第2話 依代様

 はい、という訳でさっきゴブリンを率いていたのが俺だ。

 あいつら何日もかけてハンドサインを覚えさせたのに全然言うこと聞いてくれない!


 この世界に生まれて既に半年、狩りに出るようになって一月が経過していた。


 目が覚めたら視界一面に緑の顔が映っていた転生直後はびっくりしたが、3日で慣れた。


 巣穴?のメス達に可愛がられた俺はすくすく育ち、一月で歩き出し、二月で喋り出した。現在では立派な弱小ゴブリンの1人だ。

 どうやらゴブリンは一年で成体になるらしいが、俺は既に人間で言うと15歳程度の成長度合いらしいので早めに狩りに参加することなった。


 俺達が住んでいる巣穴は岩山の巨大な岩と岩の間に出来た隙間を、利用しており8畳ぐらいはある空間に10匹で暮らしている。


「カエル、カエル」

「タベル、タベル」

「わかったから。これ、運ぶぞ」


 二匹に指示をして、鹿の足を結んで神輿のようにして持って帰った。


 無事巣穴についた。巣穴には4匹のゴブリンがいた。どうやら残りの3匹はまだ狩りから帰ってきてないようだ。


 俺たちが帰ってきたのに気付いた1匹が俺の元に駆け寄ってくる。

 今世での母親である。身長は俺と同じ程度で顔は、ゴブリンだな以外のコメントしか浮かばないがゴブリンの感覚では美人らしい。


 他の個体からミグと呼ばれていたので、おそらく名前はミグだろう。

 俺は手を上げて無事を伝えるが、そのまま抱きついてくる。


「オカエリ!」

「ただいま。今日はご馳走だ!」


 ミグは俺への抱擁を解くと後ろの鹿に目を向ける。この巣穴では珍しい大物にミグが喜びの声を上げた。



 ◆



 夜になり、俺たちは焚き火を囲んで丸焼きにした鹿肉にかじりついていた。

 俺の隣にはこの少数の氏族、その長であり今世での父であるゴーガが座っていた。


「オマエ、スゴイ、カリ、ウマイ」

「ううん、もっと上手くできるはずだ」

「ソーカ」


 ゴーガは俺が率いていたのとは別に狩猟に出ていた集団だ。残念ながら今日の狩りでは戦果を得られなかったらしい。


 というのもゴブリン達の狩りは考えも何もなく、ただただ獲物の元へと向かうだけだった。


 そのため、獲物が取れるのは週に一度程度で得られる成果もウサギ1匹程度だったりする。

 さらに、猪や強力な魔物などに出会えばもれなく全滅する。



 ゴブリンの出産が早いペースで行われるにも関わらず個体数が増えないのはそのせいだ。


 それに加え、通常魔物というのは「進化」と言って他の魔物をある程度殺すことで変異しより強力な存在になるのだが、この世界のゴブリンにはそれが起こったことはないらしい。つまり、努力しようがしまいが一生ゴブリンのままである。


 そこで俺は狩りを行う上で、できるだけ戦闘を避け勝てる可能性のある相手にのみ挑むことにした。

 ついでに先ほど使用したボーラを含む狩猟道具を作ったのだ。


 結果、俺は他の個体を率いて狩りに出るほどまでに成果を出した。





 やがて食事を終えた俺たちは鹿の死骸を一箇所に集める。

 死骸の前に歩み出たのは、ゴブリンの中でも長老と呼ばれる年齢を重ねた個体だ。

 長老とは言っても、見た目は若々しくその年齢も20程度だがゴブリンの中ではそれでも長生きとして尊ばれる。


 彼は手元の褐色に濁った髑髏を掲げる。


「『捧げよ、さすれば与えられん』」


 ガパッ、と口を開くような音がしたかと思えば鹿の死骸が黒い渦に飲み込まれる。

 ゆっくりと黒い渦は不自然なほど静かにその場で回りつづける。


 しばらくすると渦は空中へと収束していく。

 最後に一点に集まると渦は何も無かったかのように消え失せた。

 同時にゲポッ、と音がして虚空から何かが吐き出される。


 長老は髑髏を近くの台座に下ろすと、何かを拾い上げる。

 それはビー玉ほどの紫がかった肉塊で、表面は焚き火の光にヌラリと反射していた。


「前に」


 俺は長老の前で跪くと、紫の肉玉を受け取る。

 これを食べれば儀式は完了するのだが、ぶっちゃけ不味い。

 見た目も食欲をそそらないし、生だし、食中毒とか大丈夫かな。

 じっと謎肉を見ていると、長老に怪訝な目を向けられる。

 はぁ。


 パク

「んぐ」


 できるだけ、味を感じないように一息に飲み込む。

 口に残ったぬめりが僅かに舌に触れる。

 マズッ、おえぇ


 なんというか、食べ物の味がしない。

 運動部の部室の空気をギュッと集めて、雑巾に濾したような味だ。

 必死に吐き気を抑えながら耐えると、やがて肉塊が胃へと辿り着く。


 体の中心から熱がゆっくりと広がると頭の中にあるイメージが浮かび上がる。


『あし』


 あし、つまり足だ。

 不思議なことに文字も映像もなしに、与えられた肉塊が俺の脚部へと力を与えるものであることがわかった。



 供物を捧げる事で力を授かる。


 これこそがゴブリン達が崇める『依代様』と言われる存在の力にして、唯一他種族に対抗しうる方法だった。




 ———————————————


 今回の成果

 鹿の『あし』

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