第5話 大物

 俺がこの世界で生まれてから丁度一年が経った。


 なんとかハンドサインが使えるようになったジーとギーと共に順調に狩りを続け、鹿と兎などの草食動物相手であれば安定して狩ることができるようになっていた。


 そんな俺たちは今、獲物となる動物を前にこれまでにないほど緊張していた。



その理由は昨日に遡る。




 ◆




 その日はゴーガ達が仕留め、燻製にして保存していた鹿肉を手に火を囲んでいた時のことだった。


「イノシシ、ミツケタ」

「今日は深いところまで行ったのか?」

「イヤ」


 どうやら、普段狩り場としているあたりよりも浅いところまでやって来ていたらしい。

 これは珍しいことらしい。ここら辺は岩場が多く食料となるものもそこまではいないので、ここらに近づく動物は、好奇心旺盛な鹿か臆病な兎がほとんどである。


 猪はその牙で俺たちの腹を貫くほど強力で、その上分厚い皮膚に覆われているためタフだ。長老やチームとしての練度が高いゴーガ達はまだしも、未熟な俺達ではとても相手にならない。


「そっか。じゃあしばらくは麻紐でも作るか……」

「オマエ、ガ、イケ」

「はい?」

「シレン」

「は?」




 ◆




 ということで千尋の谷に突き落とされた俺たちは、猪を遠くから見ていた。

 風下に立つことで猪の嗅覚をかわし、適当な位置に奴が辿り着くのを待った。


 ある程度の距離があって、直線に走ることのできるような環境。



 きた



 俺は向こうを向いている奴に聞こえないように立ち上がり、スリングを構えた。


「スゥ」


 頭の上で軽く回し勢いをつけると、遠心力を殺さないように体全体を巻き込んだサイドスローの動きから豪速球が投げられる。



「フゴフゴ…!ゴッ!!」



 丁度こちらを向いた猪の側頭部にクリーンヒット。惜しい、目に当たれば言うことなしだったが、まあいい。

 猪はわずかにふらついた後に俺をジロリと睨む。


 猪の表情はわからんがあれは間違いなく怒ってる。

 血が出る勢いが強くなり、心なしか目もなんか鋭くなってる。



「あ、やば」



 一目散に逃げる。

 が、流石野生動物。20mはあった距離がぐんぐんと縮まっていく。


 頭の中に死の文字がよぎった瞬間、予定した地点を通過する。



「今っだあぁぁ!!引けぇぇぇぇ!!!」

「「ウイ!!」」



 猪が踏んだ位置にはなるべく分からないように麻紐が置かれていた。

 その両端を握り木の影に隠れていたギーとジーが息を合わせて引っ張る。


 右の前脚に巻きつく、猪は勢いで振り切ろうとするが、びくともせず転倒する。


 もちろんこれは2匹の力ではなく、紐の端は予め2匹が隠れていた木に結んである。


 猪は前脚を引っ張られているせいで、起き上がることができずに全力で暴れる。



「槍に持ちかえろっ、足の付け根か腹を狙え!背中は通らんぞ」

「「アイ!」」



 俺もスリングをその場に捨てて槍に持ち替えて、突っ込む。

 突進の勢いを槍に乗せて身体ごとぶつける。


 あれから若干強化された脚力は猪の皮膚に刺さった穂先をさらに奥へ押し込んでくれる。


 命がけの作戦だったがなんとかうまく嵌ってくれた。ふぅ


「よし、よし、このまま…!避けろ!」

「ァグッ」

「ギー!!」



 麻紐を牙で切り裂いた猪が自由になった瞬間、ギーを後ろ足で蹴飛ばす。

 車に轢かれたような勢いで吹き飛んだギーは猪を引っ張っていた木の幹に背中をぶつけるとその場で蹲る。



 どうにかこちらに気を向けないと。


「おい!ウリ坊、こっち見やがれ!!」


 槍を猪の顔面に突き込む。奴の左目に狙い過たず命中。

 激痛にこれまでにないほど大きな悲鳴を上げる。


「フギィイイイイイ!!」


 痛みから逃れようと強く首が振られる。

 そして槍の柄を握ったままの俺。


 当然のように柄に引っ張られて上に投げ飛ばされる。


 世界がゆっくりと動く


 宙に投げられた俺はそのまま垂直に加速しながら落下していく。


 下にはこちらを憎悪の目で見つめる猪、の大きな牙。



 あ、これ死



「ゴフッ」

 咄嗟に庇うように前に出した左手が砕かれ、それでも止まらない衝撃があばらを打つ。

 落下の勢いを余すことなく体に受けた俺は木の根元まで転がる。



「いてぇ」


 あいつ、俺が落ちる瞬間に牙を振り上げやがった。

 おかげで左腕はズタズタだし、かばったはずの腹も切り裂かれている。



「プギィイイイ!!」


 未だに、怒りが治らない猪。

 このままだと動けない俺は間違いなく猪と木に挟まれてぺちゃんこだ。



 だけど、大丈夫。



 俺には頼りになる仲間がいるじゃないか。

 掠れた声で呼びかける。


「じー、ぃけ」


「ヤル!シネッ!!!」



 いつの間にか俺の背にする木の枝に登っていたジーが猪に飛びかかる。

 そして上向きになって突き刺さっていた槍の柄に全ての勢いを乗せる。



「シネッシネッシネぇぇええ」

「プギュウウウ、ギャウァウ、ウゥ、ゥ」



 猪も振り下ろそうとするが、暴れれば暴れるほど穂先はより奥へ奥へと突き込まれていく。

 そして穂先が神経の重要な部分を傷つけたのか、猪は痙攣を始め、横倒しになった。



 そして、直前に目を覚ましていたギーが近寄ってくる。


「ヤッタ、ヤッタカ?」

「ウン!!」


 2匹は猪の死を確認すると、踊り出す。

 俺もその輪に入ろうと立ち上がろうとするが、怪我の痛みでふらつく。


 2匹はそのことに気づくと俺の両側から俺を支える。

 あ、ちょ左手は触らないで。



「つっ」

「!ゴメン!!」

「いや、大丈夫。早く帰って運んで貰おうぜ」



 怪我だらけの俺たちだけではあれを運んでいくのは無理だからな。


 そして2匹に肩を貸してもらいながら、巣穴へと向かう。


 ふと、に感謝を伝えたくなって、肩に回した腕を引き寄せる。


「ありがと、な」

「フヒヒ」

「ウヒョヒョヒョ」


 なんだその笑い方は。




「ふふ」


 なんて、俺も笑って見せたのだった。

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