第9話 うぇいくあっぷ・です・ろーりんぐ・らいふ


「やばいな、早く逃げないと」


 そう呟きながら俺は瓦礫の中からほうほうの体で抜け出した。



既に仲間達は逃げ切っている上に、俺はこの通り満身創痍。


 つくづく切り札の呪術の使い勝手の悪さに辟易する。今度呪術の開発でもしようか。


 身体は異様に怠い上に頭もオーバーヒートしたかのように熱を持ち上手く働かない。

 進化種どころか通常のオークでも死にかねない。



 そのまま村の南方へと向かった。

 さっきの攻防は消耗の割には短時間で終わったが、いつオークと遭遇するかドキドキしながら走る。

 すぐ近くから聞きたくない声が聞こえる。


「ぷぐぐぐぐぶ」

「ぷぶんぷぐぶく」


 いや、なんて言ってるか分からん。

 オークはオークで別の言語があるのか。

 だとしたら初めて遭遇したオークはバイリンガルってことになるぞ。

 インテリオークか、全然ピンと来ないな!



「ぷぎぃいいいいい!!」


 遠くからオークの怒声が響く。

 そこに含まれる覇気は明らかに先程のオークも、そして全力の俺よりも力を持った者のそれだった。


 ぞくりとした悪寒が俺を襲う。



「くそっ」


 俺は震える右手を抑えながら走り続けた。

 幸い逃げるのは慣れっこだからな。




 ◆




「人間の討伐隊が来る、だと」


 半日掛けてニシの村に辿り着いた俺はよりにもよってこのタイミングで一番恐れていた報告を受ける。


 なぜ今?


「俺達やオーク達の動きが筒抜けなのか」


 いや、それだとこれまで出なかった理由が分からない。わざわざ規模が大きくなるのを待つのもおかしな話だ。


 とすれば偵察隊の存在が露呈したと考えるのが自然か。



 いや、……そうか。


「半分はチュウオウの村を通ってそのままヒガシの村へ逃げろ。もう半分は、」


 続けて大声で、


「もう半分は、ニシの村を放棄してチュウオウの村に戦力を結集だ!ニンゲンどもをそこで迎え討つ!!」


「「「「オー!!!」」」」



 慌ただしく動き出したゴブリン達のうち出来るだけ能力の高い偵察部隊の者を呼び止める。


「お前は別任務だ。———を頼む」

「!ハイッ」

「良い返事だ」


 俺はニヤリと笑って彼を見送った。

 曲がりなりにも俺が一年以上育てた狩人達は通常のゴブリンよりも圧倒的に高い能力を持っている。具体的には猪を討伐した頃の俺と同程度だろうか。



 え、そんなに強くないって?


 いやいや、あの頃でも普通のゴブリンなら多対一でもあしらえる程度には強かったよ?



 それにあいつらの強みは戦闘能力ではないから単純な比較は出来ないしな。

 そんな訳で彼らはあの頃の俺よりも遥かに頼りにできるはずだ。



 ならば俺もそれに応えよう。




 ◆




 俺は格子の前に来ていた。

 

 その少女の腹は前に来た時と比べてスッキリしており、その金髪はくすんでいながらも輝きを失ってはいなかった。


「随分大人しいな。俺を嗤っているものだと思っていた」

「……私が憎いですか?」

「またそれか」


 彼女の言葉に答える事なく、俺は木製の格子を握り潰し牢へと踏み入った。

 鍵は持っているのだが、それすら億劫だったのだ。


 まあ、もう使う事は無いしな。


 女神官は地面に膝を着いて、後ろ手で手錠を嵌められ拘束されている。

 俺は彼女の目と鼻の先まで近づく。さすがに跪いた姿勢だと俺の方が高い。


 頰を触る。女神官は微動だにせず俺を見つめている。それは怒っているようにも、哀れんでいるようにも、許しを乞うようにも見えた。



 俺は顎をクイとする。上じゃなく下にだ。

 そうすると意外なことに彼女は素直に口を開ける。


「予想どおり、か」




 女神官の舌には血が滲んでいた。その血が円を描き、その中をさらに三角や四角、そして謎の文字が埋め尽くしている。


「魔術式」

「!」

「知らないとでも思ったか」



 実際、今の今まで忘れていた。長老からの知識。

 呪文無しでの魔術の発動を可能とする方法。

 それらは意味を持った陣を重ねるだけでは発動しない。魔力を持った染料を使わないといけないのだが、それを血液を使う事で強引に条件を満たした、というわけだ。


 俺への執拗なまでの挑発は、もしかすると俺の訪問頻度を下げる事で監視の目を緩める目的があったのかもしれない。



「今まで隠していたか、それとも…」


 壁を形作る石を新鮮な血液が滴っているのを見つける。


「ここで時間をかけて彫った、か」




「ぁあぐ」


 首を握りしめる。

 呼吸ができずに呻き声が上がる。


 俺はそれを無表情で見下ろしつつ、用意していた細身のナイフを左手で腰から抜く。


 首筋に刃先を当て突き入れる。

 薄皮が切れて血がゆっくりと滴を作る。


 が、皮膚を刃先が貫く寸前で止めた。

 俺は俺自身がなぜそのような行動に出たのかも良く分からなかった。



「最後に何か言う事はあるか?」


 同時に首を締める手を緩める。

 彼女は意外そうな顔をした後に、少し穏やかに笑う。

 これまでに見た事なかった表情に俺は嫌な予感がした。






「次、逢えたなら全ての蟠りを捨てて——」






——ただ、あなたと、はなしたい



 

 そう言って目を閉じた。



ゴブリンお前ニンゲンの間には、殺し合い、憎み合い、奪い合うしかないに決まっているだろう』


 頭に浮かんだ、その言葉を飲み込んで、


「…あぁ」




 俺は宣言通り刃を首筋へと刺し込んだ。ゆっくり、ゆっくりと。

 首を握る指と指の間から赤く湿った刃先が飛び出す。



「ゴフッ」



 喉から逆流した血液が口から溢れる。呼吸が血液とナイフによって阻害され、ブクブクと口元に血の泡を作る。


 俺が力を抜くと、その華奢な体は簡単に崩れ落ちて、地面に横たわる。



「ぁ…ぁ……」



 頻繁だった呼吸がゆっくりと止まり、瞳から光が消える。



……。



 俺は顔にかかった返り血を拭いとると、やっと一つの区切りが付いたことを実感したためか、頬を血ではない透明な液体が濡らしていた。



「ぁぁ」



 声を出そうとしても、もう掠れた息が漏れるだけだった。



「ぁぁ」



「ぅぁ——」



 それから涙が止まるまで、左手で拭い続けた。






「———ンシサマー!」


 しばらくして落ち着いてきたところで、外から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 そろそろ時間らしい。


 俺は後を振り返らずに牢の外へと歩き出した。







 ◆




 誰もいなくなった村の中心にある石造りの建物。


 その中にある、格子の破られた牢の中に一つの遺体が横たわっていた。



——ィィィイイイイイン



 甲高い音ともに、牢屋の内部、その地面を光が走った。








——————————————————————————————


◆◆ステータス情報◆◆


エイリー Lv6

クラス

 神官見習い → **

保有スキル

 白魔術Lv1

  堅固レジスト

  聖盾ホーリーシールド

  集中コンセントレイト

  筋力強化ストレングス

  治癒キュア

 ****《****》

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