第10話 遭遇

 それは、俺が兎を持って帰っている時だった。


「ゲギャア」


 その声の主は、俺と同じくらいの身長、俺と同じような色の肌、そして醜い顔、つまりはゴブリンだった。

 そして、驚いたことに俺はそのゴブリンに見覚えが

 どうやら俺に話しかけているつもりらしい。


「ウサギ、クワセロ」

「これか?すまんな、これは仲間に頼まれたのもなんだ」

「クワセロクワセロクワセロ!!!」


 いきなり癇癪を起こしたようにそのゴブリンは地団駄を踏んだ。

 俺は少し腰を落として、油断なく相手を見据えながら繰り返す。


「もう一度いうが、無理だ。これは仲間の、」

「コロス!!クウ」


 そう大声を上げたゴブリンだが、何かに気付いたように口を歪める。

 なんだ、何か後ろを…!


 同時に背中に攻撃が走る。痛みに思わず槍を手放してしまった。

 衝撃で吹き飛んだ俺を追撃してくるゴブリン達。


「つっ、くそ」

「ゲギャァ」

「フン」


 いてぇ

 隠れていた仲間が不意打ちをしてきたらしい。

 俺は蹲り痛みに耐えようとする。

 俺を囲むゴブリンは3匹。明らかに分が悪い。


 背中に棍棒が何度か振り下ろされるが、体幹に力を入れて耐える。


 俺の横腹に蹴りが入り、思わずえずく。

 蹴りの勢いに逆らわず転がると、素早く立ち上がり3人の輪から出る。



 先手は取られてしまったがダメージは比較的少ない。


「ギャアギャア!」



 丁度良くさっき落とした槍が手に触れる。それを手に取ると、奴らに向けて構えた。



「ふっ、ハッ」


 とにかく、囲まれないように位置を変えながら相手の棍棒を捌く。

 さっきから考えなしに攻撃してきてはいるが、数は力だ、さっきのように嬲り殺しにされたら今度は抜けられるか分からない。


 右からの横なぎを槍の柄で撃ち落とし、同時に引いて穂先で突く。

 吸い込まれるようにゴブリンの胸に刺さった槍。これは間違いなく致命傷。


「ふん!!」


 横から攻撃される前に、槍を引っこ抜いたが穂先が取れてしまった。


 まぁ、尖った石を木の棒に巻き付けただけだからな、こういうこともあるだろう。



 続いて、崩れ落ちるゴブリンを蹴飛ばし後ろからやってきたゴブリンごと押しやる。

 思わず仲間の死体を避けようと態勢を崩したゴブリンは、その後に繰り出される俺の棒によるなぎ払いに直撃。


 残った1匹も俺の乱れ突きになす術なく撃沈。



 とりあえず2匹は生きたまま無力化することができた。

 1匹は殺してしまった。

 罪悪感はあるが、向こうから手を出してきたんだ、後悔も反省もするまい。


 縛った2匹を前に俺は考え込む。

 こいつらがどの程度の群れかは気になるが、それは置いておいて。


「俺ってもしかして結構強い?」


 あまりありがたくないが長老のしごきのお陰か。

 棒術も長老の仕込みだし、あとは依代のせいもあるかもしれない。

 脚力などは明らかに体格に不釣り合いなほどにあるからな。

 今では垂直にジャンプすると自分の身長と同じ位は飛ぶことができる。


 その代わり、鹿相手でも下手すると一撃で死ぬほどに耐久は紙だけどな。




「他の群れでも依代みたいなものはあるのか?」


 これは前から気になっていたことだ。ゲームじみた考えだが、他の魔物などと比べて素の能力でゴブリンは劣っているのにも関わらず、ゴブリンの繁殖能力は思いの外低い。

 俺たちの群れは俺が生まれた頃は10匹から1年と数ヶ月でやっと15匹になったところだ。

 明らかに少ないのだ。





「それとも、他の群れでは……!!」

「何してル、お前ラ」



 それは、長老の予言通りの存在。

 俺の2倍ほどの身長、筋骨隆々の身体、猪の頭。


「オークっ」

「ン、お前は他の群れの奴、カ。運が良イ」



 これは勝てない。

 そう悟った俺は撤退を決める、が、そう簡単には逃してくれないらしい。


 俺に簡単に追いつくと、ゴブリンと同じく手に持った棍棒を振り払う。


「ぐぅっ、おっ!?」


 かろうじて構えた棒を相手の棍棒と俺の腕の間に置くが、簡単に衝撃で折れてしまった。そのまま勢いの止まらない棍棒が俺に当たり、振り抜かれる。

 地面を削りながら転がるも、岩にぶつかって止まった。


 棍棒を喰らった腕も痛いが、岩にぶつけた背中も痛い。

 幸い猪の時ほどに腕は傷をおっていないが動けそうにない。


 内臓ごと揺らされるような衝撃と勢いに三半規管がやられたのか、平衡感覚が無い俺は横たわったまま空気を肺に取り込む。


「おまえっ、ゴブリンを、つかってなに、を、してるっ」

「俺サマ、強いかラ、全部俺サマのものにすルだケ」

「ハハっ、自分の群れから追い出されて、強いとは滑稽だな」


 集団でいることが多いオークが一人でいる理由など想像は付く。

 大方、自分の群れを追い出されてここまで来たら、自分よりも遥かに弱いゴブリンがたくさんいて調子に乗ったのだ。

 まるで、小学生を顎で使って喜ぶ不良中学生みたいだ。


 鼻で嗤った俺に、怒りが爆発したのか奴は拳を振り下ろした。


「キサマァッ」


 起き上がりかけていた上体が再び地面に叩きつけられる。

 そのまま奴は俺の上に跨り、マウントポジションをとった。


 何度も、何度も振り下ろされる拳に俺の意識は遠のいていく。

 何度も何度も…。











 やがて薄くなった意識の向こうで声が聞こえる。


「しまっタ、俺サマ、巣の場所ヲ聞き忘れタ」


「ゲギャァ」


「こいツ、持ってケ」

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