第5話 半分だけ憎い
香炉の中に依代の香を一摘み入れ火種を入れる。
しばらくすると、特有の香りが室内に充満する。
やっぱり俺は苦手な臭いだ。
段々と、東の村のゴブリン達の様子がおかしくなる。完全に発情している。
そして、雄のゴブリン達は雌のゴブリンを押し倒し、雌のゴブリン達もそれを恍惚の表情で受け入れる。
こうなればあとは肉林の宴が広がるのみだ。
連れてきたゴブリン達の一部、特に神官達も我慢できない様子でその輪の中に入っていった。
狩人達も抵抗できていないものもいるものの、結構な割合が我慢できている。
確か、こいつらが継承していたのは…『きば』、か。
体内に取り込んだ物質への抵抗能力も含んでいる、と考えて良いかもしれない。
俺が抵抗できたのもそれの影響かもな。
ただ、東の村のゴブリン達がほぼ全て虜になっている中で、1匹だけその外にいる者がいた。
「何なんだ、これハ!?」
俺と同じ様に不快な臭いと感じているらしく、腕で口元を覆いながら叫ぶ。
しかし、それに反応するゴブリンは1匹も居なかった。
ふむ
◆
「オサ、コウ、モットホシイ」
「「「オレモ、オレモ!」」」
懐柔は9割方成ったと言っても良い。
依代の香に抵抗できない村人達はそれをもっと求めようとする。
俺たちは求められた分だけ与える。
あるのは肉林の堕落のみ。
俺たちに敵対する事はもう頭に浮かんでいないだろう。
その様子を確認したところで、もう一度提案を繰り返す。
「この香と肉との交換をしたいと思っているのだが、どうだろうか」
「…」
東の村の長ジジグワは俺の言葉にぎりりと噛み締める。
俺が取引を目的としている訳ではないことに今更気づいたのだろう。
もう断るのは無理であるのは分かっているだろ。
「早く、決めてくれないか」
「〜〜〜〜!、分かった取引を受け入れル」
東の村のゴブリン達は狂喜乱舞する。
その中で一人だけ絶望の表情をしているのがひどく滑稽だった。
◆
俺はしばらく東の村に滞在し、西の村との交流の拠点を作ることにした。
もちろん、この村のゴブリンを依代の香で釣って作らせた。
俺は作らせた拠点で、香を作り、それを西の村へと運ばせた。
その傍ら依代の香を破格な交換率で取引し続けた。
一部は肉塊に変換するだけで、俺は一人で狩りをするよりも、圧倒的に多く肉塊を集めることができる様になった。
あとこの村でする事は村の上を神官に据え変えるだけだ。
もちろんそのために片付けなきゃいけない奴がいる。
そう、現在の村長であるジジグワだ。
彼は香の効果が効かない。まあ、そもそも総力戦も想定していたので相手が一人に成ったと考えると今回の策は相当上手く嵌ったものだ。
どちらにせよ彼は村を守るならば、いつか立ち上がらないといけない。
そして、その時はすぐに来た。
◆
東の村に来て1ヶ月。
俺が香を使ってある実験をしていた時の事だった。
音もなく近寄ってきた影が棍棒を振り下ろす瞬間、前に転がって避ける。
「ちっ」
舌打ちをした影、ジジグワはその大きい体格を生かしたタックルを繰り出す。
俺は受け止める、が体格の差があるためかずりずりと引きずられる。
一度距離をとった俺は、相手が勢いに乗る前に正拳突きを叩き込む。
受け止めようとしたジジグワの左腕からはボキと乾いた音が響く。
「がああああアアア!」
耐えられず叫び声を上げながら棍棒を振り回す。
その全てを至近距離で避け、ボディブローを打ち込んだ。
「〜〜〜〜」
呻き声が響き、俺が冷たく見下ろす前で、地面に蹲る。
感触からして、肋骨も折れた様だ。
俺は気になっていたことを聞くことにした。
「お前、ゴブリンでは無いな」
「ゴッホッ、オエッ、おれケホッ」
まだそれどころじゃ無い様だ。
少し落ち着いたところでもう一度質問する。
ジジグワは憤慨した様子で答える。
「俺は、ゴブリンだ!」
「じゃあ、お前の親は?」
「…父親はゴブリンだと聞いタ」
「母親は?」
「…人間だ」
そう言って顔を背ける。
どうやら、運よく捕まえた人間に産ませた子供がジジグワらしい。
西の村にいる、女神官の子供ヒヨとハルはそこまで人間っぽさは無かったが、ジジグワは逆に人間の性質が表に出た様だ。
ゴブリンにしては恵まれた体格も、薄い肌も、ゴブリンを対象とする依代の香が効かなかったのも納得がいった。
俺は躊躇いがちに口を開いた。
「…お前のその力、俺の下で活かさないか?」
現時点でこれほどまでに強いならば、後の成長にも期待はできる。
俺は彼を強襲部隊に入れることに決めた。
そして、東の村は俺の手に堕ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます