第2話 侵されないモノ


 俺はゴブリン達の身体能力を確認した後、集落の中でも最も堅牢な建物へと向かった。

 そこは石でできていて、入り口が一つしかなく、まるで中の者を取り逃さないようにするかのようだった。


 それは牢屋だった。


 うっ、臭え。

 俺は中に入ると強烈な匂いに顔を顰める。


「香の匂いは消しておけと言ったんだけどな」


 そう言って持ってきた薄めの匂いの香木を使う。これでまあある程度は誤魔化せるだろう。



 奥に入ると木製の牢に囚われた人間の女が目に入る。

 こいつは前の群れを襲った人間の冒険者の中にいた女神官だ。


 小綺麗な神官服は色々な体液で汚れていて前の清楚で潔癖な印象は消え失せており、知り合いにあっても一眼で気づくことはできないだろう。


 そして、最も大きな変化はその腹だ。

 大きく膨らんでおり、だということが分かる。

 こいつを捕まえてからもう三人目である。


 ファンタジーにおいて、ゴブリンに捕らえられた女の結末は1通りしかないだろう。


 ちなみに俺が命令したのは、「女神官を見張っておくこと」だけだ。それ以外の指示はしていない。しかし、まあ、こうなるだろうことはなんとなくわかってはいた。


 いくらこいつが人間で、一対一では雑魚扱いできるゴブリンでも、弱った状態で、複数のゴブリン相手に戦えるものではない。結果はご覧の通りだ。



俺はそこに目を向けずに話しかけた。


「よお、調子はどうだ?」


「私を笑いに来たのですか?」


言葉とは裏腹に彼女の表情に怒りは無い。とっくに絶望を通り越した印象を受ける。ここに連れてこられた直後は怒り、泣き叫び、毎日暴れていたが8ヶ月も経てば嫌でも慣れると言うものだろうか。

もしくは…。


「ここは、トックルの森の南西あたり、だったな」

「えぇ」

「そして、森の西にはメマンベの村がある」

「えぇ」

「お前達はそこの冒険者」

「えぇ」


地形の情報は重要だ。神官から聞き出したものをゴブリン達に偵察させ俺は森の地図を作った。

今のところ彼女の情報は正しいがいつ嘘を吹き込まれるかはわからない。


これまでにわかったことは、

・メマンベの村のさらに西に2日歩いたところにキタミの街がある。

・彼女達はメマンベの村の駆け出し冒険者である。

・メマンベの村には少ないが彼女達以上の冒険者のパーティが複数ある。


などだ。

他にもステータスシステムの情報などがあるがこれは真偽が確認できないので後回しだ。


問題は彼女達が駆け出しだと言うことだ。

集落をっ、潰せるようなっ、奴らがっ、駆け出し!

はぁ。


「お前達が帰らなくなって8ヶ月経つが捜索依頼が無いのはなんでだ?」


「さぁ、私にはわかりません」


彼女は今回珍しく非協力的だった。元々俺たちゴブリンに対する好感は底だったがここでの生活を経て更に下がったようだった。


そこで俺は彼女を動かす最大の切り札を切る。


「これが終わったらヒヨとハルに会わせてもいい」


これを言った瞬間彼女の目が変わった。


「本当です!私にはわからないのです。ですが、予想はつきます」


「それを先に言え」


「私たちが依頼を受けたのは南の岩石地帯の方のゴブリンの巣穴の駆除ですので、捜索するとしたらその辺りしか無いからだと思います……あ、あとはわたしたちが駆け出しだからかもしれません」


「それぐらいは予想が付く。森の方に捜索が来なかったのは何故だ」


そう言われて理由が思い至ったようだが俺に隠すか一瞬迷っているのがわかった。俺が帰るそぶりを見せると慌てて喋り出した。


「森の中層以降は高ランクの魔物が彷徨いています。森では生き残れないと思われているのでは無いでしょうか」


「…魔物か」


なるほど。日本であれば人がいなくなれば山狩りがすぐ行われるが、こっちであれば日常茶飯事とまでは行かないまでも、人がいなくなることは珍しいことでは無い。

魔物がいる状況で山狩りなど行えば下手すれば全滅だ。


駆け出しがいなくなったところでそれに対する動きは小さいだろう。

大方偶々岩石地帯までやってきた魔物にやられたと思われているのだろう。



ただ、不安なのは俺たちがいまだに強い魔物に遭遇して無い点だ。

今まで相手した魔物はオーク以外はスライムぐらいしか居ない。


スライムは半透明の丸いゲルで中心に核がある。

ゴブリン以上に弱い魔物で核に傷を付けると簡単に死ぬ。


一応、この核を血石の依代に捧げると『からだ』の肉塊を得られる。

が、ほんっとー、に少ししか効果は無い。と言うか全く無い。

効率は野生動物以下だ。



まあ、1番の不安材料である人間の襲撃が起こらないなら良いのだが。

少なくとも神官の位置が把握されてないなら良いか。



「今日はこれで終わりだ」

「そうですか」


俺をなんとも言えない目で見てくる。うざったい


「なん…」

「わたしが憎いですか?」


…!


ガンッ!!


考えるより先に手が動いた。俺と彼女を隔てる木の格子を殴りつける。

彼女の身体がびくりと跳ねた。


「俺はこれから人間を殺し続けるぞ。目をくり抜いて、腹ワタをえぐり出して子供は焼いて殺す。俺が憎いか?なあ」

「……」

「そう言うことだ」


俺は肩で視線を切って扉へと向かう。


俺が牢から出るのと入れ違いに、たたた、と二人の小さなゴブリンが俺の脇を抜けて入る。先ほど言ったヒヨとハルだ。

細かいことは言わないがヒヨが一人目でハルが二人目だ。



閉まる扉の奥で格子越しに二人を抱きしめる人間の姿が見えた。



頭がおかしくなりそうだった。




——————————————————————————————



ヒヨが生後5ヶ月、

ハルが生後3ヶ月、どちらもメスです。

かわいいゴブリンです。ミートにそっくりです。

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