第16話 大きなカブ


 明転した視界の中で、人間たちが俺の元へと向かってくるのが見える。


 一人でこいつらを相手するのは難しい。


 だけど一人だからこそ取れる方法がある。



 体に怒りを染み込ませるように見えない力に感情を込める。


憤怒ラース』は精神の枷を外すことで肉体の限界まで力を引き出す呪術だ。



 これはその先、肉体の限界を超える呪術。



 拍動が強くなる。

 全身の血管が拡張し、より体の隅々に酸素を届けようと変化する。


 血管が浮き出ることで俺の体を赤い筋が覆っていく。



 戦闘に必要な情報以外が脳から削ぎ落とされる。

 まずは匂いが消える。

 次に色が消えモノクロの視界が広がる。



 そして、それらの燃料とするために深く息を吸う。




「『赫怒イラ』」


 脳が熱に覆われた。



 ◆




 その場にいた人間たちはそのゴブリンの変化に思わず攻撃の手を止めてしまった。


 ゴブリンとは思えないほどに紅く染まった体。


 およそ1.3mという人間で言うと子供と変わらない身長でありながら、肥大した筋肉は不釣り合いに見えた。




 人間たちはアイコンタクトをとると剣士が前に出た。

 槍使いグレゴリーがいない今、前衛を満足に担えるのは彼しかいなかった。


「僕が足止めする!」



 そう言うと同時に剣士の握る長剣が光り輝く。

 剣術スキルの武技による効果だ。


「『スラッシュ』!!!」


「ガア”ァ”アアァア”アア”アア”!!!」



 咆哮を上げながら突っ込むゴブリンに正面から斬りかかる。


「な!!」



 ゴブリンは剣の刃を左の掌で受け止めていた。

 強く握りしめられた剣身は押しても引いても動かず、剣士の心に焦りが広がった。



「ガァア”!!!」



 ゴブリンは剣士の首を掴み後頭部を地面に勢いよく叩きつけた。

 衝撃で剣士の意識が飛びかける。



 剣士の胸を膝で抑えそのまま、剣を握る右腕を引っ張る。


 ぶちり、と簡単に根元から引きちぎられ剣士が絶叫を上げる。


「ローレンス!!」



 隠密スキルの効果で気配を消し、背後に回っていた盗賊が短剣をゴブリンへと突き出す。


 それを見たゴブリンは剣士の体を鈍器のように振り回し盗賊へと投げつける。


「!!ぐぬ」


 慌てて短剣を下げるとローレンスの体を受け止める。


 強化された身体能力をもってしても完全には衝撃を殺し蹴れずに尻餅をついてしまう。


 態勢を崩しながらも、怪我なく対処したことに少し安心した瞬間には、ローレンスの剣を持ったゴブリンが目の前にいた。


「ぐあああああああああ!!」


 盗賊が避ける間も無く、緩慢な突きは剣士の後ろの盗賊の足を地面に縫い付けた。


 たまらず彼が絶叫を上げる間にも戦況は変わり続ける。



 これまでの間も他の二人は何もしていなかったわけでは無い。


「アーネットさん、行きます!!『集中コンセントレイト』!!」


 呪文強化の白魔術によって魔術士の攻撃が倍する威力を持つようになった。

 そして、その効果を受け取り魔術士の目の前にあった火球が膨れ上がる。


 彼女の額には汗が流れており、この状態を維持するのにどれほどの集中を割いているか分かった。


「『火球ファイアボール』!!」



 人の胴ほどもあるサイズの火球が、渦巻きながらゴブリンの元へと向かう。


「…ヒ」



 ゴブリンの右手には先ほど盗賊に投げつけていた剣士の首が握られていた。

 火球が致命の威力をもっていることも、着弾した対象を燃やし尽くすことも経験から理解しているゴブリンは、を火球へとぶつけた。


 ごう、火柱が立ち対象を焼き尽くす。


「ローレンス!」


 慌てて、アーネットが魔術を解くと火が空気に溶け消え、そこにま黒く炭化した何者かも分からない死体が転がっている



 そして、その動揺は彼女に現在が戦闘中であることを一瞬忘れさせてしまった。


 回り込んだゴブリンの抜き手が彼女の胸を貫いた。


「…ヒヒ」

「コヒュ…」


 ずるりと引き抜かれた左手にはゴブリンの赤くなった肌よりも紅い血がまとわりついていた。

 崩れ落ちたアーネットは意味は無いとわかりながらも肺へと必死に空気を送る。

 だが、急速に死へと向かう体を回復させることは叶わずやがて瞳から光が消える。



「アーネットさん、…くっ」


 このままでは全滅だ、せめてこの脅威を伝えねばと神官は逃走を決めた。

 が、ゴブリンは背を向けていた神官の襟首を掴むと膝を蹴り砕き無力化する。


「あぐぅ」


 痛みに呻きながらも顔を上げると瀕死の盗賊を引っ張り上げるゴブリンの姿があった。


 神官がゴブリンの行動を疑問に思うが答えは最悪の形で示された。

 左手は盗賊の肩に、右手は顎を持ち上げる。


 そして、段々と力を込める。


「や、めろ」


「…クヒヒ」


 ぶちぶちと筋がちぎれる小気味いい音が、盗賊の頭の中に響く。

 ここに至って盗賊はゴブリンの行動が先ほどの仕返しであることに気づいた。


「すまない。あれは、しょうがないことだったんだ。依頼だったんだ。わかるだろ?」


 これまでになく口が回る盗賊。

 それでも変わらず力が込められる両手。


「聞こえてるだろ、なぁ、何が欲しいだ?女か、俺なら街から連れてこれるぞ?」

「ジャスターさん…」


 なりふり構わない盗賊の姿に神官が軽蔑の眼差しを向ける。


「なんでもやる」

「…イイ」

「なんだ?いらないのか?」



 一拍の間を置いて、盗賊へと顔をむけたゴブリン。

 その瞳はすでに理性の色を帯びていた、が口は弧を描き、涙を流していた。





人間オマエタチの苦しみだけでいい」




 そう言うと、これまでに無いほど柔和な笑みを浮かべた。


「だから、ちょっとだけ死んでくれ」



 ゴブリンの顔から全ての感情が消える


「恨むなよ」




「ミートは恨みすら知らず死んだんだからな」






 うんとこしょ、どっこいしょ首の皮が伸びて痛みを訴える


「あ”あ”」


 うんとこしょ、どっこいしょ力を入れる、関節が伸びる。



 うんとこしょ、どっこいしょ限界まで伸びた皮膚の下で脊椎が激痛を知覚させる。



 うんとこしょ、どっこいしょゴブリンの手に筋肉が痙攣するような感触が伝わる。



 うんとこしょ、どっこいしょ顎を圧迫されているせいで呼吸がままならない。



「し”に”た”く”ない」


「はは」



 うんとこしょ、どっこいしょ首の皮膚が裂けて赤い筋が入る。



「しね」




 ぶちりという音とともに盗賊の命は尽きた。


 後には物言わぬ死肉のみが残った。


「はハハ」



「あははははははははははははははははははははは」


 溢れ出る狂笑を止めるものはもう誰もいなかった。








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 童話って本当は怖い、ってよく言いますよね。

 多分原文はこんな感じじゃ無いですか?(適当)

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