士の唱えた魔術がゴブリンたちを一息に焼き尽くす。

俺は以前喰らった攻撃を思い出して身震いした。


後には炭化した人型の何かだけが残った。


「ほい」

「ちっ」


向こうの槍使いが地面から引っこ抜いた矢を投げやりの様にしてぶん投げて来る。次の投石の用意をしていた俺だが、思いの外早いその攻撃に態勢を崩して避ける。


ふざけた攻撃しやがって、その投げ方でこっちと同等の速度かよ。こちとら文明の利器使って戦ってんだぞ。

なんでそっちが素で超えて来るんだよ。





「呪術、用意」


ただ俺だって、これまで何も準備してこなかったわけじゃ無いぜ。

後方に控えていた神官達が柵に近づく。

その全員が両手の平を敵へと向け、口々に呪文を唱えた。


「『呪恨リゼント』!!」

「『重軛グラビティ』!!」

「『陰鬱デプレッション』!!」

「『楽易ケアレス』!!!」


一部はレジストされてしまい効果が発揮されなかったが、それでも前衛職は魔力を使った攻撃に対する抵抗力が低いのか、騎士の様な格好をした冒険者と、女盗賊に呪術が通った。

呪恨リゼント』は呪術らしい呪術といえばいいだろうか、相手の調子を崩す呪文だ。周囲の人間から見るとそんなに変わらない程度で、そこまで強い効果は無い。

陰鬱デプレッション』は気分を盛り下げ、『楽易ケアレス』はミスを誘発する、気持ちを少し変化させる感じだ。

重軛グラビティ』は体を重くする。名前の割には効果は微小である。


全部、大したものでは無いがこと命を懸ける場においては重要な要素となる効果である。



「うぐ、こいつら呪術も使えるのか」

「ごめんなさいっす。少し体が重いっす」

「コンラッド、ティルシー。大丈夫、第一冠の呪術です。回復かけますので、防御に専念してください」


被弾のカバーをするべく、神官が後で魔力を練る。


「『堅固レジスト』、『堅固レジスト』」


二人を光が包み、彼らの調子を正常に戻す。もちろんそんなことは織り込み済みである。呪術を放ったゴブリンを下がらせ、また後からゴブリンが出て来る。


「『呪恨リゼント』!」

「『重軛グラビティ』!」

「『陰鬱デプレッション』!!」

「『楽易ケアレス』」


「!またですか」


再びかけられる呪術に辟易としだす白魔術士。

だが、回復するしか無いだろう。

だって、一度回復させてしまったんだから後には引けないだろう。


飛び交う矢と石、魔術と呪術。

彼らの歩みは遅々としていて、状況が膠着しているのは明らかだった。



「キリがねぇ」


飛んでくる矢を手に持った剣で切り捨てた剣士が、状況を打開するために盾使いを呼び止める。


「はぁ…トラヴァン、俺が前に出る。お前は後衛の奴らを守れ」

「…コク」


これまで最前線でゴブリンの弾幕を防いでいた盾使いが前進をやめる。


「アイザック、バフ頼む」

「はい、『頑強ハードニング』、『筋力強化ストレングス』、『速度強化ラピッド』、……『聖鎧ホーリーアーマー』」


「うし、いくか」


そう言うが早いかこれまでに倍する速度で矢の雨の中を駆け抜ける。

手元の見えない振りで、矢も石も叩き切り、ついには柵の目の前まで簡単に辿り着く。


一拍の溜めを作り、武技を放つ。


「『スラッシュ』ッ!!」


衝撃とともに周りにいたゴブリン達が吹き飛ばされる。

斬撃スラッシュというには、あまりにも大きすぎる衝撃に俺は驚きを隠せない。


「は?」


前に見たものとは比にならないほどの威力だ。


これまでの拮抗が嘘であるかの様に、簡単にゴブリン達は蹂躙されていく。

やはり白魔術士を潰せなかったのが惜しい。


その間にも何度か隙を見て俺も投石を行うが全て、避けるか弾くかして一度も体に当たることはない。



気づけば、雨は大粒になっていた。



「よし、いくよ」


少年の槍使いの合図とともに、冒険者達が走り出す。


そして、物語の様にニンゲン達の勝利が決定する。




その、直前。


「やばいっす、後からオークの群れが来てるっす!!!」


風向きは俺たちに向いた。

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