第6話 5つの村


 俺はジジグワを連れて西の村に戻った。

 こいつには狩人として頑張ってもらいたいと思っている。


 ゴブリンでオークに単独で対抗できるのはこいつぐらいしかいないから、すぐにエースとなれるだろう。


 東の村には代わりに神官を派遣し、東の村を統治させる。

 ついでに狩人の一部を派遣し、村の用心棒とした。


 これで単純に人口が今までの1.5倍になった。

 まあこの程度の人数なら1年あれば到達していたが、多いに越したことはない。




 ◆




 村が増えたことで、人口が増え俺は兼ねてから準備をしていたあるものを遂に実用化することにした。


「できた、これが、硬貨」


 手に持ったのはコインの形をした、依代の香だ。

 スライムのヌルヌルを使用することで、香の性質を損わずに固形に固めることができた。サイズは500円玉ほどだが、技術力の問題で少し分厚い。

 これで、ゴブリンの文化はより発達するようになるだろう。




 ◆




 2年ほどが経ち俺がこの世界に生を受けて4年が経った。


 どうやら森の様子が落ち着いたらしく、魔物が浅層まで出てくることが少なくなった。

 それに伴って人間の出入りが見られるようになった。


 俺たちは森の中でも村とは反対側とは行かないまでも、深層を通らなければ回り道しないといけないような場所に住んでいる。

 そのため、すぐさま襲撃は無いだろうが、……まあ、いよいよといったところだな。


 そこで、俺は村を分割することにした。



 ここ1年で、西の村の人口は350以上、東の村は200まで跳ね上がった。

 一箇所に止まっていては狩りの成果も下がってしまう上に、土地も足りない。


 まず西の村を4つに分けた。


 元々の村をそのままニシの村。

 そこから岩石地帯に近い南に移ったところにナンセイの村。

 少し森の深層に近づいたところにホクセイの村。

 東の村改めヒガシの村までの経路に作ったチュウオウの村。

 ヒガシの村の一部も移住させて、全ての村の人口が100人程度になるように分けた。


 俺は村と村の間を巡りながら、狩人の鍛錬をつけたり、周りの魔物を間引いたりするようになった。


 ぶっちゃけ神官に任せれば村の運営に問題は無くなったからな。



 これで被害を分散しつつ、情報の伝達も行うことができる完璧な都市計画、というか村計画だ。




 ◆




 深層の様子を見に行くために俺はホクセイの村への移動の中継地点であるニシの村まで戻ってきていた。


「お、上手だな」

「ウン、ヒヨねーとレンシュウしたんダ」

「もう少し頑張れば、ハルも狩人になれるかもな」


 俺は弓を手にしたハルの無邪気な自慢を聞きながら、弓を弄る。


 職人達の技術が向上したことで、少し前から実用に足る弓を作ることができるようになった。

 石の矢尻だが、なかなか威力が高い。

 それを使うハルも力については少々劣っているが、命中精度は他のゴブリンよりも高いようだ。人間の血が入っている方が器用なのかも。


 二、三十メートル程度であれば十分な命中率を持つ上に、スリングと違って弾幕を張ることができるので集団の狩りでは遥かに優れている。


「シンシさまもやってみてヨ」

「…いや、俺はいい。そろそろあいつが来るからな」

「ソッカ、ツギはいつアソべるノ?」



 俺はハルの寂しそうな表情を見てしまい、なんとなく気まずい気持ちを紛らわすようにハルの頭をグシグシと撫でる。


「クスグッたいヨー」


 キャー、と声を上げ目を×にしながら何処かへ走っていった。

 俺は少し口角を上げながらその背中を見送った。


 ミートいもうとが生きていたらあんな感じだったかもな。




 ギリリ。


 知らず知らずのうちに握りしめいた手から力を抜いた。



「神使さま、もうそろそろいいか」

「あぁ。……それじゃ、久しぶりの鍛錬と行こうか」


 現れたのはこの村の狩人長をしているジジグワだった。

 ニシの村にやってきた彼はすぐに狩人として頭角を表した。


 もはや村の中で彼と対等に戦えるゴブリンはいないらしく、度々俺との手合わせをしている。


 その腰に下げられているのはかつて俺が剣士から奪った鉄の剣だ。


 今のこいつと剣士が戦ったらどちらが勝つのだろうか。

 僅かにジジグワが劣るだろうが、きっと彼なら逃げ切るくらいはできそうな気もする。



「それでは、行くぞっ!!」


 言うが早いか、ジジグワが横薙ぎを繰り出す。


 俺は前傾姿勢でそれをやり過ごし、彼の足元へ向かう。


 それを予測していたのか、横薙ぎを途中で止めて俺の上から肘を打ち下ろす。


 上手い!



 だが既に格闘の間合い、俺は裏拳で肘を弾くとガラ空きになった胸に正拳を打ち込む。衝撃が背中に抜け、肺の空気が吐き出されるのがわかった。


 空気を吸うためにジジグワが下がる。


 俺は拳を振り抜いた勢いでそのまま反転し、もう一度胸部へと背中を叩きつける。

 いわゆる鉄山靠だ。


 先ほどよりも大きな衝撃にたまらずジジグワは降参した。


「まだまだだな」

「はぁ。少しは戦えると思ったんだが」

「気にすることじゃ無い。これからだろ?」


 これまでの戦績を思い出したのかジジグワがしょんぼりする。

 今までも同じような結果だったろうに、今回はいやに気にするな。


「子供が、生まれたんだ」

「本当か!それはめでたいな。今度見に行こうか」

「ああ、来てくれると俺も嬉しい」


 いつの間にか出来ていたらしい。

 周りにいたゴブリンは既にそれを聞いていたのか、彼をニヤニヤした顔で肘で突いたり、囃し立てたりしていた。



 そうか、早いもんだなぁ。




 ◆




 一頻りジジグワに祝いの言葉を述べた後に俺はニシの村を出た。

 今回はホクセイの村への訪問と深層の調査が目的だからな。いつまでもニシの村に止まっている訳にはいかない。




 そして、半壊した村に辿り着いたのはそれから半日後のことだった。

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