第8話 呪術ってなにぞ


 出産の時は人手が足りなかったので一時的に外に出ていたが、俺の腕はまだ本調子ではないので、巣穴でリハビリがわりに棍棒で素振りをしていた。


「おとー」

「ミート、どうしたんだい」


 舌足らずな妹の呼びかけに、俺は猫撫で声で答える。

 特に要は無いらしく、ハイハイと近寄ってきた妹を抱き上げると、胡座を組み膝の上に置く。

 頰を優しくふにふにすると、キャッキャと喜ぶ。

 1週間なのに、既に歯が生え始めているようで、前歯が二本見えている。

 髪も前よりふさふさしているし、成長が早いな。



「ゴトー、遊んでいるのカ」

「構って欲しいみたいだ。多分ミグも忙しいんだろ」

「フン、そうカ」


 長老は俺の前にどかっと座ると、ミートの顔を覗き込む。


「妹ハかわいいカ?」

「無論」

「そうカ」


 そう言って優しくミートの頭を撫でる。長老の手の動きに従ってミートの首がカクカクと揺れる。少し不快だったみたいで、長老の手を不機嫌にペチペチと叩いた。

 長老は苦笑すると、手を引っ込めた。


「嫌だったカ、すまン」

「うー」


 俺が頭を撫でると、すぐに機嫌は戻った。


「長老。俺に呪術を教えてくれないか?」

「呪術をカ」

「折角、時間もあるからな」


 ぶっちゃけ暇だったのだ。身動きができないこの間に、何かしら力を手に入れることができれば良いな、という程度の気持ちだ。



「ふム、良いだろウ」

「助かる」


 これまでと一転して真面目な表情を作ると、呪術についての説明を始めた。




 ◆



 この世界には魔法、魔術が存在する。


 魔法とは魔物が魔力を用いて炎を吐いたり、雷を呼び起こしたりと自然を操る能力だ。これは、生まれた時から持っている物で一部の魔物だけが使える。


 魔術は魔物が用いる魔法に対抗して人間が生み出した術で、術式によって世界に干渉し様々な現象を引き起こす。

 魔法と違って本能的に扱える物では無いので扱うのは難しいが使う魔術の種類も制限がないし、誰でも努力すれば使えるようになる、という利点がある。




 そして、呪術はそんな魔術を魔物側が逆輸入したものだ。


 魔法を持たない魔物が世界に干渉するための手段だ。

 魔物が見様見真似で作ったもののためか、なんというか微妙に趣が違う。


 魔術が炎の槍を飛ばしたり、氷の矢を飛ばしたりするのに対して呪術は相手の痛みを倍加させたり、相手の力を弱めたりするバフ、デバフが多い、らしい。




 ◆




「長老はどんな呪術が使えるんだ」

「私が使えるのハ、そうだナ」


 長老は俺に手を向け、軽く集中すると呪文を唱えた。


「『怠惰スロウス』」


 俺の体を軽い虚脱感が襲う。

 怠惰という名前だけあって動くのが億劫になる。実力が拮抗している状態でこれを使われると厄介だな。


 長老の呪術は数分すると解けた。実力差や気合によって掛かり具合は変化するようだ。


「『怠惰』だけか?他にはいくつくらい使えるんだ」

「あとは『憤怒ラース』呪術だナ。これハ理性が弱まる代わりニ、力が強くなル」


 そう言ってまた俺に向かって唱えた。

 なんで俺で試すんだ、と思ったがどうやら実際に体験した方が習得は早いらしい。


「ん、なんか落ち着かないな」

「弱めに掛けタ」



 流石に妹を抱えている状況で理性を失うほどにかける訳が無いか。



「心が弱いト目に映ったものヲ破壊して自滅すル」

「おい」


 なんてものをサラッと掛けてんだ。


「冗談ダ。そうなったラ、私が止めル」


 冗談どこ?



 手を開いたり閉じたりしてみる。

 確かに力が漲ってる、うまく使えば自分へのバフとして強力かもしれない。

 逆に単体の敵と戦う時は使わない方が良いだろう。下手に相手を強化してもそれが自分に向かってくるなら意味はない。



「どうダ、使えそうカ」

「んー、いや。よく分からん」

「そうカ。まだその時でハ無いということダ」



 思いの外感覚的なものなんだな、呪術って。

 おそらく完全に感覚というか本能で使用するものが魔法。

 理論によって操るのが魔術。

 呪術はその中間、意識と感情によって魔力を操るものなんだろう。


 使えないものはしょうがない、使えるようになるのを気長に待つしかない、か。

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